ワタクシ流業界絵コンテ#27

 というわけでどういうわけで、あと1回をもって当連載を終了することになりました。丁度良いことに『飛べ!イサミ』終了までは駆け足ながら書いて参りましたので、キリがよいかなと思います。このあとは、初めてメディアミックスとやらの渦中に身を投じた『機動戦艦ナデシコ』のTV版から劇場版公開まで……それから自身の企画原作となる『学園戦記ムリョウ』、或いは色々賞を戴いた『ねこぢる草』の話になっていくのですが、いかんせんまだまだ新しい話題ばかりで生々しくて書けません(笑)。
 初監督作品『イサミ』の頃はあくまでも亜細亜堂という中堅会社の一社員でした。監督参加も社命であり、基本的に会社の給料で生計を立てる身分でした。ある意味、一生懸命〝仕事〟さえやっていればよかったのです。実際、あるトラブルの時に「佐藤さんはいいわね。どんなに体のいいことを言っても最後は〝会社〟を言い訳にして逃げちゃうんでしょ」とフリーのアニメーターの方に捨て台詞を吐かれたこともありました。その時は、そんなにフリーが偉いんかいと毒づいたりもしたのですが、その後、当の僕自身が亜細亜堂を退社してフリーとなりました。「本当に自分のやりたいことがあるのなら、独立しないと出来ないよ」という社長の言葉を真に受けてのことなのですが、それは同時に、仕事をするのもフリー、やらないのもフリー、したがって幸せに暮らすのも餓死するのもフリーということでもありました(幸い、餓死する前に次の仕事が決まってくれるため、いまだにこうして生きていますが)。
 かくして自分で企画書を持ち込んだり、作品の立ち上げに頭から関わるようになってくると、今度は「誰が降りた」とか「誰が降ろされた」「誰は誰の味方で彼は敵だ」などと、なかなかに生臭い話の当事者の側に回ることになります。そうなると今度は「あいつは八方美人」「あの人は自分の作品のためなら人が死んでもいいんだ」とか陰口を言う人が出てきたり。面白いのは「監督は作品作品と言うけれど、それはフリーで気楽だからだ。宮仕えの辛さをわかっていない」と言われたことです(以前とは全く正反対)。
 いずれにせよ、監督業は人に何を言われても平気でいなければやっていられない職業のようです。
「それって単に敵が多いだけなのでは……」
「成る程!」
 それでは次回で最終回です。

NHK出版『放送文化』2002年9月号掲載


読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)