見出し画像

第四講 銅の歴史と文明の発達

地理講師&コラムニスト
宮路秀作

島根県出雲市にある荒神谷遺跡から出土した青銅剣

「(ドラゴンクエストシリーズにおける)ゲーム内における『どうのつるぎ』は攻撃力が低いことから、安価な値段で販売されていて、『はがねのつるぎ』の方が断然価格が高く設定されています。」

これは第一講で述べたことですが、ドラクエシリーズにおいては鋼よりも銅の方が安価という設定となっています。また「どうのつるぎ」とは別に「せいどうのつるぎ」という武器がありますが、こちらもまた「はがねのつるぎ」よりも安価で入手できます。

青銅は銅と錫から作られますし、鋼より安価であるということは考えにくいのですが、やはりドラクエの世界においては、鉄鉱石よりも銅鉱石の方が、産出量が圧倒的に多く、あらゆる産業において基礎資源となっているのでしょう(間違っても濃硫酸をかけてはいけません)。

衰えることのない銅の需要

実際には銅は鋼より高い価格で取引されています。1kgあたりの価格は、鉄くずは数十円ですが、銅にいたっては2000円に迫る水準の価格を示します。下の図は1959年以降の世界の銅価格の推移を表したものですが、2006年以降、上昇傾向を示していることが見てとれます。縦軸の表示価格は「1ポンド当たり米ドル」です。

世界の銅価格の推移

2006年以降の銅価格の上昇を複線的に考察してみます。

まず考えられるのは中国の経済成長です。中国は2000年代に入ると経済成長を見せ始め、都市化の進展やインフラ整備にともなう建設業や建築業、そして自動車や電気機器の製造など、様々な産業での需要が増大しました。

それに見合う安定した供給が必要となるわけですが、世界的な銅鉱産出国であるチリやペルーがそれに合わせて産出量を増やしたわけではありません。中国自身も銅の産出量を増やしていきますが、それ以上の需要の伸びがあったために価格が上昇したということなのでしょう。

投資家による銅を含むコモディティ投資によるリスク分散なども価格上昇を後押しし、また米ドル安もこれに拍車をかけました。近年では、「脱炭素!」を叫ぶ再生可能エネルギーの利用拡大や、電気自動車の生産、普及によっても銅需要が拡大しています。

トムセンの「三時代区分法」とは

銅は、古くから我々の生活に深く関わってきた金属の一つといえます。

デンマークの考古学者であるクリスチャン・トムセン(1788~1865年)は、人類史を「石器時代、青銅器時代、鉄器時代」の三つに区分する「三時代区分法」を提唱しました。

これは博物館館長だったトムセンが収蔵品を石、銅、鋼に分類して展示したことがはじまりで、主著『Libertad til Nordisk Oldkyndighed』で解説しました。この書籍は日本では『北方古代文化入門』と呼ばれています。

石器時代は、後にイギリスの考古学者ジョン・ラボックによって「旧石器時代」と「新石器時代」の区分することが提案されます。

「青銅器時代」は、青銅器が主要道具として使用されていた時代のことであり、学術用語でもあります。銅器はやや硬度が低いこともあって、石器にとってかわる道具とまではなりませんでしたが、錫(すず)と混ぜることで青銅となり硬度が増すと、主要道具に昇華していきます。

しかし、2020年の産出量(USGS)を見ても分かる通り、錫(26.4万トン)は銅(2060万トン)よりも圧倒的に産出量が少ない希少金属であるため、錫が産出する場所でこそ青銅器時代が始まったと考えられています。

10円玉の素材は銅95%、亜鉛4%~3%、錫1%~2%

青銅は銅より硬度が高いこともあって、農耕具や武器の材料となりました。青銅器が発明されると、農業の生産性が向上し、農作物の生産量が増加します。こうして人口支持力が高まり、多くの人口を養えるようになっていきました。

古代メソポタミアでは象徴的存在に

メソポタミア地方は小麦の原産地としても知られていて、最終氷期の終了後(およそ1万年前)に始まった小麦の栽培は青銅器の発明とともに食料供給の安定をもたらし、人口増加を促していきます。都市が発達して交流が盛んだったからこそ、錫が持ち込まれ青銅が発明されていったと考えられます。

人口が増えると集落が拡大し、都市が形成されていきます。メソポタミアではウルクやウル、ニネヴェ、ラガシュなどが有名です。

イラクに残る古代都市ウルの神殿

こうして社会構造が高度化して複雑になっていくと法が整備されるようになり、ウル・ナンム法典は世界最古の法典とされます。

青銅は農業革命にも寄与します。青銅製の鋤や鎌は農業の効率を飛躍的に向上させ、農地の開墾と耕作を容易にしました。また、青銅製の武器は都市国家間の戦争を激化させましたが、防衛能力も高め、都市の安全を確保しました。

さらに、青銅は工芸品や宗教儀式の道具にも使われ、文化的発展に寄与することになりました。青銅の装飾品や彫刻は社会の富や権力の象徴でもあったのです。

青銅から鉄の時代へ

その後、人類は鉄器時代へと入っていきます。これまで述べてきたように、鉄鉱石は埋蔵地に偏在性が少ないため、世界各地で製鉄が行われるようになっていきます。

これによって鉄製の農耕具や武器が量産されるようになると、軍事力を高めた各地の国家は「版図を拡大せんとす!」とばかりに争いが増えていきました。

鉄は鍛造が容易で、より効率的に大量生産することが可能になりました。鉄器の普及は社会構造にも影響を与え、より大規模な国家や帝国の形成を促したのです。鉄製の農具や武器は生産性を向上させ、軍事力の強化にも寄与しました。

こうした、ある地域で特定の技術が発展した背景には、その地域の自然環境や地理的条件が大きな役割を果たしていることを強調したのが、ジャレド・ダイアモンドが著した『銃・病原菌・鉄』です。

ダイアモンドはこの本の中で、人類社会の発展における地理的要因、環境要因の重要性を詳細に分析しています。読んだことのある方は多いのではないかと思います。

さて、次回は日常生活における銅の役割と銅鉱の産出地についてお話したいと思います。


宮路 秀作 地理講師、日本地理学会企画専門委員会委員、コラムニスト、Yahoo!ニュースエキスパート

現在は、代々木ゼミナールにて地理講師として教壇に立つ。代ゼミで開講されているすべての地理講座を担当。レギュラー授業に加え、講師オリジナルの講座である「All About 地理」「やっぱり地理が好き」も全国の代ゼミ各校舎、サテライン予備校に配信されている。また高校教員向けに授業法を教授する「教員研修セミナー」の講師も長年勤めるなど、「代ゼミの地理の顔」。最近では、中高の社会系教員、塾・予備校の講師を対象としたオンラインコミュニティーを開設、地理教育の底上げを目指して教授法の共有を行っている。

2017年に刊行した『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)の発行部数は6万4500部を数える大ベストセラーとなり、地理学の普及・啓発活動に貢献したと評価され、2017年度日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞。2023年にはフジテレビのドラマ「教場」の地理学監修を行った。学習参考書や一般書籍の執筆に加え、浜銀総合研究所会報誌『Best Partner』での連載、foomiiにてメルマガを発行している。

▼X(旧Twitter)アカウント
https://x.com/miyajiman0621

▼公式ウェブサイト
https://miyajiman.com/

▼メルマガ
https://foomii.com/00223