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独自の甲状腺検査で地域に寄り添う那須町の団体

コロナ禍で懸念される受検低下


 原発事故発生時、18歳以下だった県民を対象に行われている甲状腺検査。県内では必要かつ当然の検査としてすっかり定着しているが、県外では福島県と放射能汚染レベルがほとんど変わらない場所も見られるのに、同検査は行われていない。そうした状況を危惧し、独自に同検査を行ってきた民間組織が栃木県那須町にあるが、新型コロナウイルスの感染拡大で活動縮小を余儀なくされている。被曝への不安を抱える地域の人たちに寄り添ってきた民間組織の地道な活動を、ここで途切れさせてはならない。

 福島県の南側に接する栃木県。同県北の那須地方はリゾート・観光地として知られるが、一帯の那須町、那須塩原市、大田原市北部、矢板市北部、日光市などは原発事故により福島県の中通りと同程度の放射能汚染に見舞われた。

 文部科学省が行った航空機モニタリングによると、那須地方は1平方㍍当たり6万~10万ベクレルの汚染レベルであったことが確認されている。

 「法律では、1平方㍍当たり4万ベクレル以上のものは『放射線管理区域』の外に持ち出すことができない。原発が立地する福島の汚染レベルばかり注目が集まるのは致し方ないが、隣県でも同程度の汚染レベルが見られることを認識してほしいですね」

 こう話すのは一般社団法人「被曝と健康研究プロジェクト」(那須町)の代表を務める田代真人さん。

 もともとは新聞記者で、千葉県に暮らしていたが、引退後は田舎暮らしがしたいと2007年12月、奥さんと那須町に移住した。

 理想の住まいを建て、自然の中で悠々自適の生活を楽しんでいた田代さんだったが、移住して4年後の2011年3月、震災と原発事故が発生。以降、描いていた老後の人生設計にはなかった現在の活動に突き進むこととなった。

 「私は長崎で生まれ、広島で学生時代を過ごし、今、那須町で暮らしています。原爆の被爆地と原発事故の被災地につながる人生を歩んできたのは単なる偶然ですが(苦笑)、放射能については若いころから関心を持っていました」(同)

 もっとも、田代さんは内部被曝についてはほとんど無知だった。

 「チェルノブイリ原発事故について勉強すると、5年後から子どもの甲状腺がんが増えていることが分かった。国内でも原発労働者が被曝の影響とみられる病気で亡くなっていることを知った。そうした中で私の周囲を見渡すと、小さな子どもを持つ若い親たちを中心に、福島第一原発事故の影響を心配する声が多く聞かれたのです」(同)

 那須地方は中通りと汚染レベルが変わらないのに、除染や食品検査といった国の対策は福島県に特化し、隣県の被害は〝なかったこと〟にされたのだから、住民の不安が増すのは当然だ。

 そこで田代さんは、大学教授らを通じて科学者や医師らを募り、一般市民が内部被曝について学び、情報発信する「市民と科学者の内部被曝問題研究会」を2012年1月に発足させた。

 「那須地方の首長たちは復興庁に対し『福島と変わらない対策を講じてほしい』と再三申し入れたが、聞き入れてもらえなかった。議員立法でつくられた子ども・被災者支援法も理念法にとどまり、有効な対策の実現には至らなかった。つまり、福島以外にも不安を抱える人はいるのに、その人たちを支える仕組みは存在しなかった。とりわけ甲状腺検査は、子どもに受けさせたいという親が大勢いるのに、国は実施対象を福島の子どものみとした」(同)

 自分は民間人だし、医療人でもないが、困っている人たちを放っておくわけにはいかない――正直、決心するまでには時間を要したが、田代さんは那須地方で甲状腺検査を受けられる体制を築くため、2014年12月、前述の「被曝と健康研究プロジェクト」を立ち上げた。

 「協力してくれる医師、看護師を探し、検査機器をレンタルしてくれるところを探し、手伝ってくれるボランティアを募るなど、1回目の検査をスタートさせるまではとにかく苦労の連続でした」(同)

 特に苦労したことが二つあったという。一つは医師の確保だ。

 「甲状腺の専門医は栃木県内にたくさんいるし、那須地方にもいる。しかし、原発事故を起因とする甲状腺検査に協力してくれる医師はいませんでした。実は福島県の『甲状腺評価部会』で座長を務める鈴木元・国際医療福祉大学クリニック院長は栃木県の『放射線による健康影響に関する有識者会議』座長で、那須塩原市の放射能対策アドバイザーでもあるため、鈴木さんを気にしてか手を挙げる地元医師は皆無だった」(同)

 そしてもう一つが資金の工面。

 「1回の検査に約30万円かかるが、毎回寄付を募って何とか行っているのが実情です」(同)

