MAO.U /連載小説
プロローグ
昔々この世界は、魔王が支配していた。
魔物達は、魔王の弾圧に苦しめられた。だが、ある日勇者と名乗る者が魔王を討伐しに行ったのだ。魔物達は喜び、勇者にさまざまな物をあげた。
しかし、勇者にはまた別の野望があったのだ。それは自分が魔王の代わりに世界を支配する事だった。
そして魔王と勇者は遂に決闘をした。
二人とも激しく闘い合った、そして二人とも力尽きた。
(統一帝国神話三百二ページ引用)
これはそれから700万年後の話である。
700万年後
「マオ!起きろ!!」馬のヒズメのような物が寝ている青年の腹を殴った。
マオは目をゆっくり開けると殴って来た青年の顔をボーッと見つめた。
「ケンタロウか?どうしたん?」
「今、何時だと思っているんだよ!」
「さあ……。」
「8時過ぎだぜ!遅刻するぞ!」
これを聞くとマオは、飛び上がった。
無言で制服を着るとキッチンに駆け込んだ。
だが彼は何か変だ。髪の毛には二つの黒いツノが生えて、背中には小さな悪魔のような羽根が生えているのだ。
「急げよ!お前は二本足なんだから!!」ケンタロウがからかうように言った。
やはりケンタロウも変だ。
上半身は普通なのだが、下半身は馬なのだ。いわゆるケンタウロスだろう。
「待たせてごめん!行くぞ!」マオがキッチンから飛び出して来た。
そのままアパートのドアを蹴り開けると猛スピードで通りへ出た。
後ろからはケンタロウが追いかけて来た。彼の方がダントツで早い。
「先に行こうか?」
「乗せてってくれん?」
「今日だけな。」
マオが背中に跨るとケンタロウは猛スピードで走り出した。
あっという間に駅に着くと改札口を抜けてそのままホームに停車している電車に滑り込んだ。
「間に合ったー。」マオがため息をついた。
ここはアトランティス連邦の首都トロイメだ。
市民は全員魔物。だが電気やインターネットもあり、かつて広大だった[始まりの地]は、ビルが建ち並ぶ大都会になっていた。
「あっ、宿題忘れた。」
「後でシレナに聞けば良いよ。」
「あの人魚にか?ゴメンだね。ナンパと間違えられたら、ひとたまりもない。アイツの父ちゃん、前もソウジの家を洪水で全壊さしたじゃないか。」
「アイツはロキだからしょうがないよ。」
こんなたわいも無い話をしている間でも魔物達の生活を脅かす影が近づいていた。
<“tp.Demon King's Castle Ruins”>一方......<“/tp.Demon King's Castle Ruins”>
「やあ、アレース将軍。こんな所へわざわざようこそ。」
「今は挨拶を交わしている暇はありません。これはアトランティス連邦に関わる一大事です。」
「は....はい。ですがまだ彼は眠りについていますよ。」
「いつ目覚めるか見当つくかね。」
「科学者によれば一日後と.......。」
「ともかく彼を見せてくれ。」
ここは魔王城跡だ。現在はアトランティス連邦軍によって管理されている。
アレース将軍と科学者はビニールで囲まれたバスタブのような物に近づいた。
「コイツか......。」
「はい。神話の中の者だと我々も思いましたけど。」
バスタブの中には青年が寝ていた。水の中につけられている。
「この風呂桶は?」
「これは回復の泉ですね。」
「殺せないのか?」
「やってみてくださいよ。」
アレース将軍はベレッタ92を取り出すとバスタブに向かって1発撃った。
パーンッ!
すると不思議な事が起こった。勇者を覆っていた水がまるでゼリーのように弾を跳ね返したのだ。
「なるほど。泉は物理攻撃を受け付けないのか.......。」
「それだけではありません!!旧約聖書にはリンゴを食べるだけで体力を回復したり、殺しても宿屋で復活するんですよ。」
「.................................................パンツァー(戦車)を20台、榴弾砲を各所に配置する。」
「しかし.....。」
「やると言ったらやるのだ!!!」
「は...はい!」
<“tp.Federal School”>
その頃.........
<“\tp.Federal School”>
「何か今日は騒がしいな。」
「あっ見て!リベッレ!」
生徒達が見る先には、葉巻に羽をくっ付けたような物が爆音を鳴らしながら通り過ぎて行った。
「連邦軍のだぞ。パンツァーをぶら下げているみたいだ。」
「戦争か?」
マオのクラスの生徒は皆窓に釘付けだった。
「オイ、授業にならないぞ!」
アイヒェ先生が言った。
「うるさいです、先生。」
車椅子に乗った女子生徒が言った。だが彼女は足を骨折してはいない。大体足が無いのだ。その代わりヒレが生えていた。
「シレナ、先生にそれはダメでしょ。」
隣にいた生徒が言った。左目に眼帯を付けて、髪の毛は蛇だった。
「ハーーッ.......。ゾーラ、先生を石化出来る?」
「ダメだよ。魔術取締法に引っかかる。」
ゾーラが答えた。
「なら、キカイ!機関砲で消し炭に出来るか?」
「それは普通に連邦法で禁止にされている。」
答えたエルフは体のいろいろな所に機械が付いていた。
この世界ではマシーネケルパー(いわゆるサイボーグ)が、若い魔族の中で自衛用、義足代わり、さらにはファッションとして百年前から流行っている。
「はいっ。それじゃあ、リベッレが行ったので授業の続きを...........。」
バァン!!
「結局、遅れちまった!!」
ケンタロウが叫んだ。
「ごめんなさい。先生!!」
後からマオがゼエゼエ息を吐きながら追いついて来た。
「お前ら、これで何日目だと思っているんだ?!まあ良い、今は歴史の授業だ。シュトルムブラット(タブレット)の56ページだ。」
マオとケンタロウは席に座った。
ここで少し歴史の説明をしよう。
統一帝国崩壊後、世界は大きく
「ムー共和国領土」「レムリア王国領土」「パシフィス連合国領土」「アトランティス連邦領土」
に分かれた。
今から50年前、パシフィス連合国が度重なる政策失敗と革命によって崩壊。
元連合国領土の石油資源が豊富なアラニアス砂漠を巡ってムー共和国とアトランティス連邦間で紛争が勃発。その結果、ムー共和国が資源の権利を手にし、アトランティス連邦は共和国の監視下に置かれた。
以下が条件
1 軍隊を持たない
2 共和国の軍用基地を連邦内に作る
3税金の半分を共和国側に支払う事
しかし近年、ムー共和国内でクーデターが発生。共和国は荷物となる連邦を解放した。
なので連邦軍も出来たてホヤホヤなのである。
「それじゃあ統一帝国はいつ崩壊したでしょう?」
「ハイッ!」
シレナが手を挙げた。
「約700万年前です。」
「正解です。水龍さん。それではアンゴルモアくん、いくつの国に崩壊後は別れたでしょう?」
アンゴルモアとはマオの名字だ。慌ててマオは立ち上がった。
だがそのせいで言葉が出てこない。
「アッ....エーー...........分かりません。」
クラスが爆笑した。
「正解は四つです。アンゴルモアくん、今日は居残りですね。」
マオは顔を赤らめながら着席した。
放課後の一騒動
もちろんマオは居残りする気なんて無かった。空が赤く染まった頃、彼はひっそりと窓を開けて外へ逃げ出した。
「しめしめ......上手くいったぞ。」
独り言を言いながら学校の門を出ると.....
「それでも連邦学園の生徒かな?マオ?」
マオは心臓が止まるかと思うほど、ビクッとした。
声のする方を見ると、シレナがトライデントを持ってニヤニヤ笑っていた。もちろん一人ではない。隣にはゾーラとキカイがいた。
<スケバンとギャルが現れた!>
「な.....何だよ?!」マオは焦りながら言った。
「フッフッフー。アイヒェ先生からおふれがあってね。居残りの生徒が脱走しないように見張り役を付ける事にしたんだ。」
ゾーラがヘビの髪をかき上げながら言った。
「大人しく戻った方がいいよ。」
キカイが忠告した。
「へー。そんな脅しなんて......。」
マオはポケットから巻物を取り出した。そしてその巻物を手に挟んだ。
「無駄だね!!!」
<魔王のターン。吹っ飛びの巻物を使った。>
次の瞬間、マオの組んだ手から稲妻が走ると近くにあったゴミ箱が一斉に女子の方に吹っ飛んだ。
だがゴミ箱が女子達に着弾する前に、キカイの右手があっという間にミニガンへ変わった。
そして一瞬にしてミニガンを乱射してゴミ箱を消し炭にした。
<効果はなかった。>
「巻物を無断で使うのは校則違反だよ。」
キカイが素っ気なく言った。
「さて、次はこっちの反撃だね。」
シレナはトライデントをマンホールの方に向けた。すると地響きが聞こえ、大量の水がマンホールから噴き出した。
だが水は上では無くマオのいる方向に向かって噴き出したのだ。
<スケバンのターン。噴射!>
ブシャーーーーッ!!
