見出し画像

『長い一日』を読む長い一月 〜12日目〜

滝口悠生さんの連載小説『長い一日』(講談社刊)を一日一章ずつ読み、考えたことや想起されたこと、心が動いたことを書いていく試みです。

窓目くんの髪の毛について語られる第12回、「ヘアーサロンで(一)」です。あたらしい登場人物、美容師の草壁さんが登場します。

あらすじ窓目くんは自分が大変なくせ毛の持ち主であることを知っている。窓目くんは毎回、ちがう美容院で散髪するようにしていて、そこには少なからず自分の特徴的な髪をレアなサンプルとして提供しようという心持ちがある。
大塚で小さなヘアーサロンを経営する草壁さんは、窓目くんと同い年の美容師さんである。
窓目くんは草壁さんに髪を切ってもらいながら、前の会社のことを考える。そこでの上司との「うっすらとした」いさかいと敗北のことや、同じようにうっすらとした敗北を経験した友人たちと、ずいぶん経ってからそれらを笑い話にしたことを思い出して、ちょっと泣きそうになる。
窓目くんの頭髪は複雑混沌としているが、毎日いろんな人の頭髪に接している草壁さんは、そこに連動や同調やリズムを感じとる。窓目くんの頭を音楽にたとえると「結構重めのドローン」みたいだと草壁さんは思う。草壁さんは、音楽はアンビエントとかドローンが好き。

くせ毛とドローンのこと
章の冒頭から窓目くんの頭髪の特徴が語られ、「自分の頭髪はかなり稀有な、マル珍の類なのではないか」(p.122)と本人が思うほど、独特の毛髪のくせと頭の形を持っていることが描かれます。わたし(自身、「剛毛・くせ毛・薄毛の心配あり」という三重苦を抱えているので、「くせ毛の悩みはわかるぞ、窓目くん」と勝手に熱くなりながら読み進めていたのですが、当の窓目くんは悩んでいる様子は微塵もなく、散髪を「自分の髪を切る美容師に驚きと感嘆を提供するためのイベント」(p.122)と捉えています。あいかわらず喰えない男だぞ、窓目くん。
章の終盤で、窓目くんの頭髪の詳細な描写が約1ページほど続きます。視点は前頭部から頭頂部、両側頭部を辿り、植木さんの佇まいを経由しながら、いつのまにか草壁さんのものになり、頭髪は「重めのドローン」に例えられます。
ドローンという音楽のジャンルを、わたしは寡聞にして知らなかったのですが、「単音で変化の無い長い音(=ドローン)が用いられた音楽」のことだそうです。意味だけを調べてみてもよくわからなかったのですが、いろいろ調べているうちにたどり着いたのがこの小説の装画を書いている松井一平さんで、彼の音楽活動のひとつとして「アンビエント/ドローン」という領域での表現があるようです。
「なつのぜんぶ」(まついいっぺいあきつゆこ)というレコードを以前に松本のレコード屋さんで買ったのですが、あまりに前衛的に聴こえて2、3回聴いただけになっていたことを思い出し、引っ張り出して聴いてみました。
そもそもこの音楽が「ドローン」と呼ばれるものなのかもわかっていませんが(詳しい方いたら教えてください)、響いている音と窓目くんの頭髪とのつながりを見出せないことはないような気がするし、「捉え所のない」という言葉では片付けられないような、言いようのない美しさを感じるような気もしてきます。

この文章を書いている今、わたしは自宅の3階にいて、開いた掃き出し窓の向こうには洗濯物が干してあり、青よりは淡い色をした空に、白い雲が広がっているのが見えています。うしろではレコードプレーヤーから音楽が鳴っていて、なんだか「なつのぜんぶ」だと思う、有休の午前中です。

この脱線も含めて、きっと小説について語ることで、脱線ついでに言えば松井一平さんは九龍ジョーさんの『メモリースティック』の装画も書いていることに気づきました。こうやって書くことで、つながっていくし、広がっていくことがとても楽しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?