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第二講 日本が世界に誇るべき「エコ製鉄技術」とは

地理講師&コラムニスト
宮路秀作

前回は、ドラゴンクエストシリーズにおける「どうのつるぎ」と「はがねのつるぎ」を例に、ゲーム内での素材価値の違和感と現実世界での鉄の重要性について考察しました。

銅よりも鋼の方が高価だというのは、あくまでゲームの世界における話です。しかし、現実世界では銅鉱石より鉄鉱石の産出量が圧倒的に多く、そのため鉄が「産業のコメ」と呼ばれるほど広く利用されています。

鉄鋼業は、産業革命以来、世界の経済発展に不可欠な役割を果たしてきました。それは現代においても同様で、さまざまな社会資本に利用されています。

しかし、鉄鋼業の発展が経済的利益をもたらす一方、人類には環境問題という大きな課題が突きつけられています。今回は、鉄鋼業の歴史的発展とそれにともなって発生してきた環境問題について考察し、持続可能な未来のための対策を検討してみましょう。

鉄鋼業の発展の歴史

鉄は古代から人類の生活に欠かせない素材でした。鉄製品の普及は、農業用具や武器の製造を通じて社会の発展を支えました。

さらに18世紀後半から始まる産業革命においては、鉄鋼業は飛躍的に発展しました。

ジェームズ・ワット(1736~1819)により蒸気機関が改良されると、世界は大量生産、大量消費の時代へと移り、新たなる市場を求めて「植民地争奪戦」が起きました。帝国主義時代への突入です。

同時に鉄道や橋梁、建築物などのインフラ整備が進み、鉄鋼の需要が急増した時代でもありました。大量生産技術の導入により、鉄鋼業は経済の成長エンジンとなっていきます。

第二次世界大戦後は、戦後復興の過程において鉄鋼需要はさらに拡大します。戦後の日本は重厚長大型産業が発展し、造船業やアルミニウム工業、そして鉄鋼業が主力産業でした。一方で、高度経済成長期以降は鉄鋼の生産過程におけるエネルギーの大量消費、そして環境への影響が問題視されるようになっていきます。

環境負荷が高い鉄鋼業が引き起こす問題

経済産業省エネルギー庁の統計(2019年)によると、国内の二酸化炭素排出量のうち鉄鋼業が14%を占めています(鉄鋼業を含む産業部門全体は35%)。鉄鋼業の排出内訳を見ると、高炉製鉄が54%、圧延・鋼管が12%、焼結鉱11%となっています。

鉄鋼が生産される過程では、高炉での還元や鋼の精錬により排煙や粉塵が発生し、健康被害をもたらすことがあります。

また燃料中の硫黄成分が燃焼過程で酸化されると硫黄酸化物(SOx)が生成され、これが大気中で水分と反応して酸性雨の原因となります。さらに窒素と酸素が反応して窒素酸化物(NOx)が生成されると光化学スモッグの原因物質となり、健康被害を引き起こすことがあります。

多くの国で環境規制が強化され、製鉄所などには排出ガスの浄化装置が導入されていますが、依然として課題は残されています。

鉄鋼製造において排出されるCO₂は温室効果ガスの一つとされています。鉄鉱石は主に酸化鉄(Fe₂O₃)であり、これを石炭の乾留(蒸し焼きにして炭素濃度を高める)で作ったコークス(C)で酸素を還元して鉄を取り出します。

鉄鉱石の還元反応 : Fe₂O₃ + 3C → 2Fe + 3CO

排出された一酸化炭素(CO)が酸化すると、二酸化炭素(CO₂)になります。こうして、高炉で鉄鉱石を還元する際に大量の二酸化炭素が発生し、鉄鋼業は世界的な二酸化炭素排出源の一つとなっているわけです。

2015年のパリ協定(2016年発効)に基づき、世界では「地球温暖化防止!」の声が大きくなり、またその対策強化が求められているため、鉄鋼業界は持続可能な生産方法を確立することが急務になっています。

