高円寺酔生夢死 第十三回

以前、友人と昼から朝まで飲めたらどんなに素敵なことだろう、という話をしたことがある。昼は昼食ついでにカフェでビール、散歩をしながら公園のベンチで焼き鳥をつまみながらカップ酒。3時を回ると立ち飲み屋も開店するところも多いので、長居をしないで適当に数軒回り、夕方はお目当ての店で一回戦(今までのは予選である)、飲み友達と合流して二回戦、最後は飲みメインで締め。余力があればもう一軒行くか行かないか…

「始発で帰れば数時間は寝れますよね」
「これで朝イチからの仕事だったらどうするよ?」
「だから出来ないんですよ、そんなバカなこと」

そうだよなぁ、というわけでいまだ『飲みマラソン』は果たしたことはない。いちばん近いケースは数年前、舞台を見に行った日曜日。良い天気なので一緒に見に行った友人と新宿から歩いて高円寺に帰ったことがある。夕方からモツ鍋をつつこうということで『博多や』の予約を取っていたのだが、たかだか新宿—高円寺間、歩いたところで数時間もかかるわけではない。6時開店のところを4時に高円寺に到着してしまった。

「喫茶店でも入ろうか」
「でも…ねぇ?そんな気分になりますか?」
「うーん、挑発的だなあ」

汗をかいて(ちなみに季節は夏)ビールが欲しいモードに突入していた我々には茶店でコーヒーというシチュエーションは実に物足りないものにしか思えなかった。そこであまり使いたくないカードではあったが、仕込み中のところを押しかけ、常連の強みを発揮。ツマミ無しの生ビールオンリーという約束で先行乾杯を始めた。

夏の日差しと熱気で搾り取られた水分と体力が、ビールによってぐんぐん回復していく…ような気分に囚われた我々は、当日約束していないのにも関わらず、共通の友人達に電話しては呼び出すという暴挙に出た(いわゆる『呼び出し』である)。

「あ、今高円寺で飲んでるの。来ない?」
「あ、これからモツ鍋に火をつけるけど、高円寺に来るかい?」

夕方明るいうちから呑気な声で呼び出された連中は一体どんな気分だったのか…そんなことは酔っている我々は知っちゃあいない。幸か不幸か、呼び出した連中は結果的にはほとんど全てやって来た。6時を待たずに数人が集まり、鍋が始まってからまた数人。仕事を終えて駆けつけた人間も入れて計9人。解散したのは朝の7時。店の仕込み時間から閉店時間まで浮気無しでテーブル席の一角を占拠して飲んで騒いだことになる。これが記憶する限りでは同じ店で長く過ごした一番の記録である。実に15時間。どうしてそんなに長居が出来たのか?皆がまだ若かったせいもあって体力があったというせいもあるだろうし、翌日の仕事が皆午後からだったというスケジュール的なラッキーもあっただろう。しかし一番大きかったのは

「気がついたら時間が経っていた」

これに尽きる。この『気がついたら』というヤツ、なかなか実現が難しい。大勢で飲む場合、当然各々が別々の思惑でもって参加しているし、その後の予定も色々考えているだろう。明日の仕事の仕込みをしなきゃならない、誰々に連絡をしなければならない、好きなTV番組を見たい…そうした思いを頭の片隅に残しながらも付き合いで飲んでいる。例え楽しいひとときだと思っても「そろそろ帰らなきゃ」という計算は常に働かせているだろうし、隙があったら「じゃ、お先に」と腰を上げるのは賢明な選択である。

しかし、一年に何回か、或いは数年に一回か。そんなみんなの思惑がすっ飛んで酒席に集中することがあるのだ。正に「みんなの気持ちが一つに向かっていた」という、まるで高校の文化祭か体育祭か、ってな感じの青臭さ。この場合は始まる前から飲んでいた我々はさておいて、博多やのモツ鍋の美味かったことがいいきっかけになったのだと思う。塩味の牛モツ鍋は野菜のうまみも相まって、一同ひたすら「うめー、うめー」と食い続けてその後の会話も弾んだ。

こういう体験は、同じメンツが集まればまた出来るのかといえばそうではない。正にタイミング。単に長時間飲むのならばいくらでも機会は設けられるが、大抵グダグダになる(笑)。グダグダになるために酔うのではないの?飲むのではないの?という人がいるが、そうではない。確かに精神的に追い詰められたりしたときに酒の力を借りてかりそめの安らぎを得ることもあるが、人と集うことで力を貰うことだってある。集って語らうことがとても楽しくて、酒や肴が弾みをつけて良い方良い方に賽が転がっていく…そんなことが一生のうちに一体何回あるのかどうか。そこそこ楽しい飲み方、というのは経験で学べるのだが、巡り合わせというヤツは一体いつやって来るのか分からない。だから日々健康に気をつけよう。体力を維持しつつ酒とも良い距離を保っておくのがベターだ。

さて冒頭で述べた『飲みマラソン』だが…いつか行うことがあったらここで報告しよう。当分無いと思うが(笑)。

(2008年5月7日公開分)

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)