小編 『泡。』③
「わ!……あ」前を見ると半袖の黒いシャツについた赤い粒が目に入る。
「ごめんなさい」拭くものを探そうとするが、何も持ってないことに気づく。
もたもたしていると、すっと長い手が背中側に伸びてきて指先で赤を拭うと、
「あ。これくらい平気ですよ」と声が聴こえる。
水の中の空気だ、と思った。水の中の空気のように、しとやかに包む柔らかな声。
「いや、でもあの、Tシャ」
ツ。その声の主が振り返る。クラゲの、その人、だった。あの時のような超然とした様子はなく、いたずらな笑顔で、
「逆に足元、平気です?」と、くゆらすタバコの煙と共に話す。ぽたっ、とアイスの滴が地面に落ちる。
「あ、あの…、ひんやりしてちょうど良いです!」
変に大きい声を出してしまったことと、あれ?何言ってるんだろう。とダブルの恥ずかしさに火照る。顔を合わせられずうつ俯いていると、
「そうだ。これ、良ければ」とその人はしゃがみ、ポケットティッシュを取り出すと、中のティッシュが破けないよう優しくピチチチッと開ける。1枚だけ、と中指と親指で1枚つまみ取ると残りを、
「はい」と差し出される。
「ありがとうございます」まばたきが奪われていた。
会釈をし、すれ違う。振り返ると角を曲がるとこだった。
あ、香水。オレンジの甘酸っぱさの中に鼻腔をうすく撫でるスパイシーさが最後に残っている。
思いっきり息を吐く。
スイカバーの残りが棒から滑り溶け、ペシャッ、と足元に落ち、跳ねる。
パチッパチパチッ、シューッ。ブロック塀の向こう側で子どもたちが「ついたー」「きれーっ」と歓声を上げている。
ゆっくりと歩き出す。うす煙の中を歩き出す。
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