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【義母と娘のブルース】【桜沢鈴】なかなかのイナカ 奥会津移住日記④note版

(2021年8月号より)

「ぎぼむす」ドラマ化の衝撃

 奥会津へ移住して数カ月、バタバタしていた生活も次第に落ち着いてきた。

 生活習慣においては、夕食の後に近くの温泉に入りに行くという、なんとも贅沢なルーティンが組み込まれた。

 三島町の早戸温泉つるの湯は1200年の歴史がある薬湯で、湯治が目的のお客さんがたくさん来訪する。しかし夜の温泉は常連のご近所さんの憩いの場だ。新参者で、しかも人見知りの私はご近所さんに簡単な挨拶はできても、にぎやかなお喋りの輪に入れるわけもなく、淡々と体を洗う場として温泉を利用していた。

 田舎の噂は早いというのは本当だった。「最近温泉に来る女は、なんか移住してきた漫画家らしい」という情報は、私が名乗らなくてもいつの間にか皆さんの知るところになっていた。得体の知れない「自称漫画家」とどう距離をとって良いのか、互いに微妙な空気が漂っていたと思う(自意識過剰かもしれない)。

 そんなある日のこと、担当編集さんからメールが来た。人生がまるっと変わってしまうような、衝撃的なメールだ。

 「『義母と娘のブルース』がドラマ化します」

 ん? なんですって? 二度見、三度見してみる。

 「『義母と娘のブルース』がドラマ化します」

 一度メールを閉じてお茶を飲み干してから再び見てみる。

 「『義母と娘のブルース』がドラマ化します」

 私は膝から崩れ落ちた。

 いや、待て待て待て。信じられない。そうだ、こういう話は流れてしまう事も多いのだ。大きく落胆するのは嫌だから期待するのはやめよう。

 私は動揺する心を殺し、普段の生活を送ることにした。

 しかし、担当さんから怒涛のように来るドラマ情報は止まらなかった。メーンキャストは超絶有名国民的俳優、主題歌は圧倒的国民的歌手に決定。ここまで来ると放映は確定である。しかし心が追いついていないので「あ、自分はもう死ぬか植物人間になっていて都合のいい夢を見ているんだな」と真剣に考えた。

 そんな事を考えている間に怒涛のように撮影が始まり、放送が始まった。ドラマ原作者というのは台本を読ませて頂く事、応援する事、取材を受ける事以外、大した仕事がある訳ではない。

 おそらく一生に一回のドラマ化に関わりたい気持ちを組んでもらえたのか、ご好意でドラマ内の絵を描かせてもらったが(めちゃくちゃ嬉しかった)、概ねゆっくり、私は奥会津で自身の原作ドラマを楽しんだ。

 おかげさまでドラマは大変ご好評頂いた。そして話数が進むごとに温泉の常連さん達がポツリポツリと話しかけてくれるようになったのだ。

 温泉の脱衣所はドラマの話で盛り上がった。すると見知らぬお客さんまでもが声をかけてくれる。

 「え!? あのドラマの原作者さんなんですか」

 「はい! わたくし! 『義母と娘のブルース』原作者の桜沢鈴と申します!」

 気付けばすっぽんぽんで初対面の人と挨拶を交わしていた。

 ドラマ化もそうだが、一糸まとわぬ姿で自己紹介をする事があるなんて、本当に人生は何があるかわからない。

イラスト

 何度も何度も全裸で挨拶してゆくうち人見知りはどうでもよくなり、常連さんとの垣根も無くなっていったように思う。これが裸の付き合いというやつなのか。

 ドラマ化、私にとって本当に本当に素敵な出来事でした。


さくらざわ・りん 大阪府出身。漫画家。7年前に会津若松市に移住し、現在は奥会津で暮らす。代表作『義母と娘のブルース』はドラマ化されて大ヒットした。


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