検査をめぐり家族分断


 第1回検査は2015年3月、いわき市の放射能測定所「たらちね」と北海道がんセンターの西尾正道名誉院長の協力を得て、那須塩原市で行われた。実施人数は50人。

 以降、第2回は同年6月、那須町で100人。第3回は2016年5月、那須塩原市で100人。第4回は同年10月、同市で70人。第5回は2017年7月、大田原市で70人。第6回は同年11月、那須塩原市で70人。第7回は2018年4月、同市で70人。第8回は同年10月、同市で70人。第9回は2019年5月、那須町で70人。第10回は同年10月、那須塩原市で70人に検査を行ってきた。受検費用は無料だ。

 これらの協力者を見ると、前述・西尾氏ら県内外の医師、栃木県民医連、栃木県保健医療生協、日本キリスト教団東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」といった名前が連なり、様々な支援者に支えられて継続してきたことが分かる。

 「日本キリスト教団東北教区は毎回、甲状腺検査機器をレンタルしてくれています。西尾先生をはじめ医師たちも、わざわざ県外から駆け付けてくれます。そのほかボランティアの方も検査がスムーズに進むよう手伝ってくれて、皆さんには本当に感謝しています」(同)

 福島県が30万人規模で検査を行っているのに対し、1回の検査で70人という人数は「微々たるものかもしれない」と田代さんは言うが、一民間組織がボランティアで取り組んできたことは称賛に値する。

 そんな田代さんは、検査を受ける親子を見てきて感じたことがあるという。

 「若い親たちは『将来、子どもに何かあっては大変だ』と心配しているが、年寄りたちは『大したことない』とあまり気にしていない。先ほども言ったように、那須地方の汚染レベルは中通りと変わらないのに、国は必要な対策を〝意図的に〟行わなかったから、年寄りは危機感を抱かなかったのです」(同)

 その結果、起きたのが、福島県内でも見られた家族内の分断だった。

 「那須地方は3世代以上で暮らす家庭が多い。そうした中で見られたのが、年寄りは自分のつくった農作物を孫に食べさせたいが、内部被曝を心配する親はこの辺の田畑で採れたものは食べさせたくないという構図です。若い親の中には自主避難を考えた人も少なくなかったので、同居する年寄りとの軋轢はかなりあったと聞いています」(同)

 そうした世代間ギャップが、親たちに甲状腺検査を受けにくくしている側面があるというのだ。

 「親は心配なので、子どもに甲状腺検査を受けさせたいが、年寄りは『そんな検査、受けさせる必要があるのか』という考えなので『年寄りの目が気になって、検査会場に足を運びにくい』という声をよく耳にしました。中にはコソコソと隠れるようにして検査会場に来る親もいたほどです」(同)

 実際、那須町では当時の町長が親たちの不安を払拭するため、早い段階から町独自に無料で甲状腺検査や尿検査を受けられる体制を整えたという。ところが、受検費用は無料にもかかわらず、町長が期待したほど受検率は上がらなかったという。

 「町長は困惑していたが、それだけ指定病院が遠いことと年寄りの目を気にする親が多かったということです」(同)

 ただ、検査を受けさせたい親が多かったことは、数値からハッキリと表れている。2016年6月、那須町教育委員会が町内の3中学校と7小学校に通う児童・生徒の保護者にアンケート調査を行ったところ「今まで子どもに甲状腺検査を受けさせたことがあるか」という質問に「ある」と答えた人は53・27%、「ない」と答えた人は48・30%。また、同町が検査を受ける人に助成を行っていることを「知らなかった」と答えた人に「今後検査を受けさせたいか」と尋ねると「受けさせたい」が84・5%、「受けさせたくない」が12・5%、「受けさせたいが受けさせられない」が3%という結果が示されたのだ。

 子どもの内部被曝を心配しているのは、直接の被災地である福島県の親だけでないことがよく分かる。

継続にこそ意味がある

 ただ一方で、町の受検率が上がらない〝矛盾〟を受け、田代さんは、検査を病院ではなく公民館等を借りて行い、場所も那須町に固定するのではなく、那須塩原市や大田原市などに出向くことで、親たちが少しでも足を運びやすい環境づくりに努めたのだ。

 「よく『なぜ、あなたたちはここまでして検査をやるんですか』と聞かれます。確かに準備は大変だし、持ち出しも多くて赤字です。それでも検査をやるのは、今の子どもたちに、原発に依存する社会をつくってしまった我々大人の責任と考えるからです。以前『政経東北』さんのインタビューを受けていた小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)もよく口にしていますが、贖罪の気持ちなんでしょうね。今より少しでも良い社会を、子どもたちに残してあげたい。だから(検査を)やる、それだけです。その結果、甲状腺がんが見つからず、子どもたちが健康に育ってくれればそれでいいじゃないですか」(同)

 ちなみにこれまでの検査で、子どもたちに異常が見つかったケースはあるのか。

 田代さんによると、判定は〝福島方式〟に倣い、A1、A2、B、Cという4段階に分けているが、B判定が数人いた程度で、あとは全員がA1、A2判定だという。

 「私たちはプライバシーに配慮する観点から、結果の詳細な集計・分析は行っておらず、公表もしていません。私たちの目的は、地域の人たちに検査を受けて安心してもらうことなので、目的が果たせればそれで十分と考えています」(同)

