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愛の墓地

 廊下には墓地が広がっていた。

 どうやら間違って入ってしまい、ガラスの向こうに自由があると考えてずっとぶつかっていたらしい。

 まるで籠の中の鳥の様に。

 ハエやガ、アゲハチョウなんかもいた。
 そこで私は地獄を見たのだった。


 ちらほら散らばる死骸の中から私は一羽のチョウを引っ張り出した。
 チョウと分かったのは外羽根はガの様にくすんでいたが、昼を待つ昼顔の様に閉じていたからであった。

 ガはこの様に留まったりはしない。
 開きっぱなしの襖みたくだらしなく羽根を広げる。

 閉じていたと言っても完全に閉じてはいなかった。
 後二時間で昼になるだろうかという具合だ。


 アゲハチョウなんかの美しいチョウを採らなかったのは、私がこのチョウに宇宙を見たからである。

 アゲハチョウは漆黒の夜空に所々、黄や赤の恒星が浮かんでいる。

 しかし、私が取ったチョウは夜空の内に銀河をたたえていた。
 それは七月ごろの天の川とは全く違って小さな銀河が凝縮されていた。
 角度を変えて覗いてみると、どのような言葉でも表すことのできない美しいモノがそこにはあった。

 いつまでも持っていたい、その様な悪魔の願望が私を支配した。
 しかし、いつまでも持っている訳にはいかない。

 標本という考えも浮かんだが、生憎私は素人なのだ。
 しかも、標本にすれば誰でも彼女を見ることができる様になってしまう。
 それは嫌だ。彼女は私の心臓なのだ。

 気付かぬ内に、私は彼女に毒されていたらしい。
 違法薬物の依存を感じつつも、彼女を離さねばならなくなった。


 私は中庭の方の窓を開けた。
 彼女を離そうと思ったがこちらは駄目だ。
 人が来やすい。

 何故なんだ。
 また毒の進行が進んでゆく。
 独占欲がふつふつと湧き上がる。
 ここから彼女と共におちてはいけないだろうか。

 手の内の彼女を誰にも見せたくない。
 私だけの彼女なのだから。


 散々葛藤した私は、彼女を近くに川の見える先程と反対側の窓から逃すことにした。

「もうそろそろ、誰かが来てしまうから」

 離す直前、彼女に小さな接吻を忘れないで。


 三階から放たれたチョウは弧を描いて堕ちていった。


 風に乗った彼女はぽとんと川に落ち、一輪の美しい花がそこに咲き、流されて揉まれていった。

 私は彼女がのっていた手にもう一度接吻をおとした。

 幽かに花の香りがした


「これで大丈夫」

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