鉄鋼製造の過程における問題は二酸化炭素の排出だけではありません。水質汚染の問題もしばしば取り沙汰されます。

一般に鉄鋼業では、冷却用水は不純物を除去して再利用します。廃水は処理が施された後に基準値に従って川や海に放流されますが、不適切な処理によって水質汚染の原因となることがあります。

もちろん生態系への影響もあるでしょう。水質保全のための取り組みとして、廃水処理設備の導入や再利用技術の開発は必須です。

日本の“省エネポテンシャル”は世界最小

鉄鋼業においては技術革新が進められ、省エネルギー技術の導入が図られています。高炉技術の進化により、エネルギー効率が向上し、CO₂排出量の削減が実現されています。

2023年4月、札幌で開催された「G7気候・エネルギー・環境大臣会合」において合意された声明文には、「産業の脱炭素化」が盛り込まれました。日本だけでなく、世界においても特に二酸化炭素の排出割合が大きい鉄鋼業の「脱炭素化」に注目が集まっています。

鉄は鉄鉱石から作られるものと、スクラップ鉄を再利用したものがあります。スクラップを大量に抱える国であれば、再生可能エネルギーによる電気炉を利用してリサイクルすることで、排出量を抑えられます。そういう意味では、先進国において取り組みが盛んであるといえます。

電気炉では黒鉛電極(棒)に電気を流してアーク放電でスクラップ鉄を溶かし、新たな鋼鉄材料にリサイクルしている

ただ、ここで一つ知っておいてほしいのは、「日本の鉄鋼業は省エネポテンシャルが世界最小である」ということです。これは国際エネルギー機関(IEA)の調査によるもので、省エネをさらに進められる余地がどのくらいあるかという指標です。

これが世界最小であるということは、スクラップ鉄の使用や製法の工夫によって、すでに鉄鋼業で世界のどの国より省エネを達成しているということです。

日本の鉄鋼業における省エネに対する取り組みは、「雑巾を絞って、もうほとんど水が出てこない」という状態なのです。

近年、グリーン鉄鋼が注目を集めています。これは従来の鉄鋼製造より二酸化炭素排出量が少ない製造方法で、IEA(国際エネルギー機関)によると、2030年までに世界の粗鋼生産量のおよそ5%にまで成長するだろうと予測されています。

省エネポテンシャル世界最小の日本ですら、日本製鉄や神戸製鋼、JFEスチールなどによって開発が進められています。しかし、「何をもって『鉄鋼業の脱炭素化』と定義するのか?」という議論になっており、方向性は定まっていないようです。

しかし、2021年にはアメリカ合衆国とイギリスによって提案された「産業脱炭素化アジェンダ(IDA)」が開始し、翌2022年にはIEAが「ニア・ゼロ・エミッション素材」となる定義を提案しました。これは鉄鋼を生産する際に使う原材料に応じた二酸化炭素排出量を決めるものです。

(出典)IEA 2022, Achieving Net Zero Heavy Industry Sectors in G7 Members

タイトルに「ニア・ゼロ・エミッション」とある通り、横軸の0%、つまり鉄鉱石100%(リサイクル鉄0%)から製造する鉄鋼1トンあたりの二酸化炭素排出量が400kg以下であれば、「ニア・ゼロ・エミッション」と見なされるということです。

鉄はリサイクルされるので、リサイクル鉄100%(鉄鉱石0%)で作る鉄鋼1トンあたりの二酸化炭素排出量が50kg以下であれば、「ニア・ゼロ・エミッション」ということになります。

発生する二酸化炭素を「水」に変える技術

最近では水素を使った鉄鋼業の低炭素化を目指す動きも見られます。これは「水素活用還元プロセス技術(COURSE50)」と呼ばれる技術です。

コークスを作る際、そこから排出されるガスの中にはメタン(CH₄)が含まれています。「高炉水素還元技術」でここから水素(H₂)を取り出し、高炉に投入するのです。鉄を取り出す際の排出が水であるため、環境負荷が小さいとされます。

