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陣内が帰ってきたヤーヤーヤー『サブマリン』 【読書ログ#78】

『サブマリン』(伊坂幸太郎)

最近、自動車がらみの痛ましい事故の報道が多い。加害者への糾弾も凄まじい。

事故を起こした方々の大半には、おそらく悪意はなかったと思う。だが、不注意から多くの人を傷つけ、報道され、憎悪の対象となる。

ネットニュースのコメント欄は大概ひどくて読むに値しないと思うが、こういった事件があったときは本当にひどい。

ニュースのコメントやTwitterには「死刑にしたらいい」「同じように車でひいてしまえ」などと書かれる。目には目を、歯には歯を。罰するとは、同じように(すこし多めに)ひどい目に合わせることだという。ひどい事をしたやつは、同じくらいか、それよりも少し位、ひどい目にあってくれないとスッキリしないという。

特に日本人には、加害者に苦しみを求める傾向が強い気がする。長く苦しませ、過去を後悔させる。

海外のドラマや映画だと様子が違う、割とあっさりトドメを刺す、本人に後悔する暇すらあたえない。この先の人生を奪うということが罰なのかな。

はて、さて、そこまでではいかないが、自分も、ひどい犯人には同じことを思うこともある。特に子供を狙う卑劣なやからだとか、痴漢をするひとだとか、悪意をもって自分よりも力の劣るものに手を出すってのは許せないなと思う。そういう奴に対しては「鼻の穴に電球埋めて24時間ずっと光らせておけ」とか思ってしまう。(あ、これも「長く苦しませ、過去を後悔させる。」発想だ)

でも、その当事者が自分の友人だったらどうだろう? 自分の家族だったら? 面と向かって同じように言えるのか、思えるのか。鼻の穴にLEDライトを仕込み常に自分の手元を照らしておけなどと言えるのか。

伊坂幸太郎の『サブマリン』は、以前に発表された短編集『チルドレン』でお馴染み、家庭裁判所の調査官である陣内と武藤が登場する。陣内さん懐かしい。むちゃくちゃで駄目な人なんだけど、弱者への愛がガソリンな人で憎めない。パトレイバーの後藤さんをロックにしたみたいな感じ。

そんな彼らの元に無免許で車を運転し人を死なせた少年が送られてくる。盗んだ車を運転し、歩道に飛び出して中年の男性を轢いてしまったのだ。

また、並行して、不登校で自宅に引きこもり、ネットの殺害予告をした人に殺害予告を出す、という人を食ったようなイタズラで観察処分になった少年が出てきて、将来の事件を予測しはじめる。

展開は安心の伊坂幸太郎クオリティ。出てくる登場人物も安心の伊坂幸太郎クオリティ。テーマは重いが、おなじみのキャラクター達が、軽快にノンストレスで物語をすすめてくれるし、ちゃんときれいに終わらせる。良くも悪くもいつもの伊坂。重厚な感動モノを求める人には全く向かないが、通勤のお供にはもってこい。オススメ!

物語のなかで、過去、不注意でひとをはね死なせてしまった元少年が武藤の前に現れる。そして、至って普通な青年と交流し、調査官の武藤は戸惑いを感じる。元少年は、ゆるされない罪を犯したが、悪意があったわけではない、ごく普通の青年だし、超真面目だし、真摯に反省し、未来をよりよいものにしようと必死にもがいている。言ってしまえば好青年。そんな好青年を前に、武藤は戸惑う。武藤は素直で裏表がなくて自分でちゃんと考えるいい人なので、ちゃんと戸惑う。そんな武藤を見て陣内は「おまえはどうせ、涎を垂らしながらアクセルを踏みまくって小学生を撥ねて殺した、人喰いタンクローリーのお化けみたいなのを想像していたんだろうが」と言い放つ。武藤も、ヤフーニュースのコメント欄に居る人達も、私達も、加害者を「タンクローリーのお化けみたいなもの」として理解したつもりになり目をつむる。だが、実際には加害者も人間で、皆それぞれが自分なりに考え、生きている。陣内はそこに目をつむらない。だからカッコいい。


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