見出し画像

夕方のロバ #1

「夢から覚める時、失われているのは現実の方だ。
セミが夏の終わりに鳴くのをやめる時、
失われるのはセミではなく、夏そのものなのだから。」

ロバの目の前では、ただ落葉樹の葉がカサカサとなっているだけだったが、
抽象的なイメージだけが水のように流れた。

「でもいつか、セミの鳴き止まない夏がやってくる。」

ささやきは風に乗って、ロバのたてがみを揺らした。そして胸の中に滑り落ちた。

滑り落ちた言葉は、またすぐに風に乗って、
落葉樹の葉をカサカサと鳴らした。

もう声は届かない。
おそらく永遠に。
しかしそれは、もうどうでもいいことのように思えた。

「でもいつか、セミの鳴き止まない夏がやってくる。」

その言葉はもう、
風が運んできたのか、
ロバの口から出たのか、
胸の中を滑り落ちたのか、

ロバ自身にもわからなくなっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?