なす術もなくマオは水圧に負けて吹っ飛ばされた。
<魔王に40ダメージ>
<ギャルとスケバンの勝利!>
「さっさと戻りゃいいのに.......。」
ゾーラが呆れたように言った。
「これで懲りるよ。多分ね。」
キカイが答えた。
「クソッ、水をかけるなんて卑怯だぞ。」
マオが起き上がった。
「アラ?じゃあ石化させるのはどう?」
ゾーラの髪の毛のヘビが一斉にマオの方に向いた。
「わっ.....分かった。戻るよ!戻りますよ!!」
<“tp.Demon King's Castle Ruins”>
魔王城跡では......
<“/tp.Demon King's Castle Ruins”>
魔王城跡の周りは戦車が取り囲んでいた。
「こちらラーべ戦車隊長。」
一人のエルフがトランシーバー越しに言った。
「戦車隊の配列を完了した。」
「こちらアレース将軍。了解。あとはオオクニヌシの許可があれば砲撃できるぞ。」
アレース将軍は近くに設置された高台から双眼鏡を使って魔王城跡を見ていた。
後ろでは兵士達がやかましく無線機をガチャガチャ触っていた。
「将軍、オオクニヌシから許可が降りました。」
一人の兵士が紙切れをアレース将軍へ渡した。
「ご苦労。それにしても今何時だ?」
「二十一時五分です。」
「分かっt........。」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
観測装置がけたたましい音を立てて、赤いランプが点滅した。
「何だ?!どうした!?」
アレース将軍は観測装置をいじっている科学者の方に歩み寄った。
高台の外は兵士が走り回っている。
「魔王城跡から電磁波を観測しました!!」
科学者が叫んだ。
「復活します!!!」
「戦闘準備!!」
アレース将軍は戦車部隊の無線機に怒鳴った。
「ラジャー!」
無線機からはラーべ隊長の声が聞こえた。
「榴弾砲準備!!」
高台の外からも叫び声が聞こえた。
「撃て!!」
ドンッ!!ドン!!ドン!!
榴弾砲の発射音が夕闇にこだました。
初対戦
「グフッ!!」
突然、鈍い発射音がしてマオは啜っていたラーメンを吐き出しそうになった。
「軍の演習だろ。」
隣にいたケンタロウが言った。
「あと奢っている訳じゃないからな。ラーメンの代金は明日頂戴するぜ。」
「ゲホッ....グエッ....分かっているよ......。」
今の状況を見ろよとマオは思った。
「それにしてもすまねえな。居残りから解放されるまで待ってくれたなんてな。」
「おい、チャーシュー残すのか?」
ケンタロウはスープの中にプカプカ浮いている紫色の肉の塊を見て舌なめずりした。
「ああ。ドラゴンは悪魔にとっちゃ親戚みたいなもんだ。その肉なんて食べれるか。」
「なら、もーらい。」
そう言うとケンタロウはチャーシューを摘み上げると一口にペロリと食べてしまった。
「さて、これからどうす.......。」
ボガーン!!!!
爆発音が聞こえて、まるで巨人が地球を振り回したような揺れがマオ達を襲った。
ラーメン屋は半壊して、こしょう瓶やありとあらゆる物がそこらじゅうに吹き飛んだ。
揺れが治ると床に倒れていたマオは辺りを見渡した。
「なんだ地震か?」
「違う。」
ケンタロウが店の半壊した方を指差した。
「パンツァーが......パンツァーが吹っ飛んで来た.......。」
マイの視線の先にはモウモウと立ちこめる埃の中に傷だらけで、主砲が折れ曲がった戦車が転がっていた。
「吹っ飛んで来たって.....勘違いじゃないか?」マオがそう言いかけた時に戦車の砲台の上に人影がいるのに気づいた。
「だいじょうぶですか〜!?」
ケンタロウが叫んだ。
次の瞬間、その人影はヒラリと砲塔から飛び降りると、マオの方に猛スピードで向かって来た。
近づくのにつれて、そいつの姿が段々ハッキリと見えて来た。
エルフ族だった。だが身なりが妙でパンツ一枚だけだった。体には無数の銃創があり、右手には軍刀を握って、左手には戦車のハッチを盾のようにしながら構えていた。
マオ達がポカーンと呆気に取られている間に
パンツ一枚のエルフは軍刀を振りかざしながらマオに飛びかかった。
<魔王が現れた!>
<勇者のターン。ジャンプ切り!>
「うお!!」マオはビックリして後ろへ飛び下がった。
<MISS>
「なんだコイツ?!」
そう言うとマオは近くに転がっていた包丁を反射的に拾い上げた。
<魔王のターン。魔王は包丁を拾った!>
<だが何もしなかった!>
<勇者のターン。勇者はパワーアップ薬を使った!>
勇者は空中からフラスコに入った緑色の液体を取り出すと(取り出すと言うより、空中からフラスコがいきなり現れた感じ。)一気に飲み干した。
「オイッ!!あれはシュテルカーだぞ!」
ケンタロウが叫んだ。
「シュテルカー?!」
マオが言った。
「なんじゃそりゃ?!」
「お前知らないのか?!!シュテルカーは覚醒剤と酒のあいこで筋肉や集中力を一時的に活発にする物だよ!!ただ体にすごい負担が掛かるから今は禁止されているんだ!!」
ケンタロウが答えた。
「今日の授業でやったぞ!」
<勇者のターン。突き出し切り!>
勇者は軍刀をマオの肩に向かって突き出した。
マオはまた避けようとしたが、刀の先端が肩をかすった。
「イタッ!!」
<魔王に10ダメージ!!>
「ふざけんじゃねえぞ。どこのヤツか知らないけど、軍刀持って覚醒剤使って......。」
ラーメン屋の外にパトカーが三台止まり、警察官が六人飛び出して来た。六人中三人はリボルバーを構えていた。
<六人の警察官が参戦した!!>
「動くな!!」一人の警察官が叫んだ。
<警察官のターン。警察は威嚇した!>
<勇者のターン。走り切り。>
勇者はチラリと警察官の方を見ると猛スピードで走り、軍刀を振り下ろした。
次の瞬間、警察官が一斉にリボルバーを勇者に向けて発砲した。
<MISS。反撃として95ダメージ!!>
<このままでは持たない!諦めるか?>
<諦めない>
→<諦める>
<勇者は逃げた。>
勇者は一瞬倒れたが、またすぐに起き上がり
弾が命中した腹を抑えながら戦車が開けた穴にジャンプして飛び込んだ。
<魔王の勝利!>
翌日
次の日の学校は昨晩の噂で持ちきりだった。
「昨日の夜、パンツ一枚の変質者がシティに現れたってやつさ.....まだ捕まっていないらしいよ。」
「しかも覚醒剤使っていたらしいぜ。」
「どこの学校の奴だろう?」
そんな話をよそにマオは、いつものグループと話ていた。ケンタロウとシレナ、キカイ、ゾーラだ。
「ずいぶん深く斬られたね。」
キカイがマオの肩の傷を見ながら言った。
「どこのヤカラだ?」
シレナはいつもより真剣な顔をしている。
「ソイツの家を水でリフォームしてあげるぜ。」
「リフォームって取り壊すわけでは無いからね......。」ケンタロウが言った。
「ウチにとっては、どっちも同じだ。」
「さすがスケバンだね.......。」
「一番気になるのはそのシュテルカーとかをどこで買っているかだな。」
ゾーラが髪の毛の蛇をかき上げた。
「ロクな事に使わんだろ。」
マオが突っ込んだ。
「まあね.....。」そう言うとゾーラは左眼の眼帯を外して内側を拭いた。
もちろん左眼は閉じたままである。もし目を開けると他人を石化させてしまうからだ。
「おーい、ゾーラー!」
エルフの一人が叫んだ。ガムをクッチャクッチャしているヤツだ。
「チッ、またか。」
ゾーラは面倒くさそうに呟いた。
「なんだ?アテーナー。また金か?」
アテーナーはニンマリといやらしく笑った。
彼女は学校中で成績はトップクラスで美貌だが、中は腹黒のタチの悪いヤツだ。
「そうそう〜、ゾーラ。お願いがあるんだけど、200ドラコ貸してくれない?」
ドラコとは連邦の通貨である。通貨といってもコインとか札ではなく、今では電子マネー化しているのだ。
「お前、コレで何回だと思っているんだ?ダメだ。」
ゾーラはキッパリと言った。
「アア〜!!ゾーラがケチした!ヘビ頭なのに!!」
アテーナーは最後の部分は区切るように言った。
「てめー、今なんて言った?」
「何回も言わせないでよ!ヘビ頭!!」
「石化させ.....!!」
ゾーラはカンカンになり眼帯に手を伸ばした。すぐにキカイが羽交締めをした。
「タンマッ!タンマッ!」キカイが叫んだ。
「イヤ、今のはゴルゴン族に対しての最大のブジョク!!許さねーぞ!!」
「好きにしてあげたら?キカイ。責任はこっちが取るからさ....。」
と言った直後にアテーナーは腰から日本刀を引き抜いた。
「かかって来な。だけど、その頭斬られても知らないよ。」
ゾーラは日本刀を見た瞬間引き下がった。
「クソッ、今回だけは見逃してやる。」
「怖いくせにね〜。」
「うるさい!!」
「オイオイッ、二人とも落ち着けよ。」
ケンタロウが間に割り込んだ。
「先生が来ると厄介な事になるぜ。」
ハイハーイとアテーナーは席についた。
