医塾リライト!20240125 運命について本気出して考えてみた!運命とは個々人の小さな運命の集まりである

こんにちは。クリアファイルの天命です。今日は医塾リライトということで、運命について考えてみました。

運命と言うと大きな運命がただ一つあって、それは自然環境のように僕たちが存在するための土俵と言えます。その運命は大きな流れの運命の上で小さい個人個人のイベントが開催されています。自己啓発を学んだ人であれば、その大きな流れに抗うことなく自然に身を委ねたほうが良いという考え方も受け入れてもらえるでしょう。

僕はここで一つの疑問を提起したいと思います。運命というのは個人が自然に触れ合うように個々人の小さな運命の集積として大きな流れがあるのではないかということです。つまり、最初の大きな流れしか無い運命の考え方だと、そこに偶然や意志がなくシナリオ通りに動いているということになります。

しかし、個々人が運命というものを持っており、自分の運命に影響を与えて変化させることができるのなら、運命は偶然や意志を持つことができるようになります。最初に述べた考え方では、神様が全てをコントロールしていることになりますが、つまりシナリオを完璧に再現しているだけですが、後に述べた運命であれば、自由や思考といったものが神様の手を離れて動き回っているように思えます。

もちろん、個々人の意志が全体の運命を左右する場合であっても、その全体の運命は神様のシナリオ通りかもしれません。コンピュータで言えば、シュミレーションをするプログラムを作ったとして、人間の意のままに全て計算通りに動くか、一つ一つのプレイヤーは一見ランダムに動いているような複雑な動きをしていても、行き着く結果はシュミレーションしている人間が予想した通りになるか、ということです。

人間の持つ運命は複雑であり、いろいろなイベントやアクシデントに見舞われます。望むことも毎日刻々変化し、次から次へと新しいことにチャレンジしていきます。僕は人間の運命より「シンプル」なために、虫や魚の、運命のほうが強い運命を持っている可能性があると信じて疑いありません。

彼らは、体が人間より小さい場合が少なくなく、ただ生存と繁殖のために生きているだけなのですが、そのような中にあって、思い通りの、つまり願った通りの運命を生き続けていると言えるでしょう。

僕の新しく言いたい運命論とは、一つの大きな運命にタダ乗りwifiをしているわけではなく、個々人が自分の意志で動き、自分で運命を形作っているのではないかということです。その個々人の運命の総体として全体の運命が形作られていき、それは神様の作りたい運命と言えるのかもしれません。

僕のペンネームも天命ということで、中村天風の『運命を拓く』にあやかっています。運命という言葉は僕にとっても大事であり、数少ない願いを強力に心に浮かべることで、意のままの人生が歩めるかもしれません。いわゆる引き寄せの法則ですが、人は思った以上の何かには成れないと僕は思います。

願いもたくさんあれば、その分、願いを叶えるためのエネルギーが分散されるため、願いの力が弱くなってしまうはずです。僕は「人事を尽くして天命を待つ」という、ことわざも好きですが、自分の願いを本気で叶えたいなら、やれるだけのことはやり尽くして、なお天に願いが叶うように祈るくらいの必然性がなければ、願いは叶わないと思います。

願いを叶えるためにはやれるだけのベストを尽くして、さらに願いが叶うまで神様に祈り続けて待つ。一見そんなに難しいこととは思えないはずですが、「言うは易し行なうは難し」です。その純粋な努力が神様も見放さないように考えてくれるのでしょう。引き寄せの法則ですよ、いいですね?引き寄せの法則!

みなさんも何かを叶えたいということは日々一般的な生活を営んでいれば頭に浮かぶことでしょう。そのためには希望が必要です。今後、事態は良くなるということを常に念頭に置くことで、より良い未来が待っていると思います。決してネガティブな考え方ではダメですよ。いつもポジティブに明るく笑顔で時を過ごしてください。さらに人事をつくす努力をすることで願いはきっと叶うようになります。今日もポジティブに行きましょう!ではでは。

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