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究極の問題先送り!?卵子凍結という危うい選択

今日も過去に書いた記事に手を加えて、アップしてみようと思う。この記事は、お仕事したサイトがすでになくなってしまったので、世界から消えてしまったものだ。しかし最終形だと編集者の方の手が入っているので、すでに報酬を得たものでもあり、心苦しいので未編集素材を上げようと思います。

2016年に書いた記事。この頃、確か妊活なんていう言葉が登場したり、「卵子凍結」なんていう技術が誕生し、ビジネスへと移行しつつある時期のことだ。数値などが少し古いのはお許しください。

究極の問題先送り!?卵子凍結という危うい選択

 ライフステージのなかで、自分の望むベストなタイミングで健康に子供を作りたい。そんな私たち女性の願いを叶える技術として注目されている「卵子凍結」。若いときに、なるべく状態の良い卵子を体内から取り出し、妊娠したい時期がくるまで凍結して保存しておき、体外授精で妊娠する。高齢出産のリスクを減らし、少子化対策としても注目され千葉県浦安市では公費補助も行われている。でも、これって本当に大丈夫なの?安全にできるの?40代の私もまだ間に合うのか?女性の視点から、医療者のホンネを聞き出してみよう。 

■炎上覚悟の専門家!やっぱり妊娠は20代に!?

 「お母さんになりたい人にとっても、産まれてくる子どもにとっても、卵子凍結という手段はとても薦められるものではないんですよ」。そう語るのは国立成育医療センター齊藤英和氏だ。卵子凍結が薦められる唯一の例外はガンなど、治療で卵子に悪影響が出ることが予想される場合のみだと考えている。不妊治療の専門家の齊藤氏は、卵子凍結のような手段ではなく、20代、30 代での妊活を薦めている。「活動していると私たちを追い詰めるのですか!と女性たちから怒られてしまうんだよね。みんなのことを考えているだけなのにね」。卵子凍結は、妊娠や出産の問題を隠して、先送りにするだけだという。炎上覚悟で、こうした発言を続ける理由は、卵子凍結のリスクが世間に伝わっていないためだ。そのリスクは女性だけでなく男性にも関係しているという。いったいどういうこと? 

■卵子凍結をあなたが選んだら?

 もしあなたが卵子凍結を行うとすると、次のような体験をすることになる。まずは卵子を体内の卵巣から取り出す①採卵、②そして取り出した卵子の凍結、③最後に卵子の保存だ。

①   の採卵では、一度になるべく多くの卵子が取り出せるようにホルモンの調整をする。排卵誘発剤を調整することで、複数の卵子が排卵直前までくるようにしむける。複数の卵子が成熟してパンパンに腫れ上がった卵巣を超音波断層装置(エコー)で観察しながら、採卵専用の針で卵子をひとつづつ取り出していく。取り出された卵子は、−196度の超低温の液体窒素のなかで、凍結される。最近では、急速に冷凍でき細胞の鮮度を保てるガラス化法という手法がよく行われている。この-196度の状態で、あなたが妊娠したい時期がくるまで卵子を凍結保存しておく。物理的には、あなたが寿命で死んだ後も、卵子は新鮮なまま保存できる。

■妊娠したい時期がきたら、生殖補助医療を行う

 将来、あなたが愛するパートナーと出会って、子供を産みたくなったら、今度は凍結した卵子を解凍し、女性の身体に戻して赤ちゃんを誕生させるステップになる。

選択肢の一番めは自然妊娠だが、うまく行かなければ、凍結卵子を体外受精させることになる。ここは男性(精子)に頑張ってもらうことになるが、代表的な2つの方法を紹介しよう。1つはIVFといって、卵子の周りに無数の精子をかけることで受精を促す方法。この方法では、精子の間で競争がおこることになり、受精能力の高い精子が卵子と受精できると考えられている。もう一つの方法はICSIと呼ばれる方法で、ごく細いスポイトのようなもので精子を1個吸い上げ、卵子のなかにスポイトを差し込んで卵子に直接精子を注入する。受精能力の低い精子や卵子でも、受精することが可能になるというメリットがある。受精がうまくいけば、1個だった卵子は、2個、4個、8個と分裂を続けていく。どの段階で女性の子宮に戻すかは施設によるが、数日たち胚盤胞と呼ばれる段階で移植する場合もある。受精卵を無事に子宮に戻して着床できたら、あなたは世間でいう妊娠3週の状態になる。

■   40代の壁! 妊娠に必要となる凍結卵子は100個にも?