「.......ったく、すぐキレない。」
シレナが呆れたように言った。
「頭少し冷やせよ。」
ゾーラの顔は赤くなっていた。そして古代語で暴言を吐きながら自分の席に座った。
「Solche scheiße Pisser. Ich risse gleich deine Hals ab!」
「なあ、今日の夜さ。皆んなでゲーセン行かない?」
ケンタロウが宥めるように提案した。
その日の夜
ゲーセンと言ってもこの世界のゲーセンは単純な物だ。自動カジノマシーンや(カジノと言っても賭け事では無く、一つの景品をカードで争う物である。)バーチャル乗馬レース、ゴング鳴らし、(読者諸君の世界でいうパンチングマシーン。)FPSなどが主に上げられる。
「アアッ!クソッ!!このステージ難し過ぎだろ!」
マオがVRゴーグルを外しながら言った。
彼がやっているゲームはバーチャル乗馬レースだ。スマホ版が発売されているが、VRゴーグルを使ったゲーセン版の方が格段に没入出来る。
「なら俺に貸してみな。」
ケンタロウが言ってVRゴーグルを着けた。
「こういうヤツは得意だから。」
ケンタウロスがどうやって乗馬ゲームをやるか気になった読者諸君。
コレは乗馬と書いているが乗らないのだ。
このVRゴーグルには無数の粒子が組み込まれており、脳の電気信号を感知する。それに粒子と画面を繋いでいるファイバーが反応し、電気信号をデジタル信号化して画面のキャラクターを動かす....という物だ。
さすが日頃から足が馬の人だ。もう難関ステージをクリアしてしまった。
「コツを掴めば簡単だよ。」
「スゲーッ。」
マオが感心していると後ろから誰かが肩を叩いた。
後ろを向くとシレナ、ゾーラ、キカイが紙袋を手にいっぱい持っていた。カジノの景品らしい。
「ドヤッ。」
シレナが自慢げに言った。
「カジノ系は上手いんだ。」
「今日の目玉景品はコレだった。」
そう言うとゾーラが紙袋からバカデカいマグロのぬいぐるみを取り出した。
「いるか?」
マオが呆れたように聞いた。
「実用性は無いけど..............SNSにアップするとか?」
ゾーラが答えた。
「まあ........確かにな.....。」
マオはまだ腑に落ちてない。
そんな話をしていると、ゲーセンの入り口の方から警察官がやって来た。
ただ奇妙なほど重装備だ。服装は暴動鎮圧隊の制服で頭にはライオットヘルメットをかぶっている。背中には警察の防護盾と鞘に入った剣を背負っていた。
「何だ?お前警察沙汰の事したか?」
ケンタロウが言った。
<魔王が現れた。>
次の瞬間、警官は両手をマオ達の方に突き出した。その手にはトカレフ拳銃が握られていた。
<勇者のターン。乱射。>
マオは悟った。
「ふせろ!!!」
ババンッ!!ババンッ!!!
マオ達の頭スレスレを弾丸が飛んでいき、後ろの広告看板に当たった。ガラスが物凄い音を立てて砕け散った。
ババンッ!!ババンッ!!
カチッ!カチッ!
勇者は弾が切れたと分かると無造作にトカレフ拳銃を放り投げた。
<当たらなかった!ピストルの弾が切れた!>
「ゾーラ、刀貸してくれる?」
マオが伏せながら聞いた。
「いいよ。」
答えを聞くや否や、マオはゾーラの腰から小刀を引き抜いた。
<魔王のターン。斬りつけ!>
「お前いい加減にしろよ!!」
マオは小刀を振り上げた。
勇者は剣を抜くとガキンッと小刀を受け止めた。そして剣の柄でマオを殴り倒した。
<ガード!魔王に20ダメージ!>
「ブヲワッ!!」
マオは床の上に吹き飛ばされた。
<勇者のター......。>
「ちょっと待った!!」突然誰かが叫ぶとシレナが、勇者とマオの間に車椅子で華麗なドリフトをして割り込んだ。
「こっちが相手だ!」
<人魚が参戦して来た!>
<人魚のターン。突き刺し!>
シレナは背中に背負っていたトライデントを取り出すと、勇者の腹に向かって突き出した。
勇者は防護盾を素早く向けてトライデントを弾いた。
ガァン!!
<ガード。>
弾いた衝撃で車椅子がマオの上に飛んでいき、シレナは壁に投げ飛ばされた。
<勇者のターン。トドメ。>
勇者は無表情でマオの前に立つと剣を振り上げた。ヤバい、殺される。そう思ったが、すでに遅い。勇者は剣を振り下げた。
マオはグッと目を瞑った。
バララララッ!!
一瞬何が起こったのか分からなくなったが、マオの額に生暖かい液体がかかった。
目を開けてみるとその液体の正体がわかった。
血だ。
ワインレッド色の液体はマオの後ろにあった壁をネットリと伝い、床の血溜まりに落ちた。辺りには赤色の肉片が散乱している。
勇者は呆然としていた。まるで自分でも何が起こったか分からないと言うように、口をポカーンと開け、目は空中を見つめていた。
腹には大きな穴がぽっかり綺麗に空いていた。
その穴を通して反対側には、キカイが右手を向けながら突っ立っていた。
彼女の右手はミニガンに変形しており、銃口からは青い煙が立ち上っていた。
「ホヘッ.............。」
マオも呆然としていた。
勇者はバランスを崩して、マオの丁度前に倒れた。
貫通した穴からは内臓がはみ出ており、銃弾によってバキバキになった背骨がぶら下がっていた。
<魔王の勝利!>
<Game over>
「......正当防衛だよね?」
キカイは震えながら言った。
「いや......コレはやりすぎじゃね.....?」
ケンタロウが言った。
「お腹を貫通したんだから.......。」
<続けますか?(復活した場合は事前にセーブした場所に復活します。)>
→<続ける>
<やめる>
次の瞬間、勇者の体がパッと消えた。
そう、まるで蒸発したようにパッとだ。同時に血痕も何も無かったように無くなり、割れた広告看板も一瞬で元に戻った。
元に戻っていない唯一の物は吹き飛ばされた車椅子と、マオ達の記憶だった。
滅亡の始まり
マオ達は別に警察に止められる事もなかった。大体、殺人の証拠が無くなってしまったからだ。
だが次の日学校が休校になった。
「何でだろうな。」
マオはトーストをかじった。
「休校になったの。」
ケンタロウは新聞を見ながらコーヒーを啜っていた。ああ見えて意外と大人気あるんだなとマオは思った。
「多分この事だろ。」
ケンタロウが大見出しの記事を指差した。
そこにはこう書いてあった。
アトランティス連邦新聞
<号外:都内で十分に八十五人が殺害。前代未聞の連続殺人事件>
昨夜の午後9時頃、都内で十分に八十五人が殺害された。凶器は撲殺やナイフだと思われる。アトランティス連邦警察は今日未明、今回の殺人事件の犯人は全て同一人物が起こした物だと発表した。
政府は緊急事態宣言を出し、全ての小中高を休校とする事を発表し、自宅待機を要請した。
また連邦大学の教授は殺人事件の犯人の行動ついて、統一帝国時代に猛威を振るった勇者と言う人物が行なっていた大量虐殺「列可路上げ<レベル上げ>」と一致する所が見られ、勇者派テロ組織の関連性を示している。
「例可路上げって何だ?」マオが聞いた。
「例可路上げは統一帝国時代の時に勇者っていう奴が行った大量虐殺の名前だ。特定の魔物を殺しまくってレベルっていう物......まあ強さだな。それを上げる。そういう物だ。だけど今は世界中で禁止されている。」
「とんでも無い奴だな。」
「他にも勇者はシュテルカーを密造したり、他人の家のチェストを漁ったりしていたんだ。」
「ちょっと待って。シュテルカーって密造できるの!?」
「アア。今は植物とか化学薬品で代用されているけどな。昔はゴブリンの歯とか魔物から採れた素材を使っていたらしい。」
「おっそろしい時代もあったんだな。」
「何回も言っているが、密造するなよ。」
「わかっているよ。」
そう言うとマオは食器を片付けた。
ケンタロウは相変わらず新聞を読み続けたので、暇になったマオはテレビの前で寝転がった。
突然、ケンタロウが叫んだ。
「マオ!!古代語でテレビはなんて言う?!」
余りの急な質問にマオはビクッとした。
「んーッと.......エー......フェルンゼーアーだったっけ?」
物凄く曖昧な答えだ。
「ブッブー。正解はフェアンゼーアーだよ!お前授業、聞いているか?」
「いや、ほとんど居眠りしている。そもそも古代語ってなんだ?」
ケンタロウは目を見開き口をポカーンと開けた。まったく予想を上回る答えが返って来たからだ。
「マオ。お前のフルネームは?」
「マオ・アンゴルモア。」
「違う。真の名は?」
「マオ・F・トイフェルフランメ」
「その真の名が古代語だ。」
マオの頭の中は?の文字でいっぱいだった。
「ん?じゃあお前のフルネームは?」
「ケンタロウ・ハヤミ。真の名はケンタロウ・プファイルシュピッツェ。」
「それじゃあその......プファイル......何とかが古代語って事?」
「大正解。」
<“tp.main character”>
その頃勇者は........
