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倭国のエネルギー循環システム

神社はなぜ、存在しているのか。

日本の古来の崇拝文化を追いかけよう。




1.私たちは何を崇拝し始めたのか

(諸説あることを前提に展開していきます。)


私たちは何に想いを向け始めたのが
「崇拝」というものの始まりなのだろう?

あなたが、私が、手を合わせて何かに
祈るようになったのはいつの頃で、
何がはじまりだっただろう?

***

私個人としては、木造の100年以上続く家に住み
仏壇には先祖代々の位牌が揃い
曾祖父母くらいまでの写真が並んでいて

そのさらに並びの隣の部屋には
神棚だけの一間があり

さらにその奥の中庭には
龍神様の石があるような家で育った。


夏には弁財天のお祭り
8月5日は必ず夕方から雨が降って
提灯が灯る時間には雨があがる。

弁財天からのお祝いと喜びの
お知らせだと教えられて
雨の降る間に浴衣に着替え
夜店のどこにいくかをキラキラとした
頭のなかで考えていたものだ。
(ちなみにこの弁財天が10年ほど前に移転され
祭りの日には全く雨が降らなくなった)


秋には地域の最果てに少し山の上
大きな稲荷神社のお祭りで
神輿を引く(子ども神輿)から
担げる神輿への抜擢に移行する年齢になるのが
うれしくて仕方なかった。

「わっしょい、わっしょい」と言いながら
5キロほどの道のりを休みながら
神社へ向かう。

その稲荷に奥宮が存在したのを知ったのは
2年ほど前。
なぜか神社の奥の山に登れと
感覚がきたときだった。
あれ以上いたらば、帰ってこれないような
雰囲気のある場所だった。


はたまた産土神は別の神社で
回廊のある神社。

祖父に「三回右に回るんやぞ」と教えられて
回りたいがために何度もお参りしたものだ。

そこは祭りの度に、
紅白の落雁(らくがん)をお下がりでもらえる。
その落雁が大好物で、
家に届く落雁はすべて私のもとに集まったりもした。


おついたちと15日は
感謝をする日で
鬼門や玄関の塩を取り換え

毎朝、祖父が存命の時には
経が、聞こえてきていた。
(木魚音が強く家族のクレームの対象だった)


***

私の出所が京都の田舎ゆえに
あった風習や文化、あたりまえも
多いかもしれませんが

あなたの過ごす日常にも何か
こういったことが紛れていなかっただろうか?


私たち日本人の日常には
「感謝」と「想い」

そして「みえないもの」と
共存しているということをあたりまえに

習慣を何かもちながら
過ごしてきているのだ。



私たちは、ある時から
みえないものの影響であったにせよ
ご恩を受けたものや場所に感謝を伝えているうちに

その1人ではなく、
血縁者がそこに想いをさらに乗せ

それをみた近しい者がまた感謝をする。

それを聞いたさらに者が
意味はわからずとも手を合わせて
目を閉じ、"何か" を想うようになった。


対象の「物」があることで
より私たちは何に想いを向け
感謝を示しているのかがわかるようになった。

感謝したということは、
何か恩恵があったのだ。

その恩恵が必要なときに
お願いをするようにもなった。

そしてまた、恩恵に感謝をした。

繰り返され、人が入れ替わり
その場所は、そこにかかわる者にとって
特別な場所となっていった。


そうしてそれは、自然のなかにあり
自然に恩恵を受けることから




洞窟
...

自然にあるものを
その場所とするようになっていった。


それが『自然崇拝』だ。


山自体が御神体のこともあれば、

今でも神社によっては、
磐座(いわくら)などとして
参拝処があるところもあるだろう。


***


出雲神社に人生で初めて行くことになった時
なぜか、母が急に家族旅行をしたいと言い出し
行くことになった。

その時になぜか、SNSのつながりから
「出雲大社にいくなら磐座に行った方がいい!」と
メッセージをもらった。

当時は何と読めばいいのかもわからず
(いわくらざ)と読んでいたくらいだ。


出雲大社に着き、
あたりまえにメジャーな箇所を巡る家族

一方「ひとりで行くところがある」と
さっそくの集団行動を逸脱して
磐座を探した。

全社の立札をくまなくみて歩くも
磐座の文字はない。

あまりにも時間がかかるので
お守りを売る巫女さんに尋ねる。

数名いた巫女さんたちが
視線を交わして首をかしげては

たまたま奥から出てきた水色袴の神職の方に
知らないか?と尋ねる。

知らないな~と神職の方が増えていく。

そのうち
「あ!あの○○さんなら知ってるんじゃないか」
「一番ここにいて古い人だから」

ちょっと待ってくださいね、と言われ
10分ほど待つと
紫袴の神職の方が登場する。

ああ!これで解決だ!と胸をなでおろす。
かなりの時間単独行動をしている。
そろそろクレームの連絡が入るはずだ。

ところが、事のあらすじを聞いて
その方も首をかしげ始めたのだ。

しばらく「そんなところあったかな…」と
つぶやきながら、彼は歩き出す。


「あそこかもしれません」
「付いてきてください」


歩きながら彼は、
なぜ今日の出来事に至ったのかと
私に問いかけをする。

簡単にあったことを話しながらも
怪しく思われてはいけないと
人に言われたから、という体で
話したのだった。


彼の目指す場所に近づいたとき
再び話がはじまった。

その場所はさっき何度も前を通ったところだった。


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