 しかし、例え「若い」凍結卵子を使っても、妊娠には肉体的なハードルもある。妊娠から出産までのリスクは40代を境に上昇してしまう。この図は、体外受精などで、生殖補助医療を行った方々が対象となった調査だが、25歳で妊娠率は26.1%、流産率が13.7%であり、出産できるのは20.1%。35歳では妊娠率は23.4%、流産率は20%となり、出産にまでたどりつけるのは17.7%。これが45歳となると妊娠率は2.5%、流産率が67.5%にも登り、0.3%しか出産に至らないことになる。40代にまで範囲を広げても生殖補助医療では4.1%しか出産に至らない。もちろんこれらのデータは多くが自然妊娠に至らず、生殖補助医療を行わざるを得なかった人たちのものではあるが、齊藤氏によれば、こうした事実や経験から考えると、40代で必要な凍結卵子の数は100個にもなるという。たとえ卵子が若い時期のものであったとしても、母体は老化している。40代以上での妊娠・出産は、現状ではリスクがあるとしか言いようがない。

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グラフ:2012年生殖補助医療による妊娠率・流産率・出産率(日本産婦人科学会統計より改変) 

■精子だって老化する

 パートナーの問題もある。もし同じくらいの年齢であれば、精子も当然老化している。近年では、精子の老化も大きな問題となってきているのだ。一般に卵子は遺伝情報を正確に次世代へ伝える役割が優先され、問題があれば妊娠は成立できないことが多いという。ところが大量につくられる精子の方は遺伝情報の多様性を生み出す側とも言われ、加齢によって遺伝的な損傷が生じていたとしても子どもは産まれる可能性が高い。精子の老化が、子どもの遺伝的な問題に影響を与えやすいのではないかという見方もでてきている。

■揺れる学会  凍結卵子の採取は45才まで!?

 施設や技術面でもリスクはある。たとえば、天災などの不慮の事故で卵子が意図せず解凍してしまえば、その時点で妊娠に至る率はほぼなくなる。また20代に保存を請け負ってくれた病院が10年、15年先も存続するかどうか、担当者が変わっていくなかでも、きちんと管理できるシステムが整っているかどうかも大きな問題となってくる。現状では、未婚女性が卵子を凍結でき、安全に保管できる場所は限られている。

 こうした背景もあり、産科医や医師、医療関係者で組織されている日本産婦人科学会は、2015年6月、ガンなど病気が理由で卵子凍結を行う医療適応以外の卵子凍結を推奨しないと発表した。学会に所属する医師の施設は、基本的には医学適応の場合を除いて卵子凍結を推奨しない方針となる。しかし一方で、強制的な縛りはないので、各施設に委ねられている。また日本生殖医療学会では、2013 年、卵子凍結を推奨するものではないという前提だが、ガンなどの医学適応以外、つまり一般の女性への卵子凍結に規準を設けている。規準としては40歳以上の卵子凍結は推奨できないこと、また卵子を凍結しておいても45歳以上の未受精卵使用は推奨できないというものだ。

 こうした規準には、女性をリスクから守るもっともな理由があると、齊藤氏は言う。まず1回に取り出せる卵子の数が加齢によって下がっていく。齊藤氏が生殖補助医療を行った人々を対象に調べた結果では、20個の卵子を得るために必要な採卵手術は20代では2回なのに対し、40代では5.1回必要になっている。採卵できたとしても、未受精卵の凍結や受精後の胚移植に至る割合は24歳以降48歳までのすべての年齢でほぼ30%。先ほど妊娠継続のリスクも考慮すると、40代以降の女性の卵子凍結は医学的に大きな壁があると言わざるを得ない。それでも私は、この凍結卵子の規準は医学会だけで解決できるものでも、するものでもないと思う。妊娠は、男性も含めた社会の問題であり、女性が不利益にならない議論が行われるべきであろう。

■クラスでひとりは生殖補助医療 ダイエットや貧困が与える妊娠への悪影響?