<“/tp.main character”>
<“Walking.Streets”>
シティの通りを歩いていた。
<“\Walking.Streets”>
勇者の服装はTシャツに短パン。
彼の虚な目には生気はなく、とにかく歩いているという感じだった。
突然、目に止まった一人のエルフを尾行し始めた。別にストーカーのようでは無く堂々と尾行しているのだ。
エルフが路地に入った瞬間、勇者はカランビットナイフをサッと空中から取り出し、エルフに切り掛かった。
<アテーナーと遭遇した!>
<勇者のターン。切り付け!>
エルフの正体はアテーナーだったのだ。いくらイキっている彼女でもいきなりナイフを突き立てられたら驚くだろう。叫び声を上げて振り向いた。
<MISS>
振り向いたおかげでナイフは当たらなかったが、勇者も容赦しない。今度はアテーナーの首に両手を突き出すと首を締め始めた。
<スペシャルターン!首絞め!>
アテーナーは苦しみながらも腰から日本刀を引き抜き、締め付けてくる勇者の片腕をザッと切り落とした。
<アテーナーに10ダメージ!勇者に50ダメージ!>
勇者の腕がベチャッと言う音を立てながら吹き飛んだ。
切り口から血が噴水のように噴き出てアテーナーの顔や辺りの壁に飛び散る。
だが勇者は無表情だ。
彼はもう片手をアテーナーの首から離すと、懐からフラスコを取り出して中身を一気に飲み干した。
次の瞬間、赤茶色の木の根っこのようなものが傷口からニュルニュルと生えてきた。そしてその根っこが手の形になると、それを伝って肌色の液体が垂れてきた。数十秒後に液体は固まり、元の健康な腕になった。
血痕もいつの間にか消えていた。
アテーナーは無言で日本刀を構えた。
<アテーナーのターン。アテーナーは様子を伺っている。>
<勇者のターン。キリツケ。>
勇者は目にも止まらぬ速さでナイフの先端を日本刀の刃にぶつけた。
ガキィン!!
一瞬グリッチが刃を包みこむと、アテーナーの日本刀は柄の部分を残して粉々になった。
「うわぁ.......な......なんだお前は?!」
アテーナーは汗でびしょびしょだった。
<この魔物は仲間に出来るぞ!仲間にする?>
→<仲間にする>
<仲間にしない>
後退りをしようとすると勇者が口を開いて、口をパクパク動かした。
少し遅れてエレクトリックな、トーンがばらばらな声が聞こえた。
「アナたハ、ぼくノさガシもとメタヒトだ。」
「?」
「なカマにナッてクレますカ?」
「ん………?エ?はい……….?」
「イま、はいトイいマしたか?」
そう言うと勇者はアテーナーの額に手を当てた。
カチッと音が聞こえてアテーナーの意識は深海…いや心海にブクブクと沈むように遠くなった。
その代わり、別の意識が心海から上がって来た。
その意識は空っぽのアテーナーの体にじわじわと根を張った。
「…………………………勇者様?」
アテーナーの声は変わり、目の色が深緑から青に変わった。
<アテーナーが仲間に入った!>
「あテーナー。キミはイまかラボくノナカまだ。」
「は......はい!何をしたら良いのでしょうか!?」
「マズはレベるアゲがヒツようダ。」
そこで勇者は少し考えて言った。
「キみのガッこうニ、たくサンせイトがいルダろ?」
「はい!」
「セイとを殺せバいいンだ。」
「は......。」
アテーナーがそう言いかけた時、心海に沈んだ元の意識が暴れ出した。
「バカやろー!!ワタシの体を勝手に使うな!!」
「うるさい!ワタシの名はゼリュウ・アテーナー!勇者様のお付きだ!!」
「勇者だと?!だけどアイツは何億年も前に死んだはずじゃあ......。」
元の意識は戸惑った。
「それが違うんだ。勇者様は生きておられた。」
元のアテーナーの意識はゾッとした。
勇者。この言葉には重い意味がある。
何億年も前に死に、魔物を大虐殺し、他人の物を奪い取り、統一帝国を滅ぼす原因を作った者。
それが勇者だ。
そしてその勇者が復活したのだ。
「勇者様は唯一無の存在!ワタシ達はユートピアを作るために生まれたのだ!!だがその為にはレベルが必要だ。」
「違う!違う!!」
元の意識は叫んだ。
「ワタシは、人殺しになんかになりたく無い!!!!」
「殺すんじゃ無い。倒すんだよ。」
そう言うと今の意識はグイッと元の意識を押し込めた。
「いやだ!!いや.....だ!人を...殺した...く無い...............殺し.......たく.....ない...........。」元の意識は必死に叫び続けたが、ブクブクと心海のさらに深くに沈んでいった。
「シずまッタか?」
勇者が聞いた。
「はい。」
アテーナーは答えた。
<クエスト:列可路上げ>
次の日には学校があり、マオとケンタロウは早めに登校した。
「まだこの時間帯には誰も登校していないな。」
マオが言った。
「うん。あれ?誰か校門の前に立っている。」
確かに霞の先に薄っすら見える校門の前に人影が見える。
「ざんねーん!ウチが1番だよー!」
人影が叫んだ。シレナだった。
マオとケンタロウは何とも言えない顔をした。二人の頭の中には「ウザい。」という三つの文字が浮かんできた。
「それより見て。制服改造したった!」
シレナは自慢げに自分の制服を見せた。
何とシレナは制服をヘソだしファッションに改造してしまったのだ。
「いや、なんでそんな事した?」
ケンタロウが呆れたように聞いた。
「連邦教育法にぶつかって、校長室行きだぜ。」
「なら転ブラは?アレにも際どいファッションしたやつ出てきますよ?」
シレナは反論した。
「しかもホラ、違法になる1センチメートル前ギリギリで改造したんだ。」
「アレは異世界系アニメ。」
マオが答えた。
「(転職したらブラック企業だった件)の事だろ。」
「あれ面白いよ。物語がよく....。」
「俺はそうゆうの好きじゃないな。」
ケンタロウの説明をマオは遮った。
「(この素晴らしき珊瑚礁に水爆を!)の方が面白いと思うよ。」
「へー。」
ケンタロウが意外そうにマオを見た。
「お前あんなジャンルの方が好きなん?」
「まあ、そうかなぁ。現実味がある方がいい。」
「意外だな。」
シレナが言った。
<“tm. lunch break”>
昼休み
<“\tm. lunch break”>
マオは教室でシャケ弁当を頬張っていた。
そこにキカイがやって来た。
「マオ。アテーナー何処にいるのか知っている?」
そういえば朝からアテーナーを見ていないな、とマオは思った。
「知ら......。」
そう言いかけた時、教室のドアが開きアテーナーが入って来た。大きな学生鞄を下げている。
「ほーら来たぞ。」
ケンタロウが言った。丁度コーラを飲み干したところだ。
「アテーナーちゃん。」
近くにいた女子がアテーナーに話しかけた。
<クラスメイトと遭遇した。>
「なんで遅刻し.......。」
<アテーナーのターン。乱射。>
話終わるか否や、アテーナーは学生鞄からUZI短期銃を素早く取り出すと、女子校生の顔に乱射した。
ズバババババッ!!
