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【原発】「廃炉法」整備を提言する旧ソ連研究者


未知の作業に対する国の責任を明確にせよ

 11月16、17日、福島市のコラッセふくしまで日本自治学会の第19回総会・研究会が開かれた。その中で、原発事故で避難を余儀なくされた自治体の再建課題が議論され、旧ソ連研究者の尾松亮氏が、事故を起こしたチェルノブイリ原発の廃炉作業に従事する作業員とその家族のために建設された町の姿を報告した。

 尾松氏は1978(昭和53)年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科修士課程修了。2004(平成16)〜2007(平成19)年にかけて文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大学文学部大学院に留学。ロシア語に堪能で、現地の論文・報告書を詳細に読み解く中でチェルノブイリ原発事故における法整備や住民への補償・健康調査、甲状腺がんの発症状況などを知り得るようになった。著書に『チェルノブイリという経験』(岩波書店)、『フクシマ6年後 消されゆく被害』(人文書院、日野行介氏との共著)などがある。

 そんな尾松氏が今回の研究会で報告したのは、チェルノブイリ原発から50㌔、ウクライナの首都キエフ市から180㌔に位置するスラブチチ市という町についてだ。

 スラブチチ市はチェルノブイリ原発事故から5カ月後の1986年10月、同原発から30㌔圏に設定された強制避難区域に暮らしていた元住民や廃炉作業に従事する作業員のために建設することが当時のソ連共産党中央委員会等によりトップダウンで決定され、1988年3月から居住を開始した。建設された場所はチェルニゴフ州だが、行政上の帰属はキエフ州となっている。面積は7・5平方㌔。人口は2万5000人で、このうち18歳未満は7000人。

 実は、日本ではあまり知られていないが、チェルノブイリ原発は事故後も停止していなかった。事故を起こしたのは4号ブロックだが、それ以外の1~3号ブロックでは引き続き発電を行っていたのだ。その後、2号ブロックは1991年に火災で停止、1号ブロックは1996年、3号ブロックは2000年に稼働を停止した。つまり、同原発は事故後も14年間にわたり稼働していたことになる。

 「国営のチェルノブイリ原発社に勤めていた作業員は、1995年に1万2000人いました。それが完全停止した2000年には9000人に減り、2013年には2600人まで激減しました」(尾松氏)

 2000年当時、スラブチチ市の産業構造は発・送電が99・7%、軽工業が0・2%、食品が0・1%。住民のほとんどがチェルノブイリ原発に勤務する中、同原発の完全停止は失業者が大量に創出されることを意味する。

 「完全停止しても廃炉作業は残るので、一定の雇用が確保される見通しはありました。ただ、全員の雇用を継続するのは不可能です。そこでウクライナの中央議会が何をしたかというと、スラブチチ市を救済するためのさまざまな法整備を行ったのです」(同)

 例えば、2000年9月の大統領令「チェルノブイリ原発閉鎖に伴う措置」では、失業した作業員の社会保障を含むプログラム策定とそのための組織委員会を設立した。同年11月のウクライナ内閣決議「チェルノブイリ原発閉鎖に関連したチェルノブイリ原発作業員とスラブチチ市民の社会的保護に関する施策」では、保健省が同市向けの雇用創出プログラムを策定したり、外務省がG7に対し同市を保護するための支援を要請した。2001年10月のウクライナ内閣決議「スラブチチ市民とチェルノブイリ原発作業員のための追加雇用創出プログラム」では、国営企業を設立して1000人相当の雇用を創出したり、他地域の国営企業で再雇用を行うなどした。

 「福島の原発事故でも国は福島復興再生特措法をつくったが、ウクライナは国の人口5000万人のうち2万5000人が暮らす小さな市のためだけに中央議会が特別な法整備を行ったのです」(同)

 経済特区制度も設けられた。具体的には、スラブチチ市に進出する企業に対し6年間の税制優遇措置を講じたり、輸入関税、輸入時の付加価値税、法人税を免除したり、貿易取引で得た外貨のウクライナ通貨への両替義務を免除するなどした。

 「国内企業が輸出で稼いだ外貨はウクライナ通貨に両替しなければならない規則ですが、ウクライナ通貨は乱高下が激しく、企業誘致の足かせになっていました。それを、スラブチチ市に限っては免除されたのです」(同)

 これによりスラブチチ市には進出企業が相次ぎ、毎年100人前後、多い年で200人近くの新規雇用が創出された。当然、失業率も年々下がり、2000年には6・65%だったのが2012年には1・7%にまで改善した。同年のウクライナの失業率は8・6%だから、同市がさまざまな法整備によって優遇されていることが分かる。

廃炉は国の責任で進めよ

 「100%近くチェルノブイリ原発に依存していた産業構造も、2012年には電子・光学設備装置43・2%、紙パルプ14・5%、金属製品14%、ゴム・プラスチック製品11・1%と多角化され、発・送電は11・7%にとどまっています」(同)

 これに伴い市税収入に占めるチェルノブイリ原発社の割合も、2000年には89・9%だったのが、2012年には49%にまで下がった。

 とはいえ産業の多角化に成功しても、チェルノブイリ原発の廃炉作業は長期間続くわけだし、その成否がスラブチチ市の将来を揺るがすのは言うまでもない。

 「そこでウクライナでは、1998年に成立させた『チェルノブイリ廃炉法』で廃炉完了の必要条件を法的に定義し、関連する『廃炉プログラム法』で廃炉工程を定める一方、作業員の給与や社会保障、健康管理についても国家予算で対応することを(チェルノブイリ廃炉法で)明文化したのです」(同)

 例えば、以前勤めていた職場の付属医療機関(作業員専門医療機関)の利用継続を認めたり、雇用契約が解消された作業員に平均月給以上の一時金を支給したり、他地域に移住する場合は50カ月分の課税前最低月額収入を保証したり、解雇された非就労年金受給者には老齢年金月額の上乗せ支給を行うなど、作業員が安心して廃炉作業に臨めるよう国の責任に基づいて手厚い支援策を講じているのだ。

 「廃炉拠点の自治体、作業員の権利、廃炉完了の要件を法律で定義する意義は①世紀を超えて引き継がれる廃炉作業の工程や予算確保を担保したうえで、自治体や住民の今後の方向性を考えることができる、②世界でも先例のないリスクを伴う廃炉作業について、さまざまな保障を法的に確約することで高技能作業員の確保につなげる一方、安心して働ける環境を整えることができる、③廃炉を法的に定めることで事業者判断で計画を変更したり作業を中断することが不可能になり、変更時には中央議会のチェックや法改正が必要になる――等々が挙げられます。日本では同様の法律がないまま廃炉作業が進められており、早急に法整備する必要があると思います」(同)

 日本では、廃炉工程の策定や作業内容を東京電力に丸投げし、原子力規制委員会は助言を行うのみで、原子力損害賠償・廃炉等支援機構は支援する立場にすぎない。ウクライナのように国が前面に立つ仕組みを法的につくらないと、被害を負った自治体の再建、作業員の保護・確保はもちろん、チェルノブイリ原発より困難な福島第一原発の廃炉を完了させるのは不可能だろう。


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