見出し画像

原発事故と小児甲状腺がんは本当に無関係なのか(宗川吉汪)

県立医大「不可解論文」に公開質問

(2021年3月号より)

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故から、この3月で丸10年が経ちます。安倍晋三前首相は2013年9月、「フクシマはアンダーコントロールされている」と言ってオリンピック招致を実現しました。しかし、事故直後に出された緊急事態宣言は未だ解除されていません。

 たまり続ける放射能汚染水、るいるいと積まれた放射能汚染土、取り除けないデブリ、遅々として進まない廃炉作業、帰還できない多くの避難者――事故は少しも収束していません。

 福島の事故は「原発安全神話」を崩壊させました。原発は、現在未完の「有望技術」ではなく、永劫未完の「絶望技術」です。原発事故の核心は放射能の恐怖と放射線被ばくです。巨大な放射能災害を避ける道は原発ゼロ社会をつくること以外にありません。

 「原発安全神話」に代わって、いま「放射能安全神話」が登場してきました。新しい神話のもとで被ばく安全論が喧伝され、避難者の帰還促進や原発再稼働が進められています。

 「放射能安全神話」に対する最大の障害物は福島における小児甲状腺がんです。甲状腺がんの被ばく発症が解明されると「神話」の核心部分が突き崩されるからです。

評価部会の呆れた理屈


 チェルノブイリ原発事故では小児甲状腺がんが多発しました。それを受けて、福島県は原発事故後、18歳以下全員の約37万人を対象に甲状腺検査を行いました。

 まず、2011年10月から2014年3月までに先行検査を行いました。目的は、事故時点での子供たちの甲状腺の状態を把握することでした。チェルノブイリの小児甲状腺がんは事故後4~5年で急増したとされていました。先行検査で事故前の甲状腺がんを見つけることができるだろうと考えたのです。

 2014年4月からは2年ごとに本格検査が実施されました。事故の影響は本格検査で発見できるはず、というわけです。1回目の本格検査は2014~2015年度に、2回目は2016~2017年度に、そして3回目が2018~2019年度に行われました。2020年度からは4回目の本格検査が行われています。

 甲状腺がんの判定は超音波(エコー)検査と甲状腺細胞を直接調べる細胞検査(細胞診)によって行われています。これまで細胞診で「悪性ないし悪性疑い」と判定された252人のうち203人が手術を受けましたが、そのうち良性は1人だけでした(ここでは「悪性ないし悪性疑い」を単に「甲状腺がん」と表記します)。表1にこれまでに発見された患者数を示しました。

画像1

 福島県は、事故により飛散した放射性物質の放射線量に応じて4地域に分けて検査を実施しました。避難地域の13市町村を「最高線量地域」、中通りを「高線量地域」、避難地域以外の浜通りを「中線量地域」、会津地方を「低線量地域」としました。いずれの検査も避難地域から始め、順次会津地方へと至っています。

 避難地域の先行検査(2011年10月~2012年3月)では、対象者4万7766人のうち4万1473人が受診し、検査の結果、14人に甲状腺がんが発見されました。10万人あたりにすると34人ほどになります。

 これまで、小児甲状腺がんはまれな病気で100万人あたり2~3人と言われていました。先行検査ではほとんど見つからないと期待されていたので、この結果は驚きをもって迎えられました。

 二つの可能性が考えられました。一つは原発事故の放射能によって多数の甲状腺がんが〝発症〟した。もう一つは大規模スクリーニングで多数の甲状腺がんが〝発見〟された。

 強く懸念されたのは前者の可能性です。しかし、甲状腺がんは多くの場合、自覚症状のない不顕性で経過すること、1年という短期間にこれだけ多数の発症があることは従来知られていなかったことから後者の可能性も十分考えられました。

 先行検査は2014年3月に終了しましたが、地域別の甲状腺がんの〝発見率〟には大きな差がありませんでした(表2)。

画像2

 この結果を受け、福島県「県民健康調査」検討委員会(以下、検討委員会と略)は2016年3月、〝発見〟された甲状腺がんは放射線の影響とは考えにくいとする「中間とりまとめ」を発表しました。

 先行検査に続く1回目の本格検査は2014年4月から2016年3月に行われ、71人に甲状腺がんが〝発見〟されました。ここで〝発見〟された甲状腺がんは「先行検査以降のおよそ2年間に〝発症〟したがん」ということになります。

 甲状腺検査を担当している福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター(センター長・神谷研二教授、以下、県立医大県民健康管理センターと略)は1回目本格検査の結果から、1年間で甲状腺がんが地域別に10万人あたり何人〝発症〟したかを発表しました(表3、県立医大資料より)。

