中森明菜『令和の時代に復活を熱望される歌姫』(前編)人生を変えるJ-POP[第50回]
たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
今回は、アイドル黄金期と呼ばれた1980年代に松田聖子と双璧を成した中森明菜を扱います。(※)
彼女は、長く活動を休止していましたが、昨年末には、自身の YouTubeチャンネルを開設し、『北ウイング』のCLASSICバージョンや『TATTOО』のJazzバージョンなど、自身のヒット曲のセルフカバーを歌っている様子を公開し、デビュー42周年5月1日に全シングル28曲を含むベストアルバムを発売しました。
そして、多くのファンが待ち望んでいた活動再開に向けての第一歩とも言えるファンクラブイベント「HZ VILLAGE」を7月13日に都内で開催することを発表しています。
活動を休止して10年以上、このイベントを足がかりに彼女が本格的に活動を再開することを多くのファンが期待しています。
なぜ、これほど多くの人が彼女の復活を待っているのか
一昨年、中森明菜のかつての野外ライブ映像をNHKが再放送することがありました。その内容は私の中で一種の衝撃だったのを思い出します。
なぜ、衝撃的だったかと言えば、それは、彼女が余りにも成熟した女性だったからです。
歌声、仕草、スタイル。そのどれをとっても、とても20歳の女性には見えなかった。それほど、彼女の歌は、妖艶な大人の歌だったのです。
私は、厳密に言うと、聖子世代の少し上です。中森明菜も当然リアルに歌を聴いていた世代の1人でした。
ですが、私は当時、中森明菜が好きではなかったのです。彼女の少し大人びた歌い方に山口百恵の歌い方のイメージが被ったのが理由でした。
こんなことを書けば、「全然、違う!」と、明菜ファンにお叱りを受けそうですが…
とにかく、少し上の世代だった私には、彼女の大人びた雰囲気が好きになれなかった、と言えます。
ですから、彼女が活動を休止してなお、多くのファンが彼女の復活を待ち望んでいることを知っても、それほど興味がなかった、というのが正直な感想でもありました。
ところが、偶然にもNHKの再放送を見たとき、中森明菜という歌手のイメージは私の中で、大きく書き換わりました。
評論家として、中森明菜というアーティストを見たとき、如何に彼女が才能溢れ、魅力的なアイドルだったかがわかったからです。
そして、多くの人に評価され、未だに多くの人が彼女の復活を待ち望んでいる理由が理解できました。
野外ライブで、ステージ狭しと動き回る彼女。ライブパフォーマンス、彼女自身から醸し出される雰囲気、そして、衣装センスの良さ。
そのどれをとっても、中森明菜というアーティストの存在が、特別だということを示していました。
そして、何より、歌の上手さ。少しハスキー気味な歌声と、ことばの処理。日本語のことばの処理能力が抜群だと感じさせられたのです。
山口百恵と中森明菜、その意外な共通項
この日本語のことばの処理能力の高さは、山口百恵にも共通するものです。
彼女は、『秋桜』や『いい日旅立ち』などの歌い方に抜群の能力の高さを示しました。
その山口百恵と同じ処理能力の高さを、私は中森明菜の当時の歌声の中に感じたのでした。
少し話が脇道に逸れますが、実は、日本語は歌に向かない言語と言われています。
それは、この連載でも書いたことがあるように、ことば自体に緩急や強弱を持たない平坦な言語であることが大きな理由のように感じます。
しかし、歌にはことばが不可欠です。ですから、歌手は、メロディーに乗せられた日本語を、如何にうまく伝えるか、ということに注力するでしょう。
特に、それが、大切なことばだったり、歌の肝となるようなことばなら、尚更のことです。
しかし、必ずしも、そのことばが付けられているフレーズが歌いやすいとは限りません。
リズムがあり、スピードがあり、音程がある。その中で、歌手は如何にそのことばが浮き立つように、リスナーの耳に残るように歌うかに注力し、工夫をこらしている、と言えるでしょう。
欧米の多くのことばのように、ことば自体にスピードや強弱を持つものは、ことばそのものが音楽的、メロディー的とも言えます。
そういうものの場合は、曲の作り手もメロディーを考えるのに、そのことばの持つリズム感や抑揚を活かしたフレーズになることが多いでしょう。
フランス語が会話を聞いているだけで、まるで音楽を聴いているかのように美しく感じるのは、フランス語の持つ抑揚や強弱、緩急が、そのまま音楽的であるからだと私は思います。
そういう言語と比べると、日本語は非常に歌いにくい言語で、歌手がいかに日本語をうまく処理できるか、という能力が要求されるものと言えるのです。
中森明菜の2曲目『少女A』は、冒頭から平坦なメロディーの上にことばがズラーっと並べられていく展開の歌です。
ドラマティックに歌い上げていくサビの部分よりも前のAメロ、Bメロの部分を如何に上手く歌っていくか、ということは、どんな歌手にも課せられた課題ですが、その部分を彼女は、新人であるにもかかわらず、非常に上手く処理していると感じます。
歌手の力量がわかってしまう急所とは?
歌の多くは、サビの部分が比較的歌いやすく作られています。それは、メロディーの進行がドラマティックであればあるほど、歌い手の気持ちは高揚していくからです。そして、気持ちよく歌えるように作られているのです。
サビに向かって、ドラマティックに歌い上げていく。そういう作りになっている曲は多いのですが、歌手の力量を測るには、実は、サビの部分ではありません。サビ以外のフレーズがどれほど上手く歌えているか、ということがその歌手の本当の力なのです。
特に1980年代のJ-POPは、Aメロ、Bメロ、サビ、というポップスの王道とも言える楽曲の作りになっているものが多く、このAメロ、Bメロのフレーズをどのように歌っていくかによって、その後に続くサビの印象度が違う、と思います。
この時代の楽曲は、楽曲自体の素晴らしさももちろんですが、それを歌う歌手の力量というものが問われる作りになっているものが多いのです。
そういう意味からして、本物の歌唱力がアイドルと呼ばれる人達にも要求され、それを身につけた人だけが生き残れた時代だったとも言えます。
いわゆるピンのアイドル時代を象徴する存在が多く輩出され、その後も年齢を重ねながら、アーティストへと変貌していった人たちが多い時代だったのです。
その代表格に中森明菜も名前を連ねている、と思います。
後編は、彼女がセルフカバーした楽曲の歌声や、彼女の人生の軌跡を辿りながら、非常に音楽的で繊細なその人物像に迫ってみたいと思います。