水素を使った還元反応 : Fe₂O₃ + 3H₂ → 2Fe + 3H₂O

これに高炉が排出するガスから二酸化炭素を分離、回収する「二酸化炭素分離回収技術」と合わせて、「水素活用還元プロセス技術」の活用が進められています。

日本はこの技術を使って、さらに鉄鋼業における二酸化炭素排出量を30%削減することを目標としています。

水を電気分解し、水素と酸素に還元して生成される水素をグリーン水素といいます。酸素は大気中に放出されるので環境負荷が小さいと考えられています。

電気分解に必要な電力は再生可能エネルギーを利用し、二酸化炭素の排出を抑えようという取り組みです。

このグリーン水素の製造拠点として注目を集めているのがオーストラリアです。そのためか、オーストラリアでは近年、再生可能エネルギーの発電比率が急激に高まっています。

特にオーストラリアの西オーストラリア州では太陽光発電が盛んに行われています。オーストラリア大陸は、その地理的位置から回帰線砂漠(年中、亜熱帯高圧帯下に発達する砂漠)が広がり、太陽光の放射照度が非常に高く、乾燥気候が広がっています。

そのため人口密度が低く、大規模な再生可能エネルギー生産設備の開発地として最適です。こうした優位性を考慮すれば、「日本でもやってみよう!」となりがちですが、日本とオーストラリアでは自然条件が異なりますので、簡単にはできません。

日本は緑豊かな国であり、山地・丘陵地がおよそ70%を占めているだけに、山地斜面の森林を伐採し、太陽光パネルを設置し、太陽光発電を行うというのは本末転倒のような気がします。森林の伐採は地盤を脆くさせ、土砂崩れなどのリスクが高まるからです。

日本は「エコ製鉄技術」の先進国

省エネポテンシャル世界最小の日本でも、まだまだ二酸化炭素や大気汚染物質の排出削減に向けた取り組みが行われています。日本鉄鋼連盟はエコプロセス、エコプロダクト、エコソリューションの「三つのエコ」を柱に二酸化炭素の削減を進めています。

三つのエコを以下にまとめます。

▼エコプロセス
鉄鋼生産の過程における二酸化炭素の排出削減を目指し、省エネ設備の効率化を進めること。

▼エコソリューション
日本の鉄鋼業の省エネ技術を海外に普及させ、地球規模への二酸化炭素の排出削減に貢献すること。省エネポテンシャル世界最小の日本だからこその取り組みといえます。

▼エコプロダクト
高強度や耐腐食性、耐熱性、小型軽量などの特性を有する高機能鋼材を供給し、最終製品の使用段階での二酸化炭素の排出削減に貢献すること。車体重量が軽い方が燃費が良いことは間違いありません。

また2030年以降の「ゼロカーボン・スチール」へ向けた取り組みとして、水素還元製鉄を高炉法とは異なる鉄鋼製造で開発するという未知なる世界への扉を開けようとしています。

勉強と同じで、何事も「万能薬」など存在しませんので、スクラップ鉄の利用拡大やバイオマスの活用など、あらゆる手段を組み合わせて、複線的に開発を進めているのです。

何事も、「千里の道も一歩から」ということなのでしょう。それに合わせて、われわれも鉄鋼業、そして鉄鋼に対する認識をその都度アップデートしていく必要があるといえます。


宮路 秀作 地理講師、日本地理学会企画専門委員会委員、コラムニスト、Yahoo!ニュースエキスパート
現在は、代々木ゼミナールにて地理講師として教壇に立つ。代ゼミで開講されているすべての地理講座を担当。レギュラー授業に加え、講師オリジナルの講座である「All About 地理」「やっぱり地理が好き」も全国の代ゼミ各校舎、サテライン予備校に配信されている。また高校教員向けに授業法を教授する「教員研修セミナー」の講師も長年勤めるなど、「代ゼミの地理の顔」。最近では、中高の社会系教員、塾・予備校の講師を対象としたオンラインコミュニティーを開設、地理教育の底上げを目指して教授法の共有を行っている。
2017年に刊行した『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)の発行部数は6万4500部を数える大ベストセラーとなり、地理学の普及・啓発活動に貢献したと評価され、2017年度日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞。2023年にはフジテレビのドラマ「教場」の地理学監修を行った。学習参考書や一般書籍の執筆に加え、浜銀総合研究所会報誌『Best Partner』での連載、foomiiにてメルマガを発行している。

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