画像3

 甲状腺がんの〝発症率〟は「最高線量地域」の避難地域で最も高く、以下「高線量地域」の中通り、「中線量地域」の浜通り、「低線量地域」の会津地方の順でした。

 検討委員会に設置された「甲状腺検査評価部会」(以下、評価部会と略)の第8回会合が2017年11月30日に開かれ、席上、表3に示した「県立医大資料」が配布されました。甲状腺がんの〝発症〟に放射線量による地域差があったことから「甲状腺がんは原発事故で飛散した放射性物質の被ばくによって発症した」と結論付けられるものと思われました。

 ところが評価部会は、2017年11月から2019年6月の1年半をかけて「県立医大資料」の結果を否定したのです。

 2019年6月3日に開かれた第13回評価部会では「現時点において甲状腺検査本格検査(検査2回目)で発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」とする「評価部会まとめ」を発表しました。「悪性ないし悪性疑いの発見率を単純に4地域で比較した場合においては、差があるように見えるが、それには検査実施年度、先行検査からの検査間隔など多くの要因が影響しており、それらの要因を考慮した解析を行う必要がある」といった理屈を並べました。

 すなわち評価部会は、地域ごとの〝発症率〟の比較は誤りである、と言い出したのです。同じ地域内でも年齢および市町村により甲状腺線量は多様である、だから、甲状腺吸収線量と甲状腺がんの〝発見率〟との相関を、性別、年齢、検査年度、検査間隔などを調整して解析する必要がある、と言うのです。

 検討委員会は「先行検査では地域ごとの甲状腺がんの〝発見率〟が変わらないから〝発症〟と原発事故とは関係ない」と言っていました。ところが本格検査で地域差が出てくると、評価部会が「地域差の結果は信用できない」と言い始めたのです。ご都合主義とはこのことではないでしょうか。

 評価部会は甲状腺吸収線量として国連科学委員会の推計値に目をつけ、それを使って線量と甲状腺がんの〝発見率〟との関係を調べ、発見率と線量との間には関連がなかったとして「評価部会まとめ」を発表したのです。

 評価部会のやり方について、鈴木元・同部会長が第2回放射線医学県民健康管理センター国際シンポジウム(2020年2月)で説明しましたが、その解析方法は取って付けたもので欺瞞に満ちています。

 主な問題点を以下に示します。

 ▽そもそも国連科学委員会の甲状腺吸収線量はあまりに過小評価で信頼性に乏しい。甲状腺中のヨウ素の直接測定は少なく、放射性物質の大気拡散シミュレーションや地表降下量などから推定したものにすぎない。

 ▽性別、年齢、検査年度、検査間隔を調整して解析したというが、いずれの調整でもほとんど同じ結果で、調整の効果がほとんど見られない。高線量でむしろ〝発症率〟が下がってしまうケースもあった。

 ▽結局、評価部会は国連科学委員会の甲状腺吸収線量を用いて、地域差が出ないように新たな地域分けをしたにすぎない。

 個々人の甲状腺吸収線量を知らない限り、線量関係を厳密に求めることはできませんが、しかし、それは不可能です。評価部会は初めに結論ありきで、適当な地域分けをすることで「県立医大資料」の結果を否定したのです。

著者への質問はお門違い!?

 1回目の本格検査で示された「県立医大資料」に基づいて、原発事故の被災者に発生した甲状腺がんの原因が放射線被ばくであることを明らかにする目的で、2019年12月13日、「原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会」(略称「明らかにする会」)が設立されました。

 「明らかにする会」では前記「評価部会まとめ」を検討し、検討委員会、評価部会、県立医大県民健康管理センターに以下の内容を記した要請書(2020年2月5日付)を送りました。

 ▽「県立医大資料」から、放射線量に相関して甲状腺がんが発見されているにもかかわらず、何故、貴委員会をはじめ評価部会や県立医大がそのことを明確に主張しないのか。その理由を明らかにしていただきたい。

 ▽被ばくにより発症した甲状腺がん患者の救済は急務であり、健康調査・検査の充実と拡大、医療費等の援助など、被害者救済には検討委員会の指導と協力が必須である。この点に関する貴委員会の見解をお示し願いたい。

 しかし、回答は何処からも寄せられませんでした。

 県立医大グループは、自ら発表した「県立医大資料」を否定する論文を雑誌『Epidemiology』(エピデミオロジー=「疫学」の意。2019年11月号)に発表しました。論文の筆頭著者は県立医大県民健康管理センターの大平哲也教授です。

