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人目につかない場所に咲いた、あの花は

美しい花をみかけた、と彼は言った。

「そうかい、どこかの植物園にでも行ったのかい?」
「いいや」
「花畑にでも行ったのかい?」
「いいや」
「それなら、公園にでも行ったのかい?」
「いいや、それも違う」
「いったいどこで、その美しい花をみかけたというんだい?」
「崖さ」
「崖?」
「そう、切り立った崖を、覗き込んだのさ、おそるおそる」
「おそるおそる」
「足元に、花が咲いてた、一輪の花が」
「そうかい」
「それは、美しかった。白に淡い青が散っていた。一輪で、堂々と、花びらを懸命に広げて」
「一輪で」
「そうさ、そこで咲いているのさ。その出会いに、ぼくは感動をおぼえたよ」

視線をあげると、そこには丁寧に手入れされた花壇があった。
赤、黄色、ピンク。鮮やかな色で、太陽の光を浴びながら、綺麗な間隔で咲いている。ぼくは彼に尋ねずにはいられなかった。

「あそこに、花が咲いている」
「ああ」
「あの花は美しいな」
「ああ、美しい」
「君がみかけた、その花は、あの花よりも美しかったのかい?」

すると、彼は少し困った顔をしてみせた。それから唇に指をあて、考え込んでしまった。
その姿は、答えを探している、というよりは、すでにある答えをどう伝えるか、悩んでいるように見えた。

「あの、花は」

彼は顔をあげた。

「うんと、美しかったよ」


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