見出し画像

【桜沢鈴】なかなかのイナカ 奥会津移住日記③

(2021年7月号より)

新婚夫婦に起きた〝納豆事件〟

 奥会津でスタートした〝IT仙人〟との新婚生活は楽しかったが、小競り合いも多少あった。スピード婚だったため、相手を理解できていないことが多かったのだ。衝突の根本原因は、彼が私に「妻」の役割を求めたことに対し、私がそれを拒否したことだと思っている。

 象徴的な出来事が納豆事件だ。夫は毎日朝と晩に納豆を1パック食べる。ある日私は納豆の在庫を切らしてしまった。そのことに対して、彼は「なぜ君は納豆程度、毎日用意できないのか」と怒ったのである。その言い方に私はとてもショックを受けてしまった。

 『政経東北』の読者は男性が多いと思う。多くは彼の怒りに共感したと思うが、ちょっと待って、私の気持ちを聞いてほしい。

 私が料理をしたり洗濯をするのはあくまで愛情ゆえで、彼が私に生活費を渡すのも愛情ゆえという関係性でいたかった。そう、「愛」なのだ。私は「愛」で納豆を準備しているのに、納豆を切らしてしまったことに「義務を怠った」、「妻のくせに」という怒り方をされたことにショックを受けたのだ。

 結婚というのは、私という「個」を失い、夫のために尽くす「妻」という新種の生物に生まれ変わることなのか?と真剣に悩んだ。

 そもそも奥会津で、納豆を毎日2パック、1週間で14パック準備する大変さを分かっているのか?

 納豆は大体1個3パック入りで販売されている。1週間に必要なのは5個だが、1日3パック食べる日や全く食べない日もあるので、廃棄を出さないように分析して準備しなければならない。

奥会津移住日記カット3

 スーパーは車で片道40分以上の場所にあり、毎日買い物に行くのは不経済極まりない。行けて週1、2回である。一気に買いだめをしなければいけないため、今後1週間のメニューをあらかじめ決める必要があった。食材を買い漏らしたら食卓が大変悲しいことになるから、全神経を集中して買い物しているのに、加えて夫の〝納豆予想〟までしなければならないのか。

 この時の私はメニューと買い物リストの作成に毎日頭を使い、完全に仕事をする余裕がなくなっていた。自分で勝ち取った「漫画家」という「個」まで差し出し、毎日の食事と納豆を準備していた。それなのに、この男は納豆の準備は「義務」だと言ったのだ。

 私はこの時すぐに言い返せず「ごめんね」と謝った。上記のような理由を一瞬で相手に説明する頭の回転と、気持ちの整理ができなかった。小さないさかいだったが、私の中では自己を消失しそうな大事件だった。

 誰かが言っていた。「結婚とは領土争いの戦争だ」と。私は恐れず、彼に発言することにした。黙っていてはいけない、戦うのだ。自分を守るのだ。それが二人にとって幸せな未来につながるはずだ。

 幸運なことに彼はすぐに私の気持ちをわかってくれた。そしてIT系ならではの解決法として、買い物リスト作成プログラムを組んでくれた(結局うまく使えなかったが)。

 しかし、性格の悪い私はまだ当時のショックを忘れていない。復讐として、逆に絶対に納豆を切らさないことによって、「いついかなる時も納豆を食べなければいけない」というプレッシャーを与え続けている。


さくらざわ・りん 大阪府出身。漫画家。7年前に会津若松市に移住し、現在は奥会津で暮らす。代表作『義母と娘のブルース』はドラマ化されて大ヒットした。






よろしければサポートお願いします!!