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dROSEra 〜レディ・バッドエンドの初恋〜 感想

まえがき

2023年7月28日に発売されたTilyの処女作「dROSEra 〜レディ・バッドエンドの初恋〜」の感想です。約3800文字。

萌えゲーアワード2023 ニューブランド賞に輝いたということで(おめでとうございます)、X(旧Twitter)でフォローしている方が以前から折に触れて言及されていて気になってた本作をプレイしました。

プレイ時間は7時間ほどと短いながら、ハッピーエンドとバッドエンドに絡めてフィクションの在り方について語り合いつつ、タイトルの通りレディ・バッドエンド、初巳紫音の歪ながらも愛おしい初恋が描かれていました。

以下、本編のネタバレがあるため、未プレイの方は注意してください。

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■初巳紫音の初恋

最初の強烈な出会いやそれ以降の独特な性癖に気を取られてしまいましたが、サブタイトルにあるようにこの物語はレディ・バッドエンド、初巳紫音の初恋を描いたものです。
紫音の頭の中には高性能バッドエンドシミュレータが組み込まれているので、多くの場面で紫音のプロットの元で桜太郎は手球に取られていますが、そのプロットから外れたときに見せる表情は非常にかわいいものでした。いや本当。
さて、紫音にとって桜太郎はどんな存在だったか。最初は、自分のバッドエンドを正しく観測してくれる優秀な読者であり、また孤独な創作活動の中でも支えになっていた春日裏葉という側面もあります。
紫音が露世だと気づいた桜太郎の好きをぶつけられて照れてはいますが、しかしこの段階ではまだお互い何も知らないため、初恋も何もないでしょう。
では、いつ紫音の中に恋心が生まれたか。それはやはり、文化祭の劇の後、桜太郎に自分のバッドエンドが届いた瞬間でしょう。
思い返せば、同人誌『オセロー』に寄稿した紫音のバッドエンドを桜太郎がけなしていたことを知っていて、桜太郎自身もハッピーエンドを好んでいるわけです。
紫音も言っているように、そんな桜太郎に自分がどうしたって愛さずにはいられないバッドエンドの物語から、桜太郎はその物語と同質量の感情を受け取ってくれたのです
孤独な創作活動を続けていて、誰の運命にも関われなかった紫音にとって、誰かの中に自分の分身同然の作品を受け入れられたのだから、それはもう恋に落ちるしかないでしょう。
このときに紫音さんが流した涙、本当に好き。

そうして初恋の感情を知った紫音ですが、それでもこのときに紫音が描ける物語はやはりバッドエンドでしたが、この後に用意した葵を巻き込んだそれはこれまでとは少し様子が違います。
これまで用意したバッドエンドで紫音は桜太郎がこちら側に堕ちることを誘うようなものでした。
しかし、葵を巻き込んだそれは、葵に食らったカウンターの苦しみから逃れるような苦し紛れからくる物語です。
紫音の理想としたバッドエンドから遠いものであり、だからこそこの今までにないような最高で最悪な結末に紫音は消えてしまいそうなほど弱りきってしまいました。
このときの紫音さんのかつてないほどの弱々しい声、本当に好き。

その後、葵との初恋を終わらせ、今の自分ができることを考えた桜太郎が紫音に手を差し伸べる形でその場は収まります。「ご、ごめ~ん☆」がかわいい。鉄板の話題好き。

ここから物語の結末は3つに分かれ、その内の1つは二人が共に未来を歩み続ける物語として綴られていきます。
この物語について考えるため、その準備として紫音の性癖と虚構の本懐について確認していきます。

■初巳紫音はバッドエンドがお好き?

まずは基本的な問いから。一見疑いようのないものであり、紫音の書いている物語しかり、物語の終盤でも、彼女がバッドエンドを好きなことに変わりはありません。
ただしその本質は、夢も何も持たず誰の物語にとっても外側に居る孤独を慰めたい思いから来ていると考えられます。

紫音は幼少の頃の体験から救いの手を差し伸べられず、大好きな物語のようにならない人生を過ごしており、二人が幸せなキスをして終わるようなハッピーエンドには共感できませんでした。
一方で、運命に見捨てられ人生が終わるような壮絶なバッドエンドは、停滞した紫音の人生にとって手が届く物語であり、感情移入したままより共感しやすい結末でした。
何より、終わってしまった物語におけるキャラクターの感情は、ずっと変わらないままでいてくれます。
歪んでしまい変われない紫音にとって、バッドエンドは置いていかれることなく共に変わらないままでいてくれる物語でした。

桜太郎と出会う前の紫音は、幼い頃から続く孤独を埋めるようにバッドエンドを愛し、普通の恋愛の道では幸福になれないほどに歪んでしまいました。
それでもなお、誰かの目に留まり、バッドエンドであっても誰かの記憶に初巳紫音という人物像を刻み込もうとしたのが、桜太郎の目の前で破滅の道に向かおうとした行動でした。
ただ粗野な男に乱暴をされてバッドエンドを迎えるだけであれば、機会はいくらでもあったでしょう。
実際にはそうはならず、今日その日に桜太郎という紫音の価値を正しく理解し観測してくれる優秀な読者に出会えたから行動を起こしたことからも、自分のことを想い出の中に置いてくれる人を求めていたことが伺えます。

つまり、紫音のバッドエンド好きの本質は孤独な心を慰めるものであり、序盤の破滅願望も誰かの運命に関わる方法として、そのようなバッドエンドしか共感できなかったことの裏返しと考えられます。

