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処理水放出「反対」3つの理由

長期保管・除去技術開発に切り替えよ

(2021年6月号より)

 本誌5月号で「処理水放出の前にやるべきことをやれ!」という記事を掲載した。本稿では、東京電力福島第一原発敷地内に溜まり続けている浄化処理済み・処理待ちの汚染水(以下、処理水と表記)を海洋放出する計画について、本誌が反対する理由を3点に絞って主張したい。

 福島第一原発では毎日140㌧もの汚染水が発生する。多核種除去設備(ALPS)などの浄化設備で処理が行われているが、放射性物質トリチウム(半減期12・3年)だけは取り除けないため、原発敷地内のタンクに溜め続けている。

 タンク用地に限界があるため、対応策が話し合われてきたが、4月13日、国は2年後をめどに処理水を希釈し海洋放出する方針を決定。処理方法の中で最もコストが安く確実に実行できることが決め手となった。

 しかし、本誌は海洋放出すべきでないと考える。理由の1つは健康被害を懸念する声があることだ。

 トリチウムは自然界にも存在し、人間の体内にも存在している。放射線エネルギーは極めて弱く、通常の原子力施設で発生したトリチウムは、各国の法定告示濃度限度(日本は1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出している。汚染水抑制策として実施されているサブドレンや地下水バイパスも運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じ、海洋放出されている。

 だが、反原発のスタンスを取る団体・科学者は古くから「原発周辺でトリチウムの健康被害が発生している」と指摘している。

 一般社団法人被曝と健康研究プロジェクト(栃木県那須町、田代真人代表)が発行する『ヒバクと健康LETTER』2021年5月臨時号によると、カナダの原子炉周辺では小児白血病が増加しており、国内でも佐賀県の九州電力玄海原発稼働後、周辺での白血病の有意な増加が報告された。その背景にはトリチウムがあったと考えられている。

 北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏によると、トリチウムは体内に入ると「トリチウム水」として、尿や汗となり体外に排出される。生物学的半減期は約10日前後だという。ただ、水素と同じ化学的性質を持つため、体内でタンパク質、糖、脂肪などの有機物と結合し、「有機結合型トリチウム」となる。こうなると、通常より排泄が遅くなり、年単位で結合した部位に留まり、放射線を出し続ける。環境中で生物濃縮が起こることも考えると、決して安全とは言い難い、と。

 そのため海外では飲料水中のトリチウムに関する基準値を低く定めている国が多いが、日本は排出基準だけしか定められておらず、飲料水として体内に取り込んでしまうリスクがある。2003年、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏らが提出した国際核融合実験装置の誘致見直しを求める嘆願書でも、トリチウムの危険性を指摘していた(西尾氏の新著『被曝インフォデミック』を基にした同誌の解説記事より抜粋)。

 こうした意見を国はどう受け止めているのか。昨年4月から7月末にかけて募集した処理水への書面意見について、今年4月、経済産業省が「考え方」を公表したが、そこには次のように書かれている。

 《〇体内に入ったトリチウムは 10 日程度で放射能の半分が体外へ排出されます。タンパク質などの有機物に結合したトリチウム(有機結合型トリチウム)でも、多くは40日程度で半分が体外へ排出されるため、体内に長期にわたり蓄積されることはありません。

 〇また、これまでの動物実験や疫学研究から、「トリチウムが他の放射線や核種と比べて特別に生体影響が大きい」という事実は認められていません。国内外の原子力施設からも、各国の規制基準を遵守しつつ、トリチウムが放出されていますが、それらの施設の周辺において共通に見られるトリチウムが原因と考えられる影響は見つかっていません。

 〇放射線による発がんのリスクは、被ばく線量が年間100㍉シーベルト以下の場合は、他の要因による発がんの影響に隠れてしまうほど小さいことが分かっています》

 要するに、トリチウムによる健康不安説を否定し、海洋放出しても問題ないと主張しているわけ。とは言え、不安を抱える人がいる以上、一方的に進めるのではなく、国・東電が説明・議論を尽くしていくべきだ。

 理由の2つは東電への不信感だ。原発敷地内のタンクにはトリチウム以外にも除去し切れていない放射性物質が含まれている。東電は二次処理を行い、さらに海水で100倍以上に希釈することで、トリチウムやその他の放射性物質の濃度を薄めて海洋放出する考えを示している。

 昨年行われた試験では1000㌧の処理水が基準値以下に下がった。放出基準はサブドレンや地下水バイパスと同様の1㍑当たり1500ベクレル以下で、WHOの飲料水水質ガイドラインの7分の1程度。

 しかし、本誌4月号でも触れた通り、福島第一原発や新潟県の柏崎刈羽原発で連続不祥事を起こしている東電だけに、どこかで「二次処理前の処理水を流した」、「希釈せずに放出してしまった」などのミスが起きる懸念は拭えない。東電刑事裁判への対応や賠償の実質的な打ち切り、原子力損害賠償紛争解決センターからの和解案受け入れ拒否などを見ると、開き直って責任を認めない可能性もある。県民の東電に対する信頼度はそこまで落ちているということだ。30~40年かかるとされる海洋放出作業を東電に任せていいのか。

放出してもタンクは残る

 理由の3つは、「海洋放出すれば復興・廃炉が前進する」という主張への疑問だ。国はトリチウムの年間放出総量を22兆ベクレル以下と定め、処理水はいまも日々増え続けていることを考えると、今後もタンクはすぐに減らない見通しだ(朝日新聞デジタル4月19日付配信)。

 国はタンクが敷地を占有して廃炉作業の支障になること、長期保管に伴い老朽化や災害による漏洩リスクが高まること、タンクの存在自体がいわゆる風評被害につながること、立地自治体も復興を進めるうえで早期決着を望んでいることなどを海洋放出の理由に掲げる。だが、たとえ海洋放出を始めても、タンクがすぐ撤去されるわけでないとすれば、急いで放出する理由にはならない。

 前述の通り、健康被害の懸念があり、国外からも不安の声が上がる現状を踏まえると、無理に放出すべきではない。それならトリチウムが半減期を迎え、放射線量が低下するのを待ちながら、除去技術の開発に国を挙げて取り組む方が効率的ではないか。近畿大学をはじめ、国内外で研究が進んでおり、資金面も含め国が支援すれば実用化に近付くはずだ。

 有識者・技術者などで構成される市民団体「原子力市民委員会」は石油基地などで使用されている堅牢な大型タンクに移し替える案や、モルタル固化案を提案している。また、タンク用地には、原発周辺の中間貯蔵施設の敷地を地権者に頼んで活用させてもらったり、福島第二原発敷地に搬送する案も提案されている。

 国はこの間、現行の法律やルールなどを理由にこれらの代替案に消極的だったが、リスクが高い海洋放出から長期保管へと方針転換し、本気で準備に取り組むべきだ。

 そもそも健康被害に関する議論をはじめ、これらの事実が国民に広く知られているとは言い難い。「世界の原発でトリチウムを放出しているのになぜ福島だけダメなのか」という指摘もあるが、本質は「処理したとはいえ、『原発事故で発生した放射性廃棄物』を海に捨てていいのか」という問題だろう。廃炉や原発廃棄物の処理問題と併せて、先送りせず議論しなければならない。

 まずは全国で公聴会などを開き、国民的な議論に広めていくところからやり直す必要がある。風評被害への賠償はその後にすべき話だ。



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