緑黄色社会『さまざまな色が混在し合うことで一体化する音楽の世界』(後編)人生を変えるJ-POP[第34回]
たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
今回扱うのは、男女混合の4人組ポップ・ロックバンドである緑黄色社会。昨年のNHK紅白歌合戦で歌ったことで記憶にある方も多いのではないでしょうか。結成11年目、メジャーデビューして5年目というバンドですが、独特のサウンドを持ち、若い世代から絶大な人気と支持を受けています。彼らの作り出すサウンドの特徴や、楽曲作り、また、ボーカルを担当する長屋晴子の歌声の魅力についても書いていきたいと思います。
(前編はこちら)
透明感と濃厚さを併せもつ、長屋晴子の歌声
リョクシャカの音楽の魅力はなんと言っても長屋晴子の歌声でしょう。彼女の歌声を音質鑑定と言って、歌声の持つ音質の特徴を簡単に分析してみると以下のようなものになります。
声域は中声区の少し高めのメゾソプラノ。
音域は広く、低音域から高音域までカバー出来る。
響きは透明的な無色の響きと、濃厚で艶やかな響きの2種類を持つ。
伸びやかな声質で響きに混濁がない。
声の幅は太めでソフトな響きを持つ。
滑舌は悪くなく、ことばのタンギング(子音の発音)や母音には癖がない。
このような特徴を持つ長屋ですが、この中でも特に独特なのが、透明な響きと濃厚な響きの2つを持つ、という点です。
彼女の歌声については、「透明性のある魅力的な歌声」という特徴を表したものが散見しますが、彼女の場合、楽曲や音域によって、透明な響きが主体になった歌声の部分と、濃厚で太めの響きが主体になった歌声を使い分けているという印象を私は強く持ちます。
確かにミニアルバム『溢れた水の行方』の中の『視線』では、非常に透明感溢れる歌声が曲全体を覆っており、無色の澄んだ水を思い起こさせるような音色の歌声が広がっています。
このアルバムは、彼女が23歳の頃のものですが、彼女がまだ20代前半の肉体的に成熟していない声帯だったから、そのような歌声になっていたのかと言えば、そうは言い切れません。
なぜなら、同じアルバムに収録されている『Never Come Back』では、非常にパワフルで濃厚な響きの歌声を披露しているからです。
彼女の場合は、低音域から低めの中音域にかけては、透明感溢れた無色に近い音質のソフトな歌声になり、高めの中音域から高音域にかけては、濃厚でハスキーさや透明さなどを感じさせないパワフルな歌声が展開されていく、ということになります。また、楽曲のテイストによって使う歌声を変えていると言えるかと思います。
長屋晴子の歌声の特徴として、ブレスを多く混ぜたブリージングボイスで透明な響きを作り出しているところと、響きの芯を抜いて歌うというテクニックで透明感溢れるものにしている部分があります。
それとは反対に、ブレスをしっかり顔の前面に当てて、濃厚でパワフルな響きを作り出しているものもあり、さらに高音部では響きを抜いたファルセット気味のヘッドボイスなど、大きく3つの音質を持った歌声なのです。
このヘッドボイスも基本的には響きに色がなく、透明感の強いものになっています。彼女は、これらの歌声を組み合わせることによって、その楽曲の世界観を描き出していると言えるでしょう。
さらに彼女の歌声を魅力的にしているものに、メンバーが作り出すサウンドがあります。このサウンドが、ボーカリスト長屋晴子の歌声を何倍にも何十倍にも魅力的にしているのです。
メンバー全員で紡ぎ出すサウンド
リョクシャカの音楽を語るときのもう1つの特徴であるサウンド。これは彼らならではの独特のものとなっています。
リョクシャカの楽曲は、全ての曲をメンバー達で作っています。すなわち、そのサウンドとなるアレンジに於いても、メンバー全員で話し合いながら進めていく、という手法です。
