TS

関井正雄氏が残した『文作集』をNoteに残したいと思います。

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関井正雄氏が残した『文作集』をNoteに残したいと思います。

最近の記事

林檎礼讃

(追文節) お城眺めて去りやらぬ  妄しや林檎よ 津軽の娘 都離れて来し人に  引かれて行くときや泣き別れ。 (よされ節) アー誰もが林檎を嚙る時 アー津軽名物の味がする   玉は紅玉、光は国光   嫁の着物にや倭錦   祝持たせてやりたや安寿姫 アー姫と弟の津志王丸は   父を訪ねてその昔   西国めざして出駈しが アー旅で人に、さらわれて   姉は丹後三荘太夫のもと   責め殺されて終ひしが アー今ぢや岩木の権現ぢゃ   旭の姫よ、リンゴは日本一だぞぇ        よ

    • 正月(俳句)

      霜立ちて 遠く消えゆく 影法師。 凧揚げて 青空近し 児らの胸。 追羽根の 音かそけくも 踊る足。 点し灯の 煌めく窓に 赤児泣く。 西空の 夕映去りて 星一つ。

      • 男の夢

        身には薄絹の衣を纏い 左手には一水蓮の花を捧げ 右手では純白なスカートの端を持ち 闇を静かに歩む女精 総身に冷たい金色の照光を浴び 恋しい人の所へ忍びゆく 彼女のあどけなき口元 つぶらな眼、長い睫毛 理想の女が歩みゆく 摑まえたのも束の間、男の夢

        • ねこ

          真黒な猫 片目の猫 真赤の血を口から流し 頸の周りに縄目のある猫 真の闇夜に 天井裏から 人間共を睨む猫の首

        林檎礼讃

          朝の湖上

          「日本詩壇」佳作 霞む遠き鳥山 神び漂う湖上 清澄なる湖水 やがて神光、朝靄を蹴りて 一片の小舟を照らす 舟上に一傀の人影あり 姫鱒を釣る老漁師か 悠遠なる白砂に ちらほら見ゆる漁夫の家 朝餉の煙細々と昇る

          朝の湖上

          真夜の鐘音

          高等学校時代のもの(昭和11年4月 - 13年3月) 真夜中に鳴る寺の鐘 死んだ魂の喘ぐ音 向う河岸の二階窓に 乱らなじゅうばん姿が閃く やがて燈りも消えて 二つの火魂が 真夜の鐘音の方へ 寂しそうに出て行った。

          真夜の鐘音

          春の訪れ

          日輪は爽やかに大地の春を照りつけます。 山野は芽を萌やし、樹木も緑葉を付け始め、柳の毛穂も目に映らなくなりました。 子らは良く学び、良く遊んでいる。空は青空だ。 遠くに気笛の轟音がゴーツゴーツ、ゴーと聞こえます。

          春の訪れ

          元旦

          朗らかに国旗が揺れています。長閑なそして静寂な田舎の元日です。 戸口戸口に門松が立っています。 「明けまして御目出度う。」「はい御目出度う。」 学校からは奥ゆかしい歌の調べが響く。 誰かがベンヂヤに乗って興じている。 白雲が彼方に靉靆く。寒い雪を降らすだろうよ。 馬子の鼻息が白く見える。景気良さそうだ。 家の中では 御馳走を食べております。 年賀の郵便がどっさり来ていました。

          吾れは照る日

          中学2年、昭和6年  吾れは太陽であります。我が身体はたった一つ丸い幻の様な火で、大層熱のある一体で、その表面は常に大層強い光線を放っており、地球の動物界植物界にそれは是非なくてはならないもので、空気を透して其処まで達します。吾れの務めは実に重大な影響があって、雷よりも先に目を醒まして、赤々と昇って行くと、下界では「もう夜が開けた」と大喜びで「せかせか働けや」と今まで静まっていたのがちょこちょこと出て来る。  雲の上の雷さんは、「こりゃ大変だ。大ねぼうした。」と雲の窓から顔

          吾れは照る日

          中学時代のもの「桜」

          弘前中学校1年、昭和5年 昨日5月4日、内の人皆で花桜会に行く支度をして、昼過ぎ内をでかけましたら、近所に咲いている桜花は招魂祭に参拝した時よりも余程散っていました。それで僕は公園のも大部散ったろうと思って、元気よく町中に歩いて行ったら、未知の両側に花見なので、綺麗に飾っていました。段々たつと公園に着きましたら、僕が前に思っていたように大抵散っていましたが、八重桜がウント綺麗に咲いていました。白の高い所にあがると人が大変混雑していました。あちらでもこちらでも皆花を見て楽しん

          中学時代のもの「桜」

          幼少年時代

          (中学3年「貧乏」より、昭和8年頃)  僕がものを言いた始めは、「出る。」と云う言葉であったと云う。 親切な祖母がそれこそ僕を大切にし、おしめを縫ったり洗ったりすることを百度で今でも名残にそのため洗いバケツを運んだためのタコがある。「おシッコ出るの、シーツ、シーツ、出るの、おシッコ出るの。」と度々叫んだので到頭、言葉の萌が「出る。」と言い出したそうです。今はそのときのチャンチャコと浮湯に使用した桶らしいものが見受けられる。何時だかエンツコが外に捨てられてあった。  綺麗な

          幼少年時代

          家訓

          祖母遺訓 人はみな 思ひ思ひに違うもの わが身ばかりの 世の中でなし。 永らえて 又この上に積もる雪 溶けて嬉しき 弥陀のみそばに。 人までも 頼むなき世に あらんより 明日は嬉しき 蓮のうてなに 父訓 花の春 紅葉の秋の 盃は ほどほどにこそ 汲まば欲しけれ。 ただ見れば 扇ひろげて逆まに かなめはとけぬ 富士の白雪。 思ひ出す元禄 雪の花。 明日待たるゝ 宝船。 家訓 わが身を抓つて 人の痛さを知れ。 一誠を以つて之を貫く。 幸運は働く人にあり。 世の中における最高の

          序文

           長い人生には、色々なことが起こります。人の障害には嬉しいにつけ、悲しいにつけ、事柄によつて種々の感智が加わって行動しますが、失敗も成功もその人間の性格、思考および信念の持つていくところに依存します。  毎日の生活は、家庭、社会および自然のしょかんきょうによつて培われて行きますが、開拓するものは自己であり、そして多くの人たちの協力による眼に見えざる偉大なものが、貴方を待っているのです。絶えず自己反省し、他人に鞭打つていただかなくてはなりません。  私は、この複雑な世の中に生れ