■虚構の本懐

初巳紫音はバッドエンドで自分を慰める、こじらせすぎてコミュ障になってしまった寂しがりやなキャラクターです。
そんな彼女の物語は、桜太郎との出会いによって動き出します。
ハッピーエンド至上主義の主人公とバッドエンド狂いのヒロインが互いに相手をわからせようとする話ですね。

作中では、紫音にハッピーエンドの良さをわからせるために、桜太郎は様々なハッピーエンドを書き下ろしました。
最初は紫音に簡単に掻き回されて簡単にバッドエンドに負かされていました。しかし、彼女との対話から桜太郎は苦いエンディングの持つ強さを学び、そしてより面白みのあるエンディングを書くようになりました。
それは徐々に紫音に届くようになっており、特に、アルテア、グリム、アスターの物語において、紫音はアスターに対して強く共感を覚えているように見えます。

さて、reStartルートの開始に「虚構の本懐」という表現が現れます。
それは、本を読み終えたときに、その中で感じていたものと同質量の喜びがその手に残ることを意味しています。
言い換えるならば、物語を読み終わったときに、読み手の心の内に喜びが残ることでしょうか
ここで重要なのは、この感情が物語の結末がどうか以上に、それを受け取った読み手にとって喜びであったかどうかだと考えることができます。
もっといえば、感情移入が強い紫音であれば、キャラクターと同じ感情を抱いたままに物語を終えることだと言えるでしょう。

この点を踏まえると、柏木と若菜以降の物語では、ハッピーエンドかバッドエンドかの意見が二人の間で分かれながらも、紫音の中には喜びの感情が残っているように見えます。
最後の瞬間まで愛し合ったすごくいい物語であり、ひとりぼっちだったアスターのもとに駆けつけたグリムは、必要な物語でした。
紫音はこれらの物語をハッピーエンドではないと主張していますが、紫音がアスターたちの物語によって安らぎのような感情を覚えたように、実のところ虚構の役割は果たしています。

世界が終わるような嵐の夜に震えていた紫音を他愛ない議論で救ったように、歪んだ想いが誰にも届かないかもしれない不安を見捨てなかったように。
紫音は物語のキャラクターに強く感情移入するからこそ、そのときの自身の心情と近いヒロインに共感し、そのエンディングを迎えたときに孤独ではない感情を抱くことができたのです。

■二人の物語

「虚構の本懐」は、物語を終えたときに読み手の中に同質量の喜びが残ることです。
この言葉は、物語を幸福に終わらせうる唯一無二の結末、といっていることからも、桜太郎の考える物語がハッピーエンドたりえる条件だと考えられます。
ただ実のところ、紫音自身も同じように、あるいは、桜太郎以上に強くそれを願っている節があります。
これまで書いてきたように、虚構の本懐とは物語からキャラクターと同じような感情を受け取ることができたか、です。
この側面でいえば、紫音はこれまでずっとバッドエンドを迎えたキャラクター達の感情を積み重ねて孤独を癒やしていました。
また、桜太郎から未完の物語を渡されたときには、一番欲しかったものを得られなかった絶望と、それ以上に幸福な結末を求めようとする目をしていました。
そのことからも、紫音が物語から受け取るものをどれほど大切に思っていたかを感じ取ることができます。

ここまでを踏まえて、桜太郎が未完結の終わらない物語を用意した理由を考えてみます。
まず、紫音がバッドエンドを愛したのは、人生の中の寂しさや苦しさを癒やすためでした。
そして、結末そのもの以上に、キャラクターと同質量の感情を抱くことが物語の本懐です。
そうであるならば、紫音を置いていかない、そして桜太郎と紫音の二人と共に歩んでいける、二人のための物語がたった一つの解決策となり得たのだと考えることができます。

あとがき

読んでいただきありがとうございました。
以下の内容はゲーム本編とは全く関係なく、感想記事を書いた感想です。

冒頭に書いたように、本作のプレイ時間は7時間という決して長くないものでしたが、感想としてまとめあげるまでに1週間以上経ってしまいました。どうしてこうなった……みたいな気持ちが湧いてきます。学園アイドルマスターに1週間浸かったせいかもしれない。篠澤広はいいぞ。

先日X某所のスペースで他の感想ブログを書いている方々の話を聞く機会があって、その方々は早ければ数時間で仕上げているようなことを仰っていた気がして、(あくまで素人の自分と比べて)その筆の早さに驚きました。書き慣れた構成やゲームプレイ中のメモの活用といった、その人なりの執筆術などがあるようでした。自分も一応いくらかメモは取ってますが、見返したときにあんまり役には立たず。構成は……どうでしょうね。今回のdROSEraしかり前回のアントリしかり、一応物語に合わせて書くことを決めてるイメージなので、テンプレ化できるかというと悩ましいところ。なんにせよ、何かしら自分なりの良い書き方を見つけていきたいです。
一応今回書いているときに思ったのは、箇条書きに近くてもまずは全体の構成を考えつずざっくり書いて、後から適宜肉付けしていくのがいいのかなと感じました。普段仕事で文章を書くときは、だいたい知っていて頭の中でほぼ出来上がった状態で出力しているのでその感じのままやろうとしたのですが、感想文の場合それだと最初の一文に詰まって書き始められない。他の趣味でふんわり3Dモデリングをやってたことがあるんですが、そのときも最初から細部を詰めるのではなく、まずは全体のシルエットやサイズ感を決めてから作り込んでいく工程を踏んでいたので、こっちに倣った方がよさそう。

感想ブログはその時々に読んだ物語から感じ取ったことや考えたこと、それこそ今作でいう虚構の本懐に当たるであろう部分を残していきたいなと思っているので、もしかしたら篠澤広や学マスの話もするかもしれません。目前に5月新作が控えているのでそっちもやりつつ。

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