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第7回『壊れた脳 生存する知』山田規畝子著

闘病記の場合、もし同じタイトルで単行本と文庫本があるのならば、迷わず文庫本をお勧めする。なぜならば、皆さんが知りたがっている出版されてからのその後、すなわち後日談が、文庫本には必ずといってよいぐらい書き加えられているからだ。今回紹介するのも文庫本の方だ。

●タイトルが社会に与えたインパクト

 単行本の初版が発行されたのが2004年2月26日である。
 その当時、脳に重篤な病気を患った医師の書いた闘病記など、ほとんど存在しなかった。
 さらに、「脳が壊れた」しかし「知は生存している」という衝撃的なタイトルに、医療従事者は驚きをもって、患者やその家族は希望をもって読書したことと思う。
 かなりの重版を繰り返したと聞く。文庫本は、それから5年半後に発刊された。

 著者は東京女子医大学在学中に、脳梗塞(一過性脳虚血発作)と脳出血を発症し、モヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)の持病が発覚する。
 その後、整形外科医として勤務し、結婚して男児を出産する。
 34歳の時に再び脳出血と脳梗塞を発症し、後遺症として重度の高次脳機能障害に悩み続けることとなる。
 生活面での苦労や対処法など豊富に語られているので、高次脳機能障害者やその家族、医療従事者にはとても参考になる内容である。

●症状には必ず科学的理由がある

 実家は香川県高松市にあり、父親は整形外科病院の院長である。
最初に発症した時、脳外科の先生から「外科はやめたほうがいい。もっと楽な科を選びなさい」といわれた。
しかし、反骨精神の著者は、あえて父と同じ整形外科医となった。
 その精神はその後の人生にも溢れている。とりわけ高次脳機能障害として毎日繰り返す失敗も、必ず科学的理由があり、それを知ることは障害を乗り越えていくための大きな助けになると考えた。
 鈍くなった手足の動き、読めなくなった本や新聞、失った記憶力や嚥下機能など、自らが実験台となって実践した工夫や訓練を記録していく。その積み重ねが本書になったわけだ。
 また、患者のやる気をそぐST(言語聴覚士)やPT(理学療法士)などセラピストたちへの苦言は、今もなお重要な指摘として肝に銘じてほしい。

●50ページに及ぶ追加された経験「脳には学ぶ力がある」

 文庫版序文「あきらめないで!」、文庫版あとがき「『脳の中のもうひとりの私』、そして『今の私』」が文庫本に書き加えられた。合計で50ページもある。これが文庫本をお勧めする理由だ。
 その中で、単行本出版後に見出した希望の光を記している。
 具合の悪い状態をそのまま耐えて生きていくつもりだった。
 ところが、小さなステップを日常の中で積み重ねていくことで調和を取り戻し、「脳は普通に暮らすことを最終的に少しずつ学習していける」ことを知った。
 自らの体験から、壊れた脳でも学ぶ力があると結論づけ、読者に生きる勇気を与えているのだ。

■書籍情報
山田規畝子(やまだ・きくこ)著『壊れた脳 生存する知』 2009年11月25日 ㈱角川学芸出版刊 定価880円⑩

<初出>
NPO法人Reジョブ大阪発行の情報誌「脳に何かがあったとき」2022年7月号

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