 日本産婦人科学会の統計では、2013年の段階で、生殖補助医療で産まれる子どもたちは年間3万2554人。新生児24人に1人の割合、ちょうど学校のクラスに1人くらい生殖補助医療の子どもがいることになる。今や、これほど一般的な医療であるにも関わらず、自然妊娠と生殖補助医療を用いた妊娠の間で変化がどのように現れるかといったことはそれほどよく分かっていない。最近では、ダイエットや貧困などによる低栄養状態が卵子や精子などの生殖細胞に与える影響などが問題だと盛んに研究が行われている。低栄養状態に卵子や精子といった生殖細胞がさらされると、産まれてくる子どもの体質に大きな影響が現れる可能性が指摘されている。生殖補助医療でも、体外の培養液のなかという、特殊な状態にさらされる卵子や受精卵も、栄養状態や環境から影響を受ける可能性は現時点で否定しきれない。もしかしたら、それは良い影響を与える可能性だってある。卵子の凍結保存では、凍結・解凍という新たなストレスが、どのような影響を与えるのかはさらなる調査や研究が待たれる。妊娠と出産といういわば神の領域に進んだ私たちは、もう後戻りはできないのは確かだ。

 ■高齢出産で老後破産?!

 気になる経済的な問題についても考えてみよう。卵子凍結にかかる費用は施設にもよるが、卵子を取り出し、凍結するまでに数十万から百万程度。さらに卵子1個あたりの年間維持費が約1万円かかる。加えてそこから生殖補助医療にもお金が必要だ。これも施設によるが、順調に進み、すぐに妊娠できたとしても40万—80万円くらい必要になる。最近では助成制度もあるが、まとまったお金が必要だ。

 子育てという段階にもリスクが潜んでいる。平成21年度の文部科学省の報告によれば、1人の子どもにかかる平均的な教育費はすべて公立だったとしても大学卒業までに約1000万円。私立なら約2300万円必要とされている。40歳で子どもを産めば、大学卒業時の親の年齢は62歳。子育てが終わってから老後資金を貯めるというのはほぼ不可能だ。子どもにかかる費用は当然教育費だけではないことも明らか。かなり計画的に資金繰りができているか、経済的に成功していない限り、高齢での出産は老後破産の可能を高めるだろう。

■ライフステージのいつでも子供を産める社会へ

 医学的にも論理的にもリスクを避けるなら、あなたは20代から30代前半までに産むのが正解になる。でも、20代で一生を伴にするパートナーを見極め、さらにキャリアを築きながら子育てに突き進むというのは、何でもできるスーパーウーマンにしか無理に思える。20代後半と言えば、やっと仕事に慣れ、これから会社の役に立てると思う時期だ。そんな時期に、会社を長期に休むというのは気が引けるし、キャリアを失うことになる。仲間に迷惑がかかるからと妊娠に踏み切れなかった同僚を、そして出産とともに会社を辞めるという選択を行った女性たちの後ろ姿を私も何度も見届けてきた。

  冒頭の齊藤氏の「妊活20代から」というメッセージには続きがある。「女性が20代、30代で子供を産み、それから活躍できる社会に変えなくてはいけない」というものだ。現代の日本では低い出生率が続く一方で、どの年代でも中絶は減少傾向にあるが、依然20代が一番多い。背景には、社会の階層化による貧困の問題や、女性が子育てと仕事を両立しにくい家族感など、様々な問題が重層的に存在しているのは間違いない。離婚率が上昇し、少子高齢化社会が進む日本では、社会が子どもを育てるという意識を含めた環境整備と社会保障、そのどちらもが揃わなければ結局ところ、子どもを産み育てるという根本的な問題は解決できない。

女性がたとえ一人であっても、もちろん男性ひとりでも、経済的に安心して、子どもを育てることに誇りをもてる、妊娠や出産に寛容な社会にならなければ、2.1人といった理想的な出生率までは上がりようがないように私には思える。卵子凍結の技術は、ライフステージのなかで女性の健康な妊娠の自由度を、少しだけ広げてくれる。でも本当に凍結すべきは卵子よりも、女性に妊娠や出産を担わせて当然という固定観念や家族観ではないだろうか。

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この数年で、良い不妊治療(たとえば卵胞活性化療法)なども開発されてきて、生殖をめぐる医療技術は日進月歩で進んでいる。ただ、社会を取り巻く環境は、多少はよくなっているのかもしれないが、ものすごく改善されているとは言いがたいように思う。


 


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