9×19mm弾は女子校生の顔を一瞬にして肉片に変えた。血が飛び散って教室の床や天井に点々と跡を付けた。
<クラスメイトに100ダメージ。アテーナーの勝利!>
一瞬、クラス中に静粛が訪れた。誰もが判断が追いつかないようだ。全員が呆然と床に倒れて、まだヒクヒクと動いている無残な姿のクラスメイトを見つめた。
そして段々とクラス全体が何が起きたかを理解した。
アテーナーがクラスメイトを撃ち殺したのだ。
平和な教室が突然、殺人現場になったのだ。
「アテーナー!何やってんだ!!」
ゾーラの叫び声でクラス中が我に返った。
「例部路上げだよ。」
アテーナーは何もやっていないように言った。
「必要な犠牲だ。」
「なにが必要な犠牲だ!お前は今同級生を殺したんだぞ!」
ゾーラが反射的に言い返した。
マオはまだ呆然としていた。
「アテーナーが?人を殺した?」
その考えが頭を撫でるように横切った。
「だけど勇者様の命令だ。もっと例部路を上げなくちゃ.......。」
アテーナーはUZIを教室中に佇んでいる生徒の方に向けた。
だが突然アテーナーが泣き叫んだのだ。
「いやだ!!いやだ!!殺したくない!!!」
涙が目から溢れ出し、UZIを持った手が小刻みに震えた。
「黙れ!!」
アテーナーが怒鳴り、自分の顔面を殴った。
まるで一人芝居のようだ。
「必要な犠牲だ!!」
「殺したくない!!!!!殺したくない!!!み......んな、ワタシから逃げて!!!!!!」
そう言うとUZIの引き鉄を引いた。
それからはあっという間だった。叫び声がそこら中から上がり、床はワインレッド色の液体で塗りたくられた。
<クエストクリア!アテーナーはレベル10になった。>
BACK TO THE LIFE
<!DOCTYPE WCPL>
<“WCPL lang=code20"">
version1.8
subject:“MAOUN103“.
situation.“situation1475“.
handle.“handle1475“.
マオは、ぼんやりとクリーム色の天井を見つめた。
何もかもが静かだった。
「………死んだのか........?」
マオはボソリと独り言を言った。
体を動かそうとするとズキッと激痛が走った。あまりの痛さにマオは叫び声を上げた。
足音が聞こえ女性の顔が覗き込んだ。看護師のようだ。
「だいじょうぶですか?」
女性が聞いた。
「イタタ......。ここは何処ですか......?」
「ここは連邦中央病院です。あなたは昏睡状態だったんですよ。アンゴルモアさん。」
次の瞬間、マオの記憶はハッキリした。
「ケンタロウは?!クラスのみんなはだいじょうぶなの?!」
病室のドアがガラッと開き、キカイが入って来た。何処にも怪我をしていないようだ。
「おはよー。マオ。」
「キカイ!クラスのみんなはだいじょうぶなの?!」
キカイは一瞬口ごもった。だが覚悟を決めたように話し始めた。
「マオ、クラスのみんなは..........。」
そこでブワッとキカイが泣き出した。
<“emotional expression.sadness”>
しゃくり上げるごとにボディパーツがギィッギィッと悲しげに軋んだ。
マオは悟った。クラスの大半はもうこの世にいないのだと。
「ケンタロウはどうなの?」
「グスッ.....ふぇ?ケンタロウとゾーラちゃんとシレナは生き残ったよ.......。」
「どこにいる?」
「廊下に......グスン.....いるよ.....。」
マオはベッドから起き上がると病室を出た。
廊下の椅子にはゾーラとシレナがまるで抜け殻のようにグッタリと座っていた。
突然、ゾーラがムクリと起き上がり、マオを見た。
「アア!!マオ!!」
そう言うとマオの方に走って行った。
「よかった!!マオ!生きていたんだ!!」
シレナもその声に驚き、椅子から立ち上がろうとしたが、バランスを崩してすっ転んだ。
「おいおい、なんで皆んなそんな感情的になるの?」
マオがハグをしようとしてくるゾーラを必死に避けながら言った。
「だってお前、心臓を撃ち抜かれていたんだぞ!」
シレナが車椅子の方に這いながら言った。
それを聞いたマオは自分が着ている服をめくってみた。
胸には三つ縫った傷口があり、腰には包帯が巻かれていた。
「そういえばアテーナーは?」
マオが聞いた。
「アイツは行方不明だ。」
シレナはやっと車椅子に乗れたようだ。
「警察が今全力で探している。」
「ケンタロウは?」
「お前の弁当買いに行った。」
丁度その時、キカイがしゃくり上げながら病室から出て来た。そして廊下の椅子に力無く座ると、手で顔を覆った。
「なんでだよ............なんでだよ............。」
そう呟いていた。
「キカイ、ワタシ達は生き延びたんだよ。」
ゾーラが慰めた。
深夜の泥棒
<“tm.17:00”>
その日の夕方。国立博物館の正面口に一人のエルフが現れた。
手にはなぜかゴミ箱の蓋を持っている。
この変人は閉まっている正面口に立つと、蓋をその前に置いた。
そしてそのすぐ後ろにグレネードを置いて、ゴミ箱の蓋の上に乗り、グレネードにパンチを喰らわした。
もちろんグレネードは爆発し、変人は後ろの正面口の方に吹き飛ばされた。
だが、どういう事だろう。
変人の体は正面口の扉に当たるどころか、扉をスルリとすり抜けたのだ!
変人は扉をすり抜けると、誰もいない館内を見まわした。
薄らぼんやり照らされた顔には表情が無く、目には生気は全く無かった。
コイツは近くにあった館内の見取り図をチラッと見ると歩き始めた。
いや、歩き出したと言うよりも見えない糸に引かれていると言った方が正しいだろう。
彼が向かった展示室は天井が高く、至る所にガラスケースが置いてあった。ケースの中には原型を留めていない金属の物や、土まみれになった布が大切そうに展示されていた。
それもそのはず。ここは統一帝国時代の出土品の展示室なのだ。
なら変人は、こんな夜中に出土品を見るために博物館に忍び込んだのだろうか。
だが彼は他のガラスケースには目もくれず、部屋の真ん中にドッシリと構えている大きなケースの方にツカツカ歩み寄った。
大きなケースの中には立派な中西風の鎧と、剣が並べられていた。
鎧は赤と青で彩られ、剣の方は銀色の輝きを放ち、まるで変人を歓迎しているようだった。
このケースの横には説明が載った板が貼ってあり、そこにはこう書いてあった。
鎧と聖剣 オーディオガイド30
この鎧と剣はかつて存在した人物、勇者が装備した物だとされる。
鎧はものすごい耐久性を持ち、銃弾さえも弾き返す程である。
剣はアダマントやヒヒイロカネの合金で出来ている。
説明しよう。
アダマントとは鉱石であり、加工すると物凄い切れ味を誇る。だが錆びやすく、強度が低い。
そしてヒヒイロカネは錆びにくく、強度が高いのだ。ただしヒヒイロカネは統一帝国時代に枯渇し、今では幻の鉱石となっている。
さて。変人はケースの中の聖剣を見つめると、いきなりガラスケースを殴った。
ガン!!
一発目でガラスケースにヒビが入った。ガラスの破片はそこら中に飛び、殴った手の甲からは血が吹き出した。
だが変人はそんな事お構いなしに、またガラスを殴った。
ガン!!
血がもっと吹き出した。皮膚が破れ、中の肉が剥き出しになった。
ガン!!
ガシャーン!!
