希釈放出を「決定」したのは一体誰?―【春橋哲史】フクイチ事故は継続中⑯

(2021年7月号より)

 東京電力・福島第一原子力発電所(以後、「フクイチ」と略)で増え続ける汚染水(放射性液体廃棄物)の処分方法について、東電HDが本年4月16日に方針を、5月27日に設備の設計・運用案を発表しました。(注1・2)

 政府や東電が何を言おうとも、私の立場・考えは当連載の第1回(2020年4月号/注3)で書いた通りで、変わっていません。

 今回の東電の発表は、4月13日の第5回・関係閣僚等会議(注4)で決定された基本方針(注5)を受けてのものです。今回は「出発点」である、この基本方針の矛盾や問題点について取り上げます。

 紙幅の関係も有るので、大きく4点指摘します。

 最大の問題は、(希釈放出の)決定主体が曖昧であることです。

 東電へは「…具体的な放出設備の設置等の準備を進めることを求め」ています(注6)。原子力災害対策本部長(=内閣総理大臣)からの指示・命令とは書いてありません。

 会議では、東電HDの小早川智明社長も「…本日、お示しいただきました処理水の処分に関する基本方針案につきまして、当社として重く受け止め…」と発言しています(注7)。「指示された」ではなく、「重く受け止め」です。

 希釈放出の決定主体は、原子力災害対策本部長なのでしょうか? 事業者の東電HDなのでしょうか?

 「求め」とは、指示なのか、要望なのか、どちらとも解釈できます。意図的に曖昧な文言を用いて明確にせず、政府は東電に「求めた」、東電は「政府の求めに応じた」と、両者とも都合よく言い訳して責任を分散・曖昧化する構図を作り上げたように見えます。下衆の勘繰りと言われるかも知れませんが、主語(決定主体)を曖昧にしたまま、希釈放出を既成事実化させる意図ではないでしょうか。

 2点目に指摘したいのが、これまでの経緯を無視した決定であることです。

 方針の「(2)基本方針の決定に至る経緯」では、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会の報告書、約3ヶ月に及ぶ意見募集で4000件超の意見が寄せられたこと、7回の「ご意見を伺う場」には触れていますが、ALPS小委の公聴会で放出反対を訴える市民の意見に答えられなかったこと、放出に反対の意見が多く寄せられたことには触れていません。自らに都合の悪い意見をかき消しており、これでは「決定に至る経緯」ではありません。まるで経緯を無視しています。「政府から都合よく見た経緯」でしょう。

 3点目が、所謂「風評被害」(注8)が発生することを事実上、認めながら、政府が賠償責任から逃げていることです。

 基本方針案の9頁以降には、複数回に渡って「風評影響を最大限抑制」という文言が登場します。「最大限抑制」です。つまり、「風評被害をゼロにはできない(=規模はともかく、風評被害は発生する)」ことを認めているのです。国民生活を守る責務を負っている政府が、どうして今回のような方針を決定出来るのでしょうか。

 しかも、その被害の賠償については「東京電力を指導する」としています(注9)。これは、決定主体を意図的に曖昧にしたこととセットになっているとも受け取れます。「希釈放出」を原子力災害対策本部長の指示・命令にすると、賠償が政府の責任になりかねないので(=国費での賠償支払いを求められる)、それから逃れようとしているのではないかと思われます。

 4点目が、汚染水の地上保管の継続を否定する理由が、全く合理的でないことです。

 地上保管を選択できない理由は「自治体等の理解や…認可取得が必要…、実施までに相当な調整と時間を要する」とされていますが(注10)、海洋への希釈放出なら、「自治体等の理解」は不要なのでしょうか? 「実施までに調整と時間を要しない」のでしょうか?

 「理解」や「認可取得」や「調整と時間」が必要なのは、希釈放出も同様でしょう。

 地上保管継続の為なら調整しないけど、環境中へ放出する為なら調整するということですね。

 以上4点を踏まえると、第5回・関係閣僚等会議の決定は、フクイチ事故で発生している放射性廃棄物の処理・処分に関する責任(賠償責任を含む)を意図的に曖昧にし、保管・管理の手間を極力省きたいという発想から練り上げられたものとしか思えません。

 今後も国策として原子力(核発電)を利活用していきたい、所謂「原子力ムラ」の立場からすれば、放射性廃棄物の保管・管理や賠償の責任に費やすリソースを極力軽減する方向に持っていきたいのは、寧ろ当然でしょう。

 東電が5月に希釈放出の設備設計方針を公表した後、議論や報道の焦点は設備設計や賠償の基準に移りつつあります。その主役は東電です。私には、政府が「東電を批判や議論の矢面に立たせ、自らは東電を支えつつ、その陰に隠れる」というポジションにつこうとしているように見えます。そして残念ながら、それは成功しつつあります。巧妙であり、卑怯でもあります。

 政府の責任逃れの対応を許してはなりません。国策の結果としての核災害なのですから、それによって生じた放射性廃棄物は、環境中に拡散させないことを前提に、それこそ国策として、長期の保管・管理を求めていくべきです。

 気を付けなければいけないのは、放出設備の設計詳細や賠償の基準といった「方法論」の土俵に乗せられないことです。どのような設備設計にせよ、賠償基準にせよ、その目的は「放射性液体廃棄物を海洋へ希釈放出する」ことです。方法論の土俵に乗って、実施方法の議論に誘導されると、政府・東電に「希釈放出に合意した」と見做されかねません。

 政府・東電には「方法論」ではなく、あくまでも「環境中への放出反対・地上保管継続」という「そもそも論」で対応していくべきでしょう。

 注1

 注2

 注3

 注4
 「廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議」。

 注5
 東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針(案)。

 注6
 基本方針案9頁の⑤。

 注7
 議事録7頁。

 注8
 便宜上、閣僚会議の決定文書に従って「風評」と記載。

 注9
 基本方針案13頁。

 注10
 基本方針案4頁。 

春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ


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