 論文の表題は「福島第一原子力発電所事故後の外部被ばく線量、肥満および小児甲状腺がんリスク:福島県民健康調査」。論文の結論を以下に示します。

 ①個人外部被ばく線量と甲状腺がんの発生率とは関連しない。
 ②地域外部被ばく線量と甲状腺がんリスクの増加とは関連しない。
 ③肥満と甲状腺がん発生率との間には正の相関があった。

 「明らかにする会」では前述「エピデミオロジー論文」に発表されているデータを使い、内容を詳細に検討しました。その結果、「エピデミオロジー論文」とは真逆の結論が導き出されたのです。すなわち、

 ①個人外部被ばく線量に従って甲状腺がん発生率は高くなった。
 ②地域外部被ばく線量が大きい地域で甲状腺がんのリスクが増加した。
 ③肥満と甲状腺がん発生率との間に相関はなかった。

 つまり「エピデミオロジー論文」の結論は誤りで、むしろこの論文により、福島県における小児甲状腺がんの発症と被ばくとの関連が証明されたのです。

 県立医大グループが「エピデミオロジー論文」に示した結論と「明らかにする会」の検討結果が異なることから、当会では論文著者である大平教授をはじめとする県立医大グループに公開質問状(2020年11月1日付)を送付しました。

 公開質問状にした理由は、内容に賛同する個人・団体と一緒に提出したからです。送付時点で64人・13団体が名前を連ねました。

 公開質問状を送付したことを広く知らせるため、2020年11月13日に京都市内で記者会見を開きました。NHK、共同通信、毎日放送、毎日新聞、朝日新聞、京都新聞、産経新聞の7社が参加したのですが、残念ながら、どこも記事にはしてくれませんでした。

 後日、県立医大県民健康管理センターから公開質問状への回答として「この件に関しては、論文が掲載されたジャーナルにレターとして提出していただくのが適切と考えます」というメール連絡がありました。

 文句があるなら「エピデミオロジー」に反論文を出せ、著者への質問はお門違いだ、というわけです。

 「明らかにする会」としては到底納得できないため、次のような反論を直ちに送りました。

 「今回、福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センターからメール連絡をいただきましたが、同センターは、構成員が掲載した論文について、寄せられた質問に著者が答えることを認めていないのでしょうか。著者の意思で自ら答えるのではなく、同センターが返答することを選ばれたのでしょうか。研究発表論文に関して質問があった場合、論文著者が質問者に回答するのは科学の世界では通常のルールだと思いますが、いかがでしょうか」

「神話」は必ず滅びる

 原発事故で飛散した膨大な放射性物質により、広く環境が汚染されました。被ばくによって病気になるだけでなく、病気になるかもしれない恐怖も「重大な被害」です。「放射能安全神話」は被ばくから人びとの目をそらし、被害者を愚弄し、人権を侵害します。しかし、事実を誤魔化し人を惑わす「神話」は、いつか必ず滅びます。

 福島県の小児甲状腺がんが、原発事故の放射能によって発症したわけではないという主張、それが「放射能安全神話」の核心部分にあります。しかしながら本稿で示したように、その主張はいまや崩れつつあります。甲状腺がんの被ばく発症の事実が「神話」にとどめを刺すことになるでしょう。科学的事実は誰も否定できないからです。

 ただそうは言っても、検討委員会や評価部会は、福島県の甲状腺がんが被ばくにより発症したことを今後も容易には認めないでしょう。認めてしまえば「放射能安全神話」が崩壊し、国の原発再稼働方針に重大な支障を来たすからです。

 原発推進派の一つのやり口は、甲状腺がんの問題を学問論争にしておくことです。研究者の間で意見が一致しない、だからまだ結論は出せない、という事態を永遠と続けさせたいのです。

 それを突破する道は、心ある研究者だけでなく、多くの市民を巻き込んで検討委員会や評価部会を包囲していくことだと思います。県立医大や検討委員会・評価部会の中にも真面目な人は必ずいます。そういう人たちが声を上げられる環境づくりが大切だと思います。

 「明らかにする会」では今後も福島県における小児甲状腺がんの被ばく発症について科学的解析を続けていきます。同時に〝真実〟を広く市民に伝える活動も粘り強く続けていきます。みなさまのご協力をお願いする次第です。


宗川 吉汪(原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会代表)  

そうかわ・よしひろ 1939年生まれ。東京大学理学部生物化学科卒。理学博士。東大医科学研究所助手、京都大学ウイルス研究所助教授を経て京都工芸繊維大学教授。現在、京都工繊大名誉教授。

通販やってます↓




よろしければサポートお願いします!!