高円寺酔生夢死 第五回

高円寺には小さな飲食店も多いが、いわゆるチェーン店も当然ながら多い。思えばチェーン店の居酒屋というのも大したものである。どんな客でも基本的なサービスを安い値段で享受できるのだ。ああいう上っ面だけの接客は好かん、という人もいるが、店の側もお客の側もストレスをためずに時間を過ごすことが出来るというのは実はかなり素晴らしいことだ。いらっしゃいませと挨拶を受け、注文の後にはてきぱきと酒やつまみがテーブルにやって来る。その後はお客の側でワイワイ楽しめばいい……この流れが徹底している店は繁盛しているし、気持ちよく飲んでいるせいか、お客も行儀がいい。合理的なオペレーションを経験すればバイト店員のやる気も上がるし技量もますます向上する。そうした積み重ねの結果、「あそこはイイお店だね」ということになる。決してチェーン店だからどう、個人経営だからどう、ということはない(基本的には)。サトウも学生時代はずいぶんお世話になったし、初めてお酒を飲むんですけど何処へ行けば? と尋ねられたら、よほど人見知りをする人以外は、まずはチェーン店の居酒屋へ行くことを勧めている。何より、人が飲んでいる場所の「空気」というものを肌で感じるにはわかりやすい。

ただし、居酒屋ノリというやつ、ちょっとした落とし穴が待っている。ある意味サービスの薄利多売なのがチェーン店、数名以上の団体客相手を前提にしているために、かなりのわがままが許される。周りのことをそんなに気にしなくても「まぁ居酒屋だし」ということで、下手をすればやりたい放題のままいい気持ちで店を出ることが出来る。
それだけに、その辺りのノリが酒を飲むことだと思ってしまって他所の普通な飲み屋へ行くと、思いも寄らない仕打ちに合う。下手をすれば店内全てを敵に回しかねない状況に至り、店の大将から一言——。

「ごめん、悪いけどウチはそういう店じゃないんで」

かくして「ったく、あの店はダメだな」と毒づきながら他所でも似たようなことを起こし、界隈の出禁リストに名を連ね……というのは極端な例だがあり得ない話ではない。

例えて言うならばチェーン店の居酒屋は、自宅のTVモニターを前でワイワイ大騒ぎするアニメの上映会。あくまでも自分たちのペースで楽しみ、騒ぐことが出来る。
対して普通の飲み屋は映画館であろうか。集まった客たちは、無意識ながらも他の客を気にしつつ個々で酒を楽しむ。たまに店内全員で大盛り上がりという展開もあるだろうが、それはあくまでも成り行き、流れによる。流れのままに楽しみ、頃合いを見て勘定を済ませて店を出る。一人飲みは寂しくてイヤだという方もいると思われるが、はっちゃけて騒ぐだけが飲みではない。店の雰囲気、街の雑踏のにぎわいを肴に楽しむ飲み方もある。それぞれの店にはそれぞれの店主のこだわりがあり、特色がある。来ている客層もそれぞれ異なるのは店の雰囲気ゆえなのか、或いは客層が雰囲気を作るのか。この辺り、サトウの商売で言うと、「作品がファンを作り、ファンが作品を育てる」流れに似ている。一生懸命仕込んで作ったつまみに旨い酒、内装も品良くキメたのに閑古鳥。来るのはタチの悪い客ばかり、という店が仮にあったとしよう。

「オレはこんなに頑張っているのに、この辺りにはロクな客がいない。最低な街だ!」

怒るのは簡単。金は掛かるが違う街に店を移転するのも良し。
しかし、ここでガマンをして色々工夫をして何とかかんとか営業をしていると、気がつけば数年。お客も増えてすっかり定着したような——そんな店の歴史を横目に粛々と飲むというのも結構イケるものだ。サトウが自作中で良く使う「積極的傍観者」というフレーズは、そんな一人飲みの最中に生まれた。

場の雰囲気を楽しむことが出来れば、人の機微も何となく見えてくる。だから酒は楽しいと言える。

(2007年9月5日公開分)

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)