三回目のパンチでガラスがけたたまし音を立てて破れた。
それと同時に警報が静けさを破って管内に響きまわった。
すぐに足音が聞こえ、警備員がすっ飛んできた。
「手を上げろ!!」
警備員が怒鳴り、M1911A1拳銃を構えた。
<警備員が現れた。>
変人....いや不審者は無言で鎧を身に付けた。
「最後の警告だ!手を上げろ!!」
M1911A1拳銃は不審者に狙いを定めた。
だが不審者は聖剣を手に取った。
<封印されていた聖剣を解放した!>
<警備員のターン。発砲。>
その時、警備員が発砲した。
弾丸は空気を切り裂きながら突き進み、不審者の顔に命中して、穴を開けた。
<勇者に5ダメージ!>
<勇者のターン。五月雨切り。>
不審者は聖剣を構えると、警備員に飛び掛かった。
数十秒後には警備員の首は宙を舞、ベチャという音を立てながら落ちた。
<警備員に100ダメージ。>
<勇者の勝利!>
もう読者諸君も気づいているだろうが、この不審者の正体は勇者だ。
<セーブ中......>
勇者はそのまま黙って正面口に向かった。
扉を蹴り開けると、サッとサーチライトの光が差し込んだ。
正面口の周りはグルリと連邦警察のパトカーが取り囲んでいた。そしてパトカーの陰に隠れて警官がM870散弾銃やM1911A1拳銃を構えていた。
「犯人につぐ!!今すぐ武器を捨てろ!!」
パトカーの拡声器が大声を張り上げた。
<警官隊が現れた!>
<勇者のターン。五月雨切り!>
勇者は聖剣を振り上げて、警官隊に飛びかかった。
だが次の瞬間、彼の頭の半分は肉片となった。
<勇者に100ダメージ!>
警察は念には念を置いて、近くに狙撃手を待機させていたのだ。そしてその狙撃手が発砲したのだ。
勇者の体は力無く倒れた。
<警官隊の勝利。>
<Game over>
<続けますか?(復活した場合は事前にセーブした場所に復活します。)>
→<続ける>
<やめる>
警官が二歩三歩前に踏み出した直後、勇者の体はパッと消えた。肉片も聖剣も何もかもだ。
警官隊は皆呆然とした。目の前で死体が消えたのだ。
「おい、今の見たか?」
「消えたぞ!」
「狙撃手に連絡してみろ。」
一人の警察官が無線に向かって喋った。
「S1、S1。こちら警察車両番号573。不審者の遺体が消滅した。そちらで姿を確認出来るか?どうぞ。」
すぐに返事が返って来た。
<この人は仲間に出来るぞ!仲間にする?>
→<仲間にする>
<仲間にしない>
「こちらS1。不審者の遺体どころか姿すら見当たらない。ど.....うわっ!何だ、お前!?」
無線は途切れた。
「S1。S1?何が起きた?!」
返事は返ってこなかった。
<警官隊が現れた。>
<S1のターン。二重狙撃>
その代わりバァン!と発砲音が轟き、近くに立っていた警官の手が吹き飛んだ。
バァン!また発砲音。今度は無線機を握っていた警官の胸から血が吹き出た。
発砲音がするごとに警察官達は次々に倒れていった。
「今度は何だ?!!」
数人の警官はパトカーの陰に隠れた。
<警官隊に52ダメージ>
<警官隊のターン。警官隊は陰に隠れた。>
「撃たれているぞ!!」
「どこからだ?!!」
「分からない!!!」
隠れた警官達は銃をグッと握りしめながら、機会を伺っていた。
だが銃弾の雨は止まる事はなく、パトカーの車体に当たって物凄い音を立て続けた。
「もしかして帝国派の攻撃か?!!」
一人の警察官が言った。
「それか、連反軍?」
連反とは連合国反乱軍の略であり、当時の連合国崩壊時に解体された連合国軍の兵士が造ったゲリラ組織である。主にアラニアス砂漠に現れては車列を襲ったりするらしい。
<勇者のターン。勇者はスペシャルを使った>
「クソ、一歩も隙を見せないな....。」
そう言いかけた時、バシュッとジェットのような音がした。
<スペシャル:ロケットランチャー>
恐る恐る身を乗り出してみると、火の玉が物凄いスピードで警官達が隠れているパトカーの方に向かって突っ込んで来た。
「あれは.......。」
警官が叫んだ。
「RPGだ!!!」
どこからか飛んで来たRPG-7の弾頭はグサリとパトカーの車体に突き刺さり、大爆発を引き起こした。警官達は一瞬で火だるまになり、あまりの痛みと熱さにのたうち回った。
この地獄絵図をジッと見つめている人影があった。
そいつは構えていた発射管を傍に放り投げると狙撃手を見た。
狙撃手S1はライフルのスコープを除いたままこう言った。
「勇者様。終わりました。」
<勇者の勝利!>
<“tp. Military Headquarters”>軍部<“/tp. Military Headquarters”>
<tm17:00>
「だから、早く軍を派遣するべきです!」
一人のエルフが机をバンッと叩いた。
カーキ色の軍服を着て、制帽をキチンと被っり、如何にも軍人のようだった。
「ユッケ少尉。君の気持ちは分かるが、軍を展開すると共和国を刺激する事になってしまう。」
答えた軍人は机の上に広げてある地図を睨んでいた。
小柄で大きな耳と鉤鼻を持ち、口の周りは髭で覆われていた。彼がかけているメガネは長い歴史を物語るような骨董品だった。
「しかし、ベルゼンダー大佐。このまま泳がせていると国民が危ないですよ!」
ユッケ少尉が反論した。
「リスクがあるとしても軍隊を送り込まないと!」
「静粛に。」
部屋の隅から鋭い声が聞こえた。
「ここは作戦会議室だ。」
鋭い声の主は、まるで部屋の壁と同化するように気配を消していた。
髪の毛は銀髪で、制帽は少し傾き、軍服はだらしなく着ていた。
目は燃えるような紅色で白い肌とは全く非対称だった。
「ありがとう、イテツ中佐。」
ベルゼンダー大佐が礼を言うとイテツ中佐はまたフッと気配を消した。ただカニカマの包装紙がカサカサと音を立てている。
「イテツ中佐?」
ユッケ少尉が言った。
「ああ、彼女の名だ。確か元アラニアス砂漠防衛部隊のマークスマンだったんだよ。」
「アラニアス砂漠防衛部隊!??」
ユッケ少尉が驚いた。
「あの共和国軍も震え上がったと言う部隊ですか?!」
「そうだ。」
「つまりこの人は......。」
ユッケ少尉は気配を消して、カニカマの包装紙を剥がそうと奮闘しているイテツ中佐を見た。
「オアシスの死神と言われた、フロストですか?!!」
「それはウチのコールサインだ。」
イテツ中佐はカニカマにかぶり付いた。
「本名はイテツ。」
「へー.......。本物の会えるなんて.......。」
ユッケ少尉は関心したようにイテツ中佐を眺めた。
「君にはカッコイイかも知れないが、我々はコイツのおかげで地獄絵図を見たんだ。」
ベルゼンダー大佐はユッケ少尉をメガネ越しに見た。
「僕にとっては死神が側にいるようなものだよ。」
「あれ?だけど約50年前にアラニアス紛争は起きたんですよね。イテツ中佐は何歳ですか?」
ユッケ少尉が聞いた。
「25歳」
イテツ中佐はまたカニカマを取り出した。
「え?」
「ウチは雪女なんだよ。ウチらの種族は長寿だから50年を1年と換算するんだ。」
「へー。」
雪女などの一部の魔物は20歳くらいから体の成長が遅くなり他の魔物より長い期間を生きれる。この傾向は人魚族にも見られ、最大で1000年生きた人魚も存在する。
しかし[人魚の肉を食べると不老不死が得られる。]や[雪女は悪の象徴で山に来る者を凍死させる。]などの逸話が原因で人魚族や雪女族が意味もなく迫害されていた歴史もあるのだ。
「さて作戦会議に戻ろう。」
ベルゼンダー大佐が言った。
「ひとまず様子を見..........。」
「緊急事態です!!」
作戦会議室に兵士が駆け込んできた。
「国立博物館の聖剣が勇者によって盗まれました!」
「なに!??」
ベルゼンダー大佐が怒鳴った。
「奴は壁を壊せるまで例部路が上がったのか!??」
「いや、壁をすり抜けたのです!!」
「なんだと?」
「壁をすり抜けたのです!出動した警察官は返り討ちに......。」
「いや待て、壁をすり抜けた?!」
「はい、そうです。」
その言葉を聞いた途端、ベルゼンダー大佐は頭を抱えた。
「僕がアラニアス紛争に従軍した時、現地民に勇者の神話を聞かされた事があるのだ。」
ベルゼンダー大佐の声はお経を上げる時のように細くなっていた。
「その神話は我々が知っているのと同じなのだが、ひとつだけ違いがあった。」
「それは何ですか?」
ベルゼンダー大佐はハァとため息をついた。
「勇者に刄口と言う特殊能力がある点だ。
刄口とは原子と原子の間をすり抜けたり、異次元から存在しない物を取り出したり、空を飛んだり、まあ、この世界の物理法則を無視する能力だ。」
全員が次の言葉をまった。
「だけど、近年まで僕も軍部の奴らはそんな能力なんて存在しないと思っていた。ところが2年前、ある科学者が魔王城跡を調査した結果、ある事に気づいた。
特定の部分だけ空間が歪んでいるのだ。まるで何者かが無理やり空間をこじ開け、また閉めたように歪んでいる事がわかった。
その為刄口は存在する事が分かり、我々は刄口を訳し、[バグ]と名付けた。
バグは物理法則を無視する為、使い過ぎるとこの世界に負担がかかり、世界が破滅してしまう。だからその勇者がバグを使いまくっているとすれば、どのみち我々が滅亡するのも時間の問題だ。」
作戦会議室全体が静かになった。
「だが、この地図を見てくれ。」
ベルゼンダー大佐は連邦の地図を机の上に広げた。
「これは今までの勇者の行動経路を表したものだ。」
「これがどうしたんですか?」
ユッケ少尉が不思議そうに地図を眺めた。
「移動の仕方が不自然なのだ。まるで何者かを追いかけるように移動しているのだ。」
「どーゆー事ですか?」
イテツ中佐がカニカマをムシャムシャ食べながら地図の前に立った。
「勇者は何者かを追いかけている。そしてその奴が追いかけている者は誰だか分かるかね?」
「サッパリです。」
イテツ中佐は腰につけているホルスターからまたカニカマを取り出した。
ユッケ少尉は中佐がどれだけカニカマ好きかを実感した。
ホルスターには本来ピストルが入っているのだが、イテツ中佐のホルスターにはカニカマがぎっしり詰まっているのだ。
「もしかして......。」
ユッケ少尉の声は震えていた。
「魔王ですか?」
「......科学者達によると魔王の性染色体の中に特異な塩基配列が見つかり、それを元にして全国民の性染色体の情報と照らし合わせた結果、我が国にただ一人だけ魔王の塩基配列と一致する人物が浮上したのだ。」
ベルゼンダー大佐が言った。
「ソイツが魔王の子孫って事ですか?」
イテツ中佐が聞いた。
「そうだ。」
「......ソイツは自分が魔王という事を分かっているんですか?」
ユッケ少尉がガタガタ震えた。
「いや、どちらかと言うと悪魔族の遺伝子が多いから公式には悪魔族となっていて、本人も悪魔族だと思っている。」
「よかった〜........。」
ユッケ少尉は安心したあまり、ヘナヘナと床に座り込んでしまった。
「だけど何で魔王の塩基配列を持つ奴が生まれたんかな。」
イテツ中佐は不思議そうにベルゼンダー大佐を見つめた。
「偶然か、それとも裏があるのか。それは我々にも分からない。」
ベルゼンダー大佐は首を横に振った。
「だがソイツは只者ではない。それだけだ。」
マオはどうするのか
マオは自分の部屋のベッドでボーっと天井を見ていた。
奇妙なほど何かをやろうという気持ちが出ないのだ。
ふとマオは、自分の本棚を見た。クラスの集合写真が小さな額縁に入って飾ってあった。
そして横には色褪せたプリクラがテープで貼り付けてあった。
プリクラにはマオの他にケンタロウ、シレナ、キカイ、ゾーラ、そしてアテーナーが笑顔で写っていた。
何がアテーナーをあの様な酷い事をするように仕向けたんだ?