 結果を知り、安心する親たちには必ず「年1回は検査を受けた方がいい」と勧めてきた田代さん。しかし今年5月に予定していた第11回検査は、新型コロナウイルスの感染拡大で中止を余儀なくされた。秋以降に予定している第12回検査も「無理だろう」と田代さんは肩を落とす。

 田代さんが強く心配するのは、親たちの心理面に与える影響だ。すなわち、新型コロナウイルスで世の中が混乱する中、「今はそれ(甲状腺検査)どころではない」と受検をやめてしまうと、いざ検査が再開されたとき「原発事故から10年以上経っているし、もう検査を受けなくてもいいか」と考える人が増えるのではないかという懸念だ。

 実際、第11回検査の告知を通じて親たちの心理面の変化を強く感じさせられたという。

 「告知は3月から始めて、その時点では中止する考えはなかったが、いつもならチラシを撒くと数件の問い合わせがあるのに、今回は1件もなかった。年を追うごとに問い合わせは減る傾向にあったとはいえ、ゼロは初めての経験でした」(同)

 継続してきた事業が一度途絶えてしまうと、再開させるのは難しい。ノウハウが薄れてしまうし、スタッフの手際も鈍くなる。今まで受検していた人たちが再び受検するか、新規の受検者が現れるかという問題もある。何より、資金が工面できるかどうかも不透明だ。

 それでも田代さんは「継続することにこそ意味がある」と強く考えている。

 「原発事故から10年も経てば、被災地以外では『まだ放射能の心配をしているのか』という人が大勢だと思います。しかし、たとえ少数派であっても私たちは声を上げ続けるしかないのです。そして声を上げ続ければ、気付いてくれる人は必ず現れます。たった一人でも真実に気付いてくれれば『私たちの活動には意義があった』と誇っていい」(同)

 もう一つ、検査を続けてきて分かったことは、さまざまな理屈に振り回されるのではなく、目の前の実態を信じる大切さだ。

 「原発事故後、被曝に無知だった私たち一般市民は、科学者・研究者たちの理屈に散々振り回された。とはいえ、放射能のことを正しく理解するには科学者・研究者たちの協力が不可欠なので、すべての理屈が不要とは言わないが、大切なのは実態をきちんと捉え、そこを切り口に真実を見極めようとする姿勢を忘れないことです」(同)

 最近の出来事で言うと、今年3月にあったJR常磐線全線開通への違和感だ。

 震災の大津波で線路が寸断され、富岡―浪江間(20・8㌔)が不通となっていた常磐線は3月14日、約9年ぶりに全線がつながった。新型コロナウイルスの感染拡大で記念セレモニーは縮小されたが、それでも開通区間の駅には大勢の住民や鉄道ファンが詰めかけるなど、祝福ムードに包まれた。

目の前の実態を信じる

 しかし、自身もその日、富岡町の夜ノ森駅に足を運んだ田代さんは、全線開通を素直に喜ぶ気持ちになれなかったという。
 「明るい面だけスポットを当て、暗い面、すなわち駅や線路など周辺の放射線量について報じるマスコミが皆無だったからです」(同)

 田代さんは専門家が使用するアロカ社のシンチレーション・サーベイメーターを持ち込み、富岡駅、夜ノ森駅、大野駅、双葉駅、浪江駅の放射線量を測定。その結果、駅ホームでは0・23㍃シ ーベルトを超える場所が相次いで見つかり、富岡駅近くの国道6号では約1・7㍃シ ーベルト、夜ノ森駅から30㍍ほど離れた宅地では約4・6㍃シ ーベルト、大熊町の国道6号では約1・1㍃シ ーベルト(いずれも毎時)など高い数値が検出された(『ヒバクと健康LETTER』3月25日号掲載)。

 「客が乗り降りする場所ですら基準値を超える箇所があり、そのまま駅を利用させることに疑問を感じました。マスコミは全線開通を『復興のシンボル』と報じたが、私には到底そうは思えません」(同)

 サーベイメーターが示す数値=目の前の実態を知る田代さんだからこそ、感じ取った疑問と言える。

 「新型コロナウイルスが収束しなければ活動再開は難しいだろう」と話す田代さん。しかし、甲状腺検査を取りやめるつもりはないという。コロナ禍で原発事故関連の問題は霞みつつあるが、内部被曝の影響が長く続くことを踏まえれば、むしろ今後の検査が大切になると田代さんは訴える。

 直接の被災地以外で地域住民の不安に寄り添ってきた民間組織の地道な活動を、ここで途切れさせてはならない。「被曝と健康研究プロジェクト」への寄付および同プロジェクト発行『ヒバクと健康LETTER』購読(年間5000円)の申し込みは下記へお寄せください。

*問い合わせ先は同プロジェクトHPか、田代真人さん(栃木県
 那須町高久丙407-997、☎0287-76-3601)まで



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