処理水のトリチウム以外の放射能量―【春橋哲史】フクイチ事故は継続中⑱

 東京電力・福島第一原子力発電所(以後、「フクイチ」と略)では、今も汚染水(放射性液体廃棄物)が発生し続けています。タンクの空き容量は1日ごとに減少し、物理的限界は確実に近づいています。

 政府・東電は、「ALPS処理水」(注1・2)の海洋への希釈放出を目指しており、処理水に関する情報は「政府・東電が発信したいもの」が主体となっています。

 とは言え、フクイチの情報は東電しか持っていませんから、フクイチや汚染水の実態は東電の情報に当たるしか有りません。そこで、処理水の現状について、公開資料に基づいて情報を整理しました。

 先ず、本年7月末時点のタンク内貯留量と、「タイムリミット」までの見通しです(「まとめ1」)。

 現状だと、実質的な「タイムリミット」は概ね2022年末頃です。

 次に「本年5月時点の、ALPS処理水+処理途上水の核種別インベントリ」です(注3・4)。これについては「まとめ2」の通りですが、まとめの★にもあるように、「オーダー(桁数)」を掴む程度のものしか示せません。

 このような荒っぽい精度でしか示せないのは、計算の元とした資料の問題です(東電が6月4日に原子力規制委員会に提出/注5)。

 この資料には、タンク群ごとの濃度は記載されていますが、貯留量は未記載です。貯留量はタンクエリアごとにしか把握できません(東電はタンクエリアの中で複数の「タンク群」に分けてタンクを運用)。やむを得ず、エリアごとに、核種別の濃度の中央値を「平均濃度」として仮置きし、その値に貯留量を掛けました。

 タンク群ごとの貯留量が記載されていれば、タンク群ごとの核種別インベントリが計算できるので、単純に足し合わせれば、ほぼ正確なインベントリが分かるのですが、東電の情報の出し方が中途半端なので、このような手法を用いました。

 当連載でも何度か指摘しているように、処理水の核種・性状に関する情報は極めて不十分です(含まれる放射性核種の種類や量だけでなく、生物的・科学的性状も殆ど把握されていません)。政府・東電が国民に積極的に知らせているのは、トリチウムのインベントリ評価値だけで(注6)、それ以外の情報は殆ど出ていません。私が今回、荒っぽい精度であってもトリチウム以外の核種のインベントリを把握しようとしたのは、処理水の実態という「議論の前提」を少しでも詰めたかったからです。

 政府・東電は「処理水の含有核種・性状」の情報を適時且つ完全に公開せず、「議論・検討の前提」を自らに都合の良いように設定しています。
 「風評被害」という言葉も同様で、政府・東電に都合の良い言い換えです。「風評」ではなく、「核災害を起因とした一次産品や地域のブランド価値の毀損」「核災害を起因とした市場構造の変化」です(連載の第1回で詳述/注7)。

 核災害の責任者である政府・東電は「議論・検討の前提」を自らに都合良く設定し、それに基づいて結論(=処理水の海洋への希釈排水)を導きました。「自らに都合の良い結論を、真剣に検討した結果であるかのように装う」行為であり、世を欺くものです。

 政府・東電は、その「結論」に向けて歩みを進めており(注8・9)、原子力規制委員会も審査の体制を整えています(注10)。核災害を招いた当事者が、それによって発生した放射性廃棄物を意図的且つ大量に環境中に放出しようとしているのです。

 核のモラルハザードの前例を作ってはなりません。

 主権者も挙手傍観していれば、政府・東電の「共犯」となります。

 政府・東電へは、都合の良い前提条件での議論・検討が成り立たないよう、「処理水の性状・含有核種を徹底的に調べて公開せよ」「核災害でブランド価値を毀損させたことを認めよ」と、パブリックプレッシャーをかけ続けなければいけません。

 注1
  「ALPS」=多核種除去設備。放射性液体廃棄物(汚染水)に含まれる放射性核種の内、62種類を検出限界値未満まで除去可能な性能を有する。

 注2
 「処理水」=正確には「相対的に低濃度の放射性液体廃棄物」とすべきだが、便宜上、「処理水」と記載。

 注3
 「処理途上水」=一度はALPSを通しているものの、ALPSの性能通りに放射性核種が除去できていない液体廃棄物。

 注4
 「インベントリ」= inventory。「放射能量」の意味。

 注5
 PDFの5~32頁。

 注6
 2021年4月1日時点で約740兆ベクレル。筆者の計算とオーダーで一致しており、「まとめ2」の計算結果も実態にほぼ近いと思われる。

 注7
​ 「処理水」はタンク貯留を継続すべき(本誌2020年4月号)。

 注8
 8月24日、「ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議(第2回)」で、いわゆる「風評対策」の基本方針を決定。

 注9
 8月25日、東電HDは放出に関する設備の設計方針・賠償方針等を発表。

 注10
 東京電力福島第一原子力発電所 多核種除去設備等処理水の処分に係る実施計画に関する審査会合。


春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ


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