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梅が枝(うめがえ)

春の夜の 闇はあやなし梅の花 色こそ見えね香やはかくるる

高校の卒業式から、大学入学までの数週間、私は梅の花と対面し続けた。
誰もいない和室の大花瓶に梅が枝をさして、毎日水を替え、
梅に声をかけていた。

「きれいだね」

「いい香りだ」

「しぼんだ花は摘んであげようね」

私はむせ返るような梅の花の香りと、時々ひらりと落ちる花びらを浴びるために、花瓶のそばに横たわっていた。
家族のだれもそれをとがめることはしなかった。いつものように少しおかしい娘が、また変わったことをしている、程度の認識だったのだろう。

それは、私がもう一度生まれ変わるための、
濁世から離れたいという思いから、命が燃え尽きるまでできることをし、人と関わってやる、という思いへの変革の時間だった。
そのようにして生まれ変わるまで、春の数週間は大事な時期だった。
私の言霊が効いたのか、梅の枝は5月まできれいな花を咲かせ、芳香をまき散らし続けた。
梅には特別な力があると、今でも私は信じている。
それによって私は、全開で大学生活を送る準備が出来たのだ。

今でも梅の香りがふわんと漂うと、私が変わったあの時間を思い出す。


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