ヤバい女にタゲられて人生をめちゃくちゃにされそうになった結果、なぜか小説家になった話【第6話:鬱になり借金を重ねる】

前回でマユミが僕についての虚言を吹聴していたと書いたが、実はすべてが事実と異なるわけではない。
借金はあった。
ピーク時で200万円を越えるぐらい。
ただ、借金をした経緯はマユミの話と異なるし、そもそもマユミは僕の借金の事実を知らない。

一時期、マユミの生活費を負担させられていた。
交際開始から2か月経つか経たないかぐらいのころ、前職の退職金で暮らしていたはずのマユミが突然、貯金が底をついたと言い出した。口座には3万円しか残っていないという。そして金がなくなったのはおまえが原因だと、難癖をつけてきた。
金目当ての寄生虫みたいに言われるのは不本意だったが、僕の中に甘えがあったのは事実だ。
付き合い始める前後、外食の際にマユミから何度かご馳走されたことがある。財布を取り出そうとする僕を「いいから。お金ならあるから」と制して、マユミが代金を支払った。高級店ではなかったけど「お金ならあるから」なんて台詞を吐けるとは、ずいぶん余裕があるんだなと思った。前職が大手の有名ゲームメーカーとはいえ10年も勤めていないはずなのに、いったいいくら退職金をもらったのだろうと不思議に思っていた。
実際にはその時点で預金残高が少なくなっていたのに、見栄を張っただけのようだが。
パチスロに有り金ぜんぶ突っ込むときもそうだが、マユミの金遣いは信じられないほど刹那的だった。ごく近い将来すらまったく見えていないかのようだった。マユミにとって、浪費は一種の自傷行動だったのかもしれない。

ともかく、そういう経緯のせいでマユミには余裕があると思っていた。
だからといって彼女に集ったりはしないが、家計の負担をきっちり等分するようなこともしていなかった。そもそも一緒に暮らすつもりもなく、自宅に帰りたいのに帰れずに長い足止めを食らっているというのが僕の認識なので、家計の話し合いなどする道理もないのだが。
僕はほとんどの食事を勤務先のコンビニの廃棄弁当で済ませていたが、機嫌が良いときのマユミは、手料理を振る舞ってくれることもあった。あれが負担だったということらしい。
金も入れないのにアパートに寝泊まりする穀潰しのように言われた。
バンドがもっと売れると思っていたのにあてが外れた、というふうなことも言われた。数か月でバンドを取り巻く状況がそんなに劇的に変化するわけもないのはマユミもわかっているはずなので、たんに僕を傷つけたかっただけだろう。わかっていても、やはり傷つく。
けっして多くはない楽しい記憶を、真っ黒なペンキでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた気分だった。

罪悪感を押しつけるようなやり方は気に入らなかったが、僕にはもはや、まともに戦う気力すらなくなっていた。
とりあえず手もとにある金を渡し、そこからずるずると毎月の家賃や水光熱費を負担させられるようになった。
とはいえ僕だって収入源はコンビニバイトで、たいした稼ぎはない。音楽活動に至っては、収入より支出のほうが多い有り様だった。マユミと付き合い始めてからまったく帰れなくなったものの、自宅アパートの家賃だって払い続けなければならない。マユミからは自分のアパートを引き払うよう勧められたが、それだけはぜったいに嫌だった。アパートは僕にとって最後の命綱だった。引き払ってしまえば完全に逃げ場所がなくなる。

いま書いていて気づいたが、マユミの狙いはそれだったのかもしれない。
僕を経済的に追い込み、アパートを引き払わせて最後の逃げ場所を奪う。
……考えすぎだろうか。わからない。目的のために手段を選ばない卑劣さを考えるとありえる気がするけど、刹那的な金遣いの荒さを思うと、そこまでの計算はできていなかった気もする。