ギター、キーボード、ベースという布陣ですが、多くのバンドが持つドラムスがありません。ドラムの力強い音の代わりに際立つのがpeppeの奏でるキーボードです。このキーボードの音が、イントロだけでなく、楽曲の随所に散りばめられ、サウンドに透明感を与えています。
たとえば、『リトルシンガー』はメロディー作りもアレンジも全員で決めて行っていますが、音の重なりも清涼感溢れたものになっており、特にキーボードの音が印象的に楽曲全体を彩っています。
彼らの作り出すサウンドは、非常に音が澄み切っています。また、縦に刻まれる音楽の流れではなく、横になだらかに力強く流れていく音楽になっています。
音の重なりは幾重にもなっているのですが、その重なりには重厚感はなく、明るく軽い印象を受けます。また、音楽がテンポ良く前へ前へと進んでいくのです。その明るいサウンドが長屋晴子の歌声をしっかり下支えしていると言えるでしょう。
また、ときおり挟み込まれる小林の歌声やメンバーの歌声が、さらにサウンドの幅を広げているということが言えると思います。
アルバム『Pink Blue』という革命
前編でも少し触れましたが、デビューアルバムの『Never Comeback』はロックの中でも比較的ライトで透明感溢れるギターサウンドを特徴とするUKロック(イギリスで生まれたロック)の様相を呈していますし、2020年のアニメ「僕のヒーローアカデミア」のエンディングテーマ『Shout Baby』もロック曲でありながらポップス感満載のライトな仕上がりになっています。
また、2022年11月に発売されたドラマ「ファーストペンギン!」の主題歌『ミチヲユケ』では、1番はロックテイストの曲になっていますが、2番ではヒップホップやジャズなどの要素も取り入れたアレンジになっており、ロックの疾走感とジャズのスロウな部分が混在した作りになっていて、まさにリョクシャカならではの世界観が広がっています。
そんなあらゆるジャンルの音楽を持つ彼らが、今年、出したアルバム『Pink Blue』で、革命的に自分達のこれまでの音楽の作りを変えてきています。
例えば、メンバーだけで行ってきたアレンジにメンバー以外の第3者を入れることで、これまでとは違った音楽に仕上げるということを意識的にしたり、または、人の手が入ることで偶然的に結果として作り方が変わったり、ということによって、今までのリョクシャカが持っているイメージを打破しようとする試みに仕上がっていることです。
収録曲の『うそつき』は長屋がこの曲に懐かしさを感じたというところから、曲の最後にこれまで用いたことのないフェードアウトの手法を取り入れたり、このアルバムの新曲では、声を張らないで歌うことに徹したり、と、新しい姿を見せることになっているのです。(※)
男女混合のバンドということから、男性の感性と女性の感性という2つの感性が組み合わさり、さらにジャンルを選ばない自由な発想の楽曲作り。
また、4人のメンバーのさまざまな組み合わせから生まれる楽曲やアレンジに加えて、外部の人の手を入れるという試みに挑戦しようとする姿は、まさに緑黄色というさまざまな色が混在し変化し合っていくように感じさせます。
いくつもの色が流動的に組み合わさり、イメージを固定化させない。
それが緑黄色社会というバンドと言えるかもしれません。
コロナ禍を経て、急速なネット社会の広がりから、音楽を取り巻く世界も大きく変化しようとしています。CD文化が主だった日本の社会もデジタル文化の普及によって、サブスクやYouTubeによる音楽配信が主流になりつつあります。
そういう流れの中でJ-POPのグローバルな変化は、まさに言語や国境、さらには性差を超えた新しい音楽を生み出そうとしています。
緑黄色社会のジャンルを超えた音楽への取り組みは、新しいJ-POPを世界へ発信していく先駆けとなり得るでしょう。彼らの既成概念に囚われない自由な音楽の発想が、これからのJ-POPの新しい形を作り出す原動力になっていくと確信するのです。