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穴は見ない方がいい

子供の時ね、両親といっしょにドライブに行ったの。父親が運転するカローラに乗って。父は出不精な人だったから、たまのお出かけが嬉しくてさ。

ドライブの途中で、休憩することになったのかな?記憶がだいぶ薄くなってきているけど、何処か古い駅近くのスペースに車を止めたと思う。

トイレに行きたくなったから、母親に一緒に行って欲しいとお願いした。だって、10メートル程先に見えているトイレは、コンクリートで出来ていて、いかにもな感じの古いトイレだったからさ。いやじゃん?でも、母は一人で行けって言ったんだ。

そんな所に一人で行きたくないけど、母はもう私の事なんて忘れた様に父と話していて、声もかけにくい感じでさ。太陽が照っててさ。

漏れそうだったしさ、トイレに行ったの。男女共同だったかな。入ったのは和式トイレね。
座ってさ、不安な気持ちで用を足してさ。
顔の前にはコンクリートのグレーの壁があるんだけど、ふとね。見たらさ、あ、和式スタイルだからしゃがんでるんだけど、壁を見たら、穴が開いててさ。小さな穴が。

穴の奥の色が一瞬変わった気がして。
気のせいだと思い込もうとして、うん、絶対気のせいだと思って、穴を覗いたら。

誰かと目があった。
瞬時に穴を指で塞いで、トイレの小窓から親を呼ぼうとしたけれど、呼んでいる最中に、目主の誰かに何かされたらと思うと、声が出なくてさ。

ここにいてはいけない。
勇気を振り絞ってトイレの個室から出て、走って走って両親の元に戻ったよ。太陽が照っててさ。

母親の服をにぎりしめながら、振り返って見たトイレには、誰の姿も見えなかったけど、実はひっそり向こうから見られているような気がして、怖くて、早く出発したくて。

親には、その事を言えなかったね。何でかな。
楽しい時間に水を差したくなかったのかな。

穴はさ、見ない方がいいし、穴には注意しなきゃねって。

だから、私は子供のトイレには絶対について行く母親になったんだよね。
トイレは危険だと今でも思うよ。

確かにさ、穴には注意だね。
ギラギラした太陽もさ、危険かもね。