マユミに金を渡すと、手もとにはほとんど残らなかった。
それでも、感謝してくれるならまだよかった。
マユミには僕への感謝も、他人に依存して申し訳ないという気持ちもないようだった。
それどころか、不安定になるといつもの修羅場が繰り返される。
眠っていたら側頭部に強い衝撃を受け、びっくりして飛び起きると、マユミが枕もとに仁王立ちしていたことがあった。虫の居所が悪くなり、僕の頭を蹴り上げたらしかった。いつ、どんな理由で不機嫌になって爆発するのか、まったく予測がつかないのだ。
そうでなくてもマユミが普通に動き回る六畳間の片隅で仮眠をとり、夜勤に向かう毎日だ。とても熟睡できる環境ではなかった。
慢性的な睡眠不足に陥り、つねに朦朧としているような状態が続いた。

働いた金を吸い上げられ、プライベートの自由を奪われ、バンド活動にも介入して創作の自由すら奪われる。
なんのために働いているのか、なんのために生きているかすら、わからなくなった。

ある日、僕はバイトを辞めた。
そしてその事実をマユミに伝えず、バイトに行くと言って自宅アパートに帰った。
およそ半年ぶりの帰宅だった。
熱気のこもった埃っぽい狭い部屋。
音楽で成功し、早くこの狭苦しいウサギ小屋から抜け出してやろうと思っていた安アパートを、こんなに恋しく思う日が来るとは。
僕は使い慣れたシングルベッドで不足していた睡眠を補い、起きてからは、TSUTAYAで借りてきた映画をひたすら観続けた。
それから毎日毎日、アルバイトと嘘をついて自宅に帰り、映画を観た。
5本で1,000円のレンタルだったのに、2~3日ごとにTSUTAYAに通って新たにレンタルした。おかげですぐにポイントが貯まり、ポイントでさらにレンタルできた。

その間、当然収入はない。
もともと貯蓄もない。
実家も太いどころか激細で、ときどき家族から借金の無心をされるほどだった。

僕は信販会社のカードを作り、キャッシングした金で生活するようになった。返済日が近づいてくると、さらにキャッシングしてその金で返済した。
そんなことをしていたら、すぐに借入が限度額に達してしまう。そうなると別の信販会社でカードを作り、またキャッシングした。
新しいカードを作ると寿命が延びた気になるが、まぎれもない錯覚だった。アルバイトの身分なので、一社のキャッシング限度額はせいぜい20万から30万円だ。次々に新しいカードを作らないといけなかった。

キャッシングした金をバイト代と偽り、マユミに渡した。
残った金をTSUTAYAのビデオレンタル代に充てた。
金がなくなってくると、次はどこの信販会社でカードを作れるか調べた。働こうとは思わなかった。働ける気がしなかった。
そんな生活が長く続くわけもない。
ひと月に何度も返済日がやってくるようになり、借金は雪だるま式に膨らんだ。
いちばんよくないのは、そんな状況でありながら危機感が湧いてこないことだった。
やばいなー、このままではよくないなー、とは、漫然と思うのだ。
でもそれだけだった。
どうでもよかった。
このまま首が回らなくなったら、人生を終わらせればいいだけだと自暴自棄になっていた。
最終的には有名どころの信販会社を網羅してしまい、実話誌の裏表紙に載っているような怪しげな金融会社に電話してみた。
『1,000万即日融資!! おまとめローン 他社で断られた方もご連絡ください』
みたいに謳っている、あれだ。

断られた。
本当に金がなくて、稼ぐあてすらない人間には、怪しげな業者も金を貸してくれないらしい。
このときばかりは、断られてよかったのかもしれないが。

当時の僕は、完全に鬱状態だった。
どちらかというと自分を楽天家だと思っているが、あのときばかりは無理だった。
前を向けなかったし、希望を持てなかった。
マユミの支配から逃れることを諦め、緩やかに死に向かっていく感覚があった。

マユミは口論したり、なにか気に入らないことがあると「死にたい」と口癖のようにこぼした。
その言葉を聞くと、僕は激しい脱力感に襲われるようになった。全身から力が抜け、立っているのもつらくなるのだ。
パブロフの犬のような条件反射。

「死にたい」

その瞬間にがくんと力が抜け、すべての感情が萎む。
僕のほうが死にたいよ。
完全に支配され、洗脳されていた。
(続く)

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