本当に人それぞれ

うちの両親、両方とも変わった人達なんです。変わった、というのは一応オブラートに包んだ言い方で、はっきり言えば「嫌な」ということになります。

殴ったりといった身体的な虐待は大きくなってからはなかったので、それだけは幸いでしたが、主なものは精神的な虐待。特に印象に残っているのは、何もしていないのに突然母が幼い私を突き飛ばし尻もちをついたこと、あとはこれも母ですが、私や姉を見るたび「みたくない」と言っていたことです。みたくないとは、方言で「醜い」という意味です。

当時、辛いのは自分たちだけなのか?という気持ちになったものですが、今はニュースなど見ていても親が子を死なせるといった悲惨なニュースが後を絶ちませんし、自分はまだまだいい方だったのだ、ということは分かります。それでも子供が親に軽口を叩けるような、そういう「普通」の家庭に生まれたかったな、という気持ちはあります。

でも今日はそういう暗い話だけを書きたいわけではありませんのでご安心を。あ、でもここまでで既に暗いですね。ムリな方はスルーして下さいませ(^^)

さて。高校生だったある日のことです。夕食を食べながら、私がうっかり母に口ごたえをしてしまったことがありました。高校生ぐらいになってからは、母のことは嫌な人だなとは思いつつも全然怖いとは思わなくなっていたので、理不尽なことを言われたりした時には反抗していました。ただし、父がいないところで。 

父がいると、相当面倒くさいことになるからです。普段は無口な印象でしたが、ちょっとしたことがすぐ逆鱗に触れて怒鳴り散らすような人でした。明らかにこちらに非がないことでも関係ない。ものすごい大声で、おかしな目つきでわめき散らし、もう手がつけられない。最後は必ずこちらが「ごめんなさい」と言わされる。悪いなんて、一ミリも思っていないのに。

その時も、「あーあ、やっちゃった。」と、自分の失態に内心舌打ちをしつつ、嵐が過ぎ去るのを身を固くして待っていました。すると、父は最後に、「俺はしらふだからなっ‼」とヤクザのような口調で捨て台詞を吐いたのです。酒乱気味なところのある人だったので、それを自覚していたのだな、と今となっては思うのですが、当時はそんなことより何より、その台詞と口調がゾッとするほど気持ち悪く、穢らわしく、自分の父親がそんな事をいう人間であるということが耐えられなくなっていました。これが一回二回の話ならまだいいのですが、日常的にそういう感じでしたので、一人で抱えきれなくなっていたんです(唯一の同志である姉は、すでに一人立ちして家を出ていました)。それでどうしたか。

ある日、誰でもいいから話を聞いて欲しくて、クラスメイトの一人にその話を打ち明けたのです。するとその子は、あろう事か私の話を聞くなり、「あはははははは‼」と笑い出しました。「俺はシラフだからなだってー。あはははははは〜」と。

私は心底驚きました。あはははははは?私はこんなに深刻なのに?いつもいつも精神的に追い詰められて、もう限界で、家出できるものならしたい、でもその勇気もない自分が嫌いで、生きてるだけで毎日必死なのに、あはははははは?

でも、その時私は彼女に憤りと失望を感じながらも、別の感覚も生まれたような気がしました。人って、考え方や感じ方が、こんなにも違うものなんだ、と。

そもそも、なぜその子を相談相手に選んだのか。(さっき誰でもいいからとは書きましたが、実際は誰でもいい訳ではないですね。無意識に選んでいたとは思います。)たまたまその時、一時的に仲が良かったのがその子だったということもあるのですが、それよりも彼女が温かい家庭に育っているということが普段の会話の端々から感じられる、幸せそうな子だったからだと思います(名前も幸恵ちゃんといいました)。そういう子がこの話を聞いてどんな反応を示すのか。同情だろうか、驚きだろうか。好奇心もありました。あとは、私もその子が生きているような普通の世界に行きたい、というすがるような気持ちもあったかも知れません。

しかし、蓋を開けてみると、全く予想外の反応。いや、あの…私、本当にすごく落ち込んでいて、悲しくて、多分あなたも私の立場だったら笑っていられないと思うんだけど…あの、でも、あはははははは?

…人って、本当にひとり一人、考え方も感じ方も、違うものなのですね。

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