【読書感想】あなたにオススメの/本谷有希子

1. 推子のデフォルト
【あらすじ】
 子供達を<等質>に教育する人気保育園に娘を通わせる推子は、身体に超小型電子機器をいくつも埋め込み、複数のコンテンツを同時に貪ることに至福を感じている。そんな価値観を拒絶し、オフライン志向にこだわるママ友・GJが子育てに悩む姿は、推子にとっては最高のエンターテインメントでもあった。

【感想】
 近未来のディストピアを描いた小説。そしてそのディストピアはとてもとてもありえそうで、実は既にそうなっていそうで、気味が悪い。
 私たちは既にネットがない社会なんて考えられないほど、ネットに依存している。スマートフォンだって、片時も離すことができない。小説の中で主人公の推子が、オフライン状態になった時に感じる焦燥感、服を脱がされて裸になったような感じがすごく良く共感できてしまう。
 価値観の逆転なんてきっと、私達が気付かない間に、とても小さなことをきっかけとして、すんなりと起こって、気付くころにはいつの間にか世界がぐちゃぐちゃになっていたりする。だからきっといつか、この小説で描かれている世界のように、インターネットにつながっていない状態が異常になる世界が来ても全然おかしくない。
 オフライン志向にこだわるママ友のこぴくんママが、悩みに悩んだ末に、体にチップを埋め込んで、すぐにみんなと<等質>になっていく姿が生々しい。いわゆる悪堕ちっぽい描写だった。世界がすべて効率的になったときに、それでもまだ人間性なんて保つ必要があるのだろうか。みんながみんな<等質>になったら、きっと物事はすべて円滑に進んで、世界平和だって容易だ。何かしらの天変地異とか災害が起こった時はきっとみんな一斉に死ぬかもしれないけれど、それまではきっとすごく平和で幸せな世界が続くだろう。
 悪堕ちしてしまったこぴくんママを誰が責められるだろう。だってきっと同じ立場になったら、こぴくんママと同じ選択をせざるを得ない。
 私たちの敗北は必至だ。あとは負け方をどうするかくらいしか、選択肢はない気がする。

2. マイイベント
【あらすじ】
 大規模な台風が迫り河川の氾濫が警戒される中、防災用品の点検に余念がない渇幸はわくわくが止まらない。マンションの最上階を手に入れ、妻のセンスで整えた「安全」な部屋から下界を眺め、“我が家は上級”と悦に入るのだった。ところが、一階に住むド厚かましい家族が避難してくることとなり、夫婦の完璧な日常は暗転する。

【感想】
 主人公の渇幸がとにかく嫌な奴で、でも絶対こんな人いるよな、という人だった。他人を見下し、自分だけが有利な立場にいることで優越感を感じる人。そしてそれが何よりも好きな人。読み始めは、うわこいつキモい、と感じるが、読み進めていくうちに段々と渇幸の気持ちがわかるようになる。特に、渇幸と同じマンションの1階に住む家族が、渇幸の家に招かれてから、グロテスクなほどに自分と渇幸が似ていることに気が付かされる。渇幸がやっていることは間違いなく最低だけど、その行動をする気持ちが理解できてしまう。
 最後のシーンで、渇幸の部屋がめちゃくちゃになっている情景が描かれるとき、なぜか自分の部屋が荒らされたように、生々しく感じてしまった。そこから描かれることのなかった地獄のような物語を想像して身震いする。
 自分と渇幸の違いは、この地獄に陥るまでに、他人を傷つけないよう踏みとどまれるかどうか暗いの違いしかないのではないか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?