介護の終わりに(14)

小学校から帰宅した私の息子。小学校1年生か、2年生か。そのくらいの年齢だった。暑くなり始めた季節だった。彼は半そでのTシャツで、息せきって帰ってきた。「ただいま」。

義母はその息子を見て、「あっ、〇〇ちゃん!(夫の愛称)」と呼んだ。

そうか。確かに。義母にとって、彼女のある一定の時期、とくに夫を育てていた時期、それが今よみがえっているのだ。そこには当然、今の夫はいない。同じ名前であっても、そんな人は義母の世界には、いないのだ。私もいない。私は、義母にとっては知らない人。なんとなく以前に会ったことはあるかもしれない、そのくらいの認知に至る人。

息子は、「えー??オレ、〇〇だよ(息子の名前)」と言い放ち、おやつおやつとつぶやきながら、お菓子を物色し始めた。

ぽかん、音がして時間が区切れた。

義母の頭の上にクエスチョン・マークが点滅していた。しかし、事態がどうなるとも彼女には思えなかったらしい。なぜか私に、寝るから、といって自室へ行ってしまった。寝るといい、と当時の義母は思っていたように私には見えた。

そうやって眠りに入り(昼夜関係ない)、義母は目が覚める。
そのとき必ず彼女は私に言うのだ。「どちらさまでしたっけか?」。


「介護が終わったときにあなたの物語を書くべきだ」(酒井穣)。確かにそうだなと素直に書き始めました。とはいえ、3か月以上悩みました。