見出し画像

「デブリ取り出し」崩れた前提条件―【尾松亮】廃炉の流儀 連載14

 福島第一原発では来年(2022年)の「デブリ取り出し開始」を目指している。

 当初の「10年後取り出し開始」という目標は、スリーマイル島原発事故(TMI-2)対応を参考に設定された。TMI-2では6年半後にデブリ取り出しを開始したので、それより「少し長めの期間」をとったのだ(本連載第13回)。

 取り出しの前提も、TMI-2同様の「圧力容器内でのメルトダウン」という認識があった。そしてTMI-2と同様に、燃料デブリを冠水させた状態で取り出す方法(冠水工法)を想定していた。

 しかし東電と政府の「中長期ロードマップ」の改訂を通じて、TMI-2同様としていたデブリ取り出しの前提条件は大きく変わっている。

 初版「中長期ロードマップ」(2011年12月)時点では、デブリの位置について単に「一部は原子炉圧力容器から原子炉格納容器内に流れ出ているものと推定される」(16頁。棒線は本稿筆者。以下同)とだけ述べられていた。しかし、最新版である第5回改訂版(2019年12月)では「原子炉格納容器底部及び原子炉圧力容器内部の両方に燃料デブリが存在すると分析されている」(20頁)と記述が変わっている。10年近い作業の中で、「圧力容器外にデブリが流出している」という状況認識がより確定的になっている。

 デブリ取り出しの工法も大きく変わった。初版「中長期ロードマップ」では「放射線遮へいに優れた水中で燃料デブリを取り出すことが最も確実」(16頁)とし、「冠水工法」が前提であった。しかし、これも「より実現性の高い気中工法に軸足をおいて今後の取組を進めることとする」(第5回改訂版。20頁)と変わった。格納容器全体を水張りして水中で取り出す完水工法は「技術的難易度が高い」と分かったためだ。水による遮蔽効果がない分、気中工法はより放射性物質拡散リスクが高いとされる。

 つまり、デブリの状態も工法も「TMI-2同様」ではないことが分かったのだ。本来なら、この状況認識や工法の変化が工程全体のスケジュールに影響を与えてもおかしくない。それにも関わらず、第5回改訂版では「廃止措置終了目標は30年~40年後」というスケジュールが維持されている。デブリ取り出し開始時期についても、「目標はステップ2完了から10年以内」という記述が維持されてきた。

 東電はコロナの影響を理由に、取り出し開始を来年に延期したが、スケジュールの根本的な見直しは行っていない。東電は中長期ロードマップについて「継続的に検証を加えながら見直していく」(第5回改訂版。12頁)としながら、目標期間だけ見直さないのは奇妙である。

 これまで10年間の作業を通じて、デブリの状態や取り出し工法についての認識が変わった。それにも関わらず、東電は頑なに「10年後のデブリ取り出し開始」という目標を維持してきた。そして、この取り出し開始に向けたプロセスを「迅速に進めるため」として、政府は4月13日、タンクに貯蔵している処理水の海洋放出を決定した。当初の前提条件が崩れた状況でデブリ取り出しを本当に急いでほしいのか、民意を問い、示す必要がある。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。


通販やってます↓


よろしければサポートお願いします!!