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短編 オトちゃん

  光のスピードをきいたとき、みんなはえー、すごーい、と教室で騒いだ。
向かい合って空想の地球儀のまわりをお互いの指でクルクルまわす子たちもいた。
でも僕は、光そのものをうまく想像することができなくて、光ってなんですか?と手を挙げて聞いた。

「この電灯の光や、太陽の光のことだよ。」

と、窓を開けて、松嶋先生は僕の質問に答えてくれた。それで納得したふりをしたが、全然ピンとこない。
誰かにもっと分かりやすく教えて欲しくて、お母さんやお父さんに聞いたけど、先生と同じような説明だった。


 お母さんの妹で、オトちゃんというおばさんがいた。オトちゃんは絵や彫刻、ステンドグラスや、陶器などの作品をつくる芸術家だ。市役所にも絵が飾ってあるのよ、と、自分のことのようにお母さんが自慢していた。そして僕のことをキミと呼ぶ、まわりで唯一の大人だった。

お母さんがオトちゃんちに車で寄ったとき、僕は妹と、いとこの文音と絵を描いていて、そのときオトちゃんに光について聞いてみた。

そうね、と、しばらく考えてから、オトちゃんはスツールに腰かけて話し始めた。

「光が何も無い世界を想像するの。何がある?そう、何も無いくらやみよね。右を向いても左を向いても何も見えない真っ暗な世界。
こわいでしょ、私はこわいなぁ。」

オトちゃんは両手を広げてゾンビのように、あたりを見回す。

「そうこうしてたら向こうに小さな光が見えるとするじゃない。その光が見えた瞬間、光が秒速30万メートルでキミの目に届いたってこと。

光があるから、全部見えるのよ。この色鉛筆も、このリンゴも。」

と、デッサン用のリンゴを手に取って、外国人みたいに宙に放って片手で受け止めた。

おー、なるほどー、見えるってことが光が目に届いているってことか。と腑に落ちた。

「だからさ、今リンゴから航太の目までの距離を光がギュイーンって走ってるわけじゃない。そこまで、わずかだけど時間がかかってるから、このリンゴはすでに過去の映像。よく星の姿は何万年も昔の姿って言うでしょう。」

と、さらに教えてくれた。

 僕が見ている世界が過去の映像だって?そう思ってまわりを見回すと、鼻水を垂らしている妹の顔ですらいつもと違って見えた。とにかくドキドキしていた。

僕たちこれから、きっとすごいことになるんだぜ(※)

お母さんがおやすみと言って、電気を消しても、二段ベッドの下で、僕は目を開けたままそう思った。

頭の中では、オトちゃんちで流れていたこの音楽がずっと鳴り響いていた。

(※)inspired from バナナマン日村さん




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