マオは自分に問いかけた。
前の日のゾーラとの喧嘩?
「いや、違う。」
そう呟くとマオは視線を天井に戻した。
あのプリクラを撮った時はよく遊んでいたな.........。よく考えたらもう5年も経ったのか...........。いつからアテーナーはああなってしまったんだ?
マオはまたプリクラを見た。
写真は今の彼を見え透いたように窓から降り注ぐ太陽の光を浴びていた。
一瞬だけ写っている笑顔がグニャリと歪んだように見えた。
そしてマオは今までに感じた事が無いほどの孤独さと自分がこの大きな世界で一番小さな物のような気持ちを味わった。
ほんの一秒だったが、彼にとっては何万年も月日が流れたように感じた。
突然、部屋のドアが開きシレナが入ってきた。彼女はマオのベッドの方に近づくと、ツンツンとマオの背中を突いた。
「大丈夫?」
「......あんまりスンッとしない....。」
「ウチのオヤジが管理しているダムがあるんだよ。こういう、あっつい日に行ったら気持ちいいぜ。」
シレナはマオの背中をさすった。
「......マオ。アンタが絶望しているのはよく分かるよ。だけどいつまでも下を向いていたら進めなくなっちまう。だから上を見て進まないと。」
そう言うと昔話のように話し始めた。
「昔々、人魚族は毎日のように砂浜に上がって貝などを取っていました。だけどある日を境に浜に上がった人魚達が帰って来ない時がありました。見かねた勇敢な若者が浜から少し離れて見ていると、陸の魔物達が大きな網を使って砂浜に上がった人魚達を捕まえていってしまいました。若者はこの事を長に知らせました。」
「.......その話の続きは知っている。」
マオがやっと口を開いた。
「長は陸の魔物が海に進出してくるって言って村の住人を皆んな海底洞窟に閉じ込めた。案の魔物達は帆船でで人魚族を捕まえまくって残っている人魚族はその洞窟の中にいる奴らだけだった。そして閉じ込められた人魚達は最後まで希望を捨てずにいたから生き残れたっていう神話だろ。」
「まあ迫害されていたのは本当なんだけどね。」
シレナが付け足した。
「でも辛い時だって上を見続ければ必ず報われるっていうこと。だから気晴らしにでもウチのダム行こう?」
マオは頷いた。
<“tp.dam management”>
ダム管理室
<“\tp.dam management”>
シレナの父モリヤ氏は髭がモジャモジャ生えている立派な人魚だった。彼の目線の先は書斎机の上の紙にあった。
その時書斎のドアが開きシレナとマオが入って来た。
「オヤジ。」
シレナが言った。
「どうした、シレナ。」
モリヤ氏は疲れた目を擦りながら言った。
「友達と一緒にダム行っていい?」
「いいよ。ちょっと僕は大事な用事があるから。」
「おけ。」
<“tp.dom”>
ダム
<“/tp.dom”>
ここヴァッサーブルグ水力発電ダムは連邦内のほぼ全ての電力を供給する巨大な施設である。
「な?来てよかっただろ?」
シレナが柵にもたれかけながら言った。
マオは黙ってダムから噴き出る滝を見つめた。水滴はまるで宝石のように光り、一塊になって物凄い音を立てながら下に落ちていった。飛んだ水の粒が額に当たり、皮膚を撫でるように伝っていった。
「............すげえな。」
マオは太陽の光を受けて輝き、落ちていく水滴に微笑みかけた。
「そりゃそうだよ。」
シレナは自分のトライデントを見つめた。
「ウチが後を継ぐんだからね。」
「女番長が発電所の後継か....。こりゃまいったな。」
そう言うとマオとシレナは笑った。
<“emotional expression.sadness”>
笑って笑いまくった。
<“emotional expression.solitude”>
一生分笑った。
<“emotional expression.Isolation”>
これ以上無いほどに笑った。
<“emotional expression.chagrin”>
まるで今から来る不吉な事から目線を逸らすように笑い狂った。
<“emotional expression.abguvat”>
そして笑い終わった時には二人ともクタクタに疲れていた。
「..............アテーナーは何で酷い事をしたんだ?」
シレナが呟いたのをマオは聞いた。だが何も答えなかった。
「それにしても腹へったなー。」
マオが言った。
「ならウチの家で食って行けばいいじゃん。」
シレナが答えた。
彼らの頭上の空は、まるで全てを見据えているか如く夕日で紅く染まっていた。
普通の食事
学生のマオにとって肉は高級食材と言っても過言ではなかった。
今彼の前には豪華な食事が並んでいた。全てシレナの母親が作った物だ。
「どうしたんだい?マオ君。」
モリヤ氏が水を飲みながら言った。
「ジャンジャン食べな。今日は特別に黒龍の肉を使ったんだから。」
普通の牛肉や豚肉でも豪華なのに、本物のドラゴンの肉となると頭がクラクラする。
人工肉はラーメンのチャーシューに使われているが、本物は食べた事が無かった。
いや、「食べた事がない。」ではなく「食べれない。」の方が正しいだろう。
値段もそうなのだが、マオにはもう一つ理由があった。
それは彼が悪魔族だからだ。
悪魔族にはルールがあり、悪魔族に生まれて来てからにはそれを一生守らなければならない。そのルールの中で特に重要なものは「ドラゴンの肉を食べてはならない。」と言うものだ。神話の中でドラゴンは神聖な生き物や威厳のある者に例えられており、アトランイティス連邦の国旗にもドラゴンが絵描かれている。
「あ!そうだ!」
シレナが叫んだ。
「確かマオって悪魔族だろ?ドラゴンの肉は食べれないんじゃ無い?」
「うん。まあ、もうすぐケブドだから。」
マオが腕時計を見ながら答えた。
「ケブドって何だ?」
「ケブドは午後の18時から20時の間のドラゴンの肉を食べて良い時間の事を言うんだ。確かどっかの詩人が考え出したような......誰だったっけ?」
「フェライン・ムンヘンヴェルグ。統一帝国時代の詩人、軍人。」
モリヤ氏がまるで読み上げるように答えた。
「悪魔族内のルールに当時初めて背き、酒と女性をこよなく愛した。中でも彼が考え出したケブドは今や悪魔族のルールに組み込まれている。一時期は帝国の幹部でもあった。神話内では勇者に1人で立ち向かい、「悪魔はお前だ!」という言葉を残して死んだとされているが本当の死因はおろか、彼の遺体がその後どうなったのかも分かっていない。」
「何でそんな事知っているんだ?オヤジ。」
シレナが不思議そうにモリヤ氏の顔を眺めた。
「僕は学生時代に神話の研究をしていたんだ。」
モリヤ氏はモジャモジャの髭を撫でた。
「だけど丁度論文が書き終わった時に海軍に徴兵されてね。掃海任務に配属されたよ。おかげでもう泳げないけど。」
そう言うとモリヤ氏は腰を曲げた。何と彼の下半身は無かったのだ。
「.........戦争は何でも奪っていく。僕の場合は下半身だったけど僕の部隊の一人は機雷に当たって命ごと持って行かれた。」
部屋中が静かになった。
「……..あ、今ケブドになったわ。」
静粛を破りマオは黒龍の肉にかぶりついた。
肉汁がほとばしって、この世で一番素晴らしい味だった。
モリヤ氏は甲高く笑った。まるで今までの事を忘れて笑っているようだった。
マオはガツガツと口に詰め込んだ。
別に腹は減ってなかったが、彼の眼からは涙がポロポロと流れ出て皿の上に落ちた。
落ちた涙は油に避けられて皿の隅に追いやられた。
時は流れ、マオはシレナ一家に礼を言った。
「別に礼はいらん。」
モリヤ氏が言った。
「また辛い事があったら来なさい。」
「1人で大丈夫?」
シレナがマオの目を覗き込みながら言った。
「おん。もうすぐバスが来るから、それに乗ってシティに帰るよ。」
<“tp.Bus”>
バスに乗ると
<“/tp.Bus”>
マオは窓の外の暗闇を見た。車がすれ違って行く。
ガードレールが白線となって流れるように過ぎて行った........。
バスの車内にはマオしかいなかった。時々蛍光灯がチカチカと点滅して、バスの車体は少し軋んだ。
………..特に何にも無いな..........。
マオは思った。
