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【新連載】「心中」に固執したいわきの男―【高橋ユキ】のこちら傍聴席①

「心中」に固執したいわきの男


 食べ物、芸能、コスメ……フリーライターにもそれぞれ守備範囲がある。私は主に、刑事裁判を傍聴し、また時に事件現場で取材をして記事を書くフリーライターとして活動している。もともと傍聴マニアであるため、取材のない日は裁判所にいることが多い。居住地の東京やその近辺だけでなく、ときに遠方の裁判所でも取材を行っている。このたび『政経東北』にて連載をさせていただくことになった。挨拶がわりに、数年前に取材した、福島地裁いわき支部での公判を振り返りたい。

 『うつくしま百名山』の一つにも指定されている福島県いわき市の水石山。山頂の「水石山公園」からは、いわきの街並みが眼下に広がる。20年1月夜、その駐車場から「人を刺した」と110番通報があった。捜査員が駆けつけると、首や腹から血を流した男と、車内から女性と子供3人の遺体が見つかった。男は「女性と交際している。心中を図ったが死に切れなかった」と説明した。水石山公園は、亡くなった女性や子供たちが好きな場所だったという。

 通報者の男・緑川雅孝(当時51)はのちに承諾殺人と嘱託殺人で起訴され、公判は同年6月から8月にかけて開かれた。緑川は、いわき市在住の吉川美奈子さん(43=当時)と、その3人の子(中学3年1人と中学2年の双子)の頸部を包丁で突き刺すなどして殺害した。美奈子さんに心中を持ちかけられ、これに応じたとされる。

 初公判で「間違いないです」と起訴事実を全て認めた緑川。美奈子さんは緑川が経営していたリフォーム会社の元従業員だったという。交際後はお互いに配偶者と離婚し、美奈子さんの子らも一緒に緑川のアパートで生活していた。

 しかし美奈子さんは経済的に余裕のない状況が長く続いていたという。配送センターのパートタイムに転職してからは「死にたい」と訴えるようになった。追い討ちをかけたのが、19年11月の児童扶養手当法改正だ。手当が減額になってしまうと美奈子さんは落ち込んでいた。

 「自殺してほしくはないと、美奈にも子らにも考え直してほしいとは思ってました。少しでも気分転換になればと思って、何か策はないかという話とか、美奈の気に入ってた靴がボロくなってきてたから、皆と一緒に見に行ったり、気に入ったキャラクターのぬいぐるみを買って……」

 と緑川なりに励まし続けたが、最終的に『心中』を決意。「子供たちも一緒に殺してほしい」という美奈子さんの求めに応じた。

 一人だけ生き残った心境を問われ「恥です。死に遅れた、というのは恥だと思います」と、ボソボソ声から一転、きっぱりと述べた緑川。しかし美奈子さんには成人している子供もいた。彼らに子供たちを託すことはできなかったのか。だが緑川は今も〝5人での心中〟だけが正しい選択と思っているかのように見えた。

 緑川自身にも、美奈子さん一家を支える経済力はなかったようだ。会社の経営状態は思わしくなく、消費者金融や知人らから金を借り続け、事件直前には借金総額が約600万円となっていた。貧困による視野狭窄に陥り、様々な選択肢を検討する余裕が消えていたのか。3人の子供達は本当に死んでもよいと思っていたのだろうか。緑川には懲役8年が言い渡されている。


 たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。

高橋ユキさんの『つけびの村』が文庫版になって小学館から発売されました。 追加取材のうえ新章を収録!



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