バスの振動が心地良いリズムでマオを持ち上げた。
マオはうつらうつらガラスにもたれた。
振動が体を揺らす。
バスが揺れる。
揺れる。
揺れ...........。
狙撃
首都トロイメの中央駅に到着したなら、一番に目を引くのは大通りの奥に向かい合いながら鎮座している連邦議事堂だろう。
アラニアス紛争で共和国が行ったトロイメ大空襲から奇跡的に爆撃されなかった希少な統一帝国時代の建物だ。
遠くから見ても大きく見えるのだから、近くによると、その大きさに圧倒される。
面積47.555平方メートル、地上7階。
ここを統治していた統一帝国の藩の役所だっただけあって、外壁は大理石で造られており、内部の装飾は息を呑むほどの美しさだ。
だがこの連邦議事堂には血みどろの歴史が隠されている。
ここトロイメは「始まりの地」という広大な盆地の上に交易都市として発展した。
しかし突如現れた勇者とその仲間たちに襲撃され、一夜にしてこの役所は死体の山と化した。
この襲撃事件が統一帝国が滅びた第一歩だと言われている。
奇妙な事に神話にはこの始まりの地から勇者は生まれたと記されているが、当時奇跡的に残った戸籍報告書を見てもそんなエルフが住んでいたとは何処にも書いていないのだ。
勇者はこの時、集まって来た野次馬に対して演説し、自分達は統一帝国政府を倒すと宣言した。神話によると自分が統一帝国のトップになる野望があったらしいが正確な目的は分かっていない。
だが、当時の人間の中では統一帝国の弾圧などに反対する者が多く、殆どが勇者に協力した。
当時の藩主で奇跡的に生存したロルフ・コヴォルトスキー卿は勇者の仲間については三人いたと称している。
一人目は女性で勇者の命令によく従い、自身の妻ザロータ・コヴォルトスキーの首を両手剣で跳ね飛ばした。
二人目は役所の外に脱出した者を狙撃した狙撃手。
彼が使っていたのは弓では無く、当時統一帝国内で新たな戦力として極秘に研究されていた火縄銃を使ったとされる。
三人目は魔法使いだ。
彼女は突入時に門を爆発させ、勇者とその仲間が中で暴れている間は戸口にとどまり火炎放射の魔法で駆けつけた治安維持隊を焼き殺していったらしい。
そんな歴史に残る連邦議事堂では今重要な会議がされている。
そしてその向かい側の大きな高級ホテルの最上階では奇妙な事が起きた。
ホテルの窓のほとんどが大通りのスクランブル交差点の方に向いているのだが、その窓の一つが静かに開いたのだ。
通行人は特に気にしてはいなかったが、次の瞬間
タァン!!!!
空気をつんざく銃声が聞こえ、スクランブル交差点を渡っていた男性の頭が吹き飛んだ。
そしてその後ろにいた二人の学生が血を流しながら将棋倒しになった。さらに後ろにいた人魚は返り血を浴びて放心状態だ。
タァン!!!!
今度は人魚が車椅子から力無く落ちた。
「撃たれたぞ!!!」
誰かの叫び声でスクランブル交差点は大混乱になった。
近くの店舗に走って逃げる人、物陰に隠れて震えてる人、何も出来ずただしゃがんで小さくなっている人、撃たれて力無く倒れる人。
何処からも叫び声が上がり、その度にあの特徴的な銃声が聞こえた。
<“tp.Hotel”>
その頃
<”/tp.Hotel“>
「もうそろそろ、いいですか?」
元連邦警察の狙撃手S1は開け放した対物ライフルを構えながら電話越しに聞いた。
返事は無かった。
「了解。早く逃げます。」
S1は電話を切ると対物ライフルの片付けにかかった。
この対物ライフルはところどころに蝶つがいが付いているらしく、わずか1分であんなに大きかったライフルは靴箱ぐらいの大きさになった。それをリュックサックの中に入れるとS1は足早にエレベーターの方に向かった。
ドアがスーッと開き、中から三人の紳士が出て来た。そしてまるで行手を塞ぐように廊下に横並びになった。
「ちょっと、通ります。」
そう言い三人の間に割り込もうとするS1の後頭部に何か固い物がコツンッと当たった。
振り返ると何処から出て来たのか四人目の紳士が消音器付きのピストルを向けていた。
「動くな。」
ピストルを向けながら男はいった。
「僕は急いでいるんですよ。」
S1はまた前を向いた。するとまたエレベーターが開き、今度は一人の男が旧式のMP40サブマシンガンを構えながらソロリソロリと出て来た。
たちまちS1は男達に囲まれてしまった。
「連邦諜報庁だ。」
またピストルを向けた男が言った。
だがその喋り方は少しぎこちなく感じた。
S1は男達を見てニヤリと笑った。
「嘘つけ。お前らは連邦諜報庁の奴らじゃないな。かと言ってムー共和国捜査院でもない。」
「なんでそんな事が言える!!」
サブマシンガンの銃口がS1の顔に突きつけられた。
「へ。肌の焼け具合だよ。ここら辺はアラニアス砂漠が近いから日差しもキツい。だけどお前らの肌はスルスルの白色じゃないか。」
男達は後退りをし始めた。そしてS1は追い打ちをかけるように叫んだ。
「お前らはレムリア王室情報捜査部の奴らだな!!!」
次の瞬間、男の持っていたMP40が火を吹いた。
<捜査部のターン。乱射>
S1は最も簡単に弾丸を避けると、サブマシンガンの男に飛びかかり、とナイフをポケットから取り出した。
それから行き良いよく男の胸に突き刺した。
ナイフは滑るように皮膚を切り裂き、動脈を貫通した。
<ガード。反撃に100ダメージ>
男は呻き声を上げた後に力無く床に倒れた。
血がじわじわと廊下のラグを赤色に染めている。
S1はナイフを引き抜くと、唖然としている捜査員に向かって笑いかけた。
「こ・ん・ど・わ・だ・れ・を・や・ろ・うか・な。」
その笑い方はこの世の物とは思えない、狂気地味た笑顔だった。目の前にいるのは人間ではなくバケモノだった。
他の捜査員は一目散にエレベーターに向かって走り出した。
<捜査員は逃げようとしている。追いかけるか?>
→<追いかける>
<追いかけない>
その後ろをS1はナイフ片手につむじ風のように追いかけた。
捜査員達はエレベーターにたどり着くとボタンを連打した。
そしてドアの隙間が手の幅ぐらいになった時、なんとS1が滑り込んで来たのだ。
到底人間業とは思えないぐらい早業だ。
呆気に取られている捜査員は次々に倒れていき、フロントに付く頃にはエレベーター内の床は内臓まみれになっていた。
<捜査員に100ダメージ!>
<S1の勝利>
フロントは銃声のせいで人影は無かった。
ただS1のナイフからねっとりと滴る血が小さくピシャッピシャッと音を立てながら、床にワインレッド色の点を残していった。
ガラス戸を押し開けると、そのまま連邦議事堂の方面へ足早に歩き出した。
もう日は暮れかけていて、遠くから救急車のサイレンが聞こえて来た。
S1はビルとビルの間にパカっと開いている路地に入った。
電灯も何も無く真っ暗だったが、目が慣れてくると辺りの光景が見え始めた。
手前には統一帝国時代の古い女性用の戦闘鎧を着た人物が立っていた。しかし手に持っているのは剣などではなく、UZIサブマシンガンだ。
「アテーナーさんか。」
S1は恭しくお辞儀をした。
「表は上手く行ったようですね。そういえば例のナイフは?」
アテーナーが言った。もう元のアテーナーの面影は全くない。
「大丈夫ですよ。」
S1は自慢げにポケットに手を突っ込んだ。
そしてナイフの柄がポケットから顔を出した次の瞬間、ガチャリと後ろから金属音がした。
「後ろを見ない方がいいぜ。兄さん。」
背後から女性の声が聞こえた。
アテーナーはサブマシンガンを構えかけたが、何かを見ると怯えたように下に下ろした。
「アテーナー。銃を捨てろ。」
また別の女性の声。
その時、固まっているS1の肩の高さから何か筒状の物が後ろからニューッと突き出したのだ。
それは他でもないミニガンだった。
「さて、兄さん。あんた何で狙撃したんだ?」
「僕は何も知りませんよ?」
S1は前を向いたまま言った。
その時急にアテーナーがカタカタと震え出した。
「ゾー.......ラ........。」
アテーナーの口から掠れるような声が出た。
「タ.....スケ.....テ。モウ......ムリ。」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?