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19/10/01 およおよわくわく

両脇近くの乳に謎のしこりがあって痛いな~って感じだったので、今日は皮膚移植の件でお世話になってる総合病院の乳腺外科にエコー検査受けに行きました。

も~めっちゃ病院混んでて~、予約してたんだけど2時間半くらい待って診察してエコー検査してそこから結果発表までもいくらか待って、て感じだったので、割と一日がかりでした。疲れた。

結果発表(エコー検査後の診察)までの時間がいやに長くて待合場から患者さんがどんどん消えてって閉院時間近くなってきて「これは????大丈夫か?????」とおよおよしてたんですが、やっと呼ばれて診察室入って席着いたらまず「貴方の年齢でがんという事は殆ど無いので安心して聞いてください」という前置きから滅茶苦茶詳しい説明が始まったので「こりゃがんの可能性有りのやつかな!?」と思いました。
今のところ、2箇所痛かったところがまさにビンゴで両方エコーで影が出て、片方は嚢胞で問題無し、片方は「九分九厘、良性の腫瘍だと思う!九分九厘がんじゃないです!大丈夫です!九分九厘大丈夫です!」と何度も「九分九厘」で念押しされて、暫く経過観察しましょうって事になりました。
診察終わって「ありがとうございました~」ってドア開けて出る直前にも先生がわざわざ「九分九厘がんじゃないから!安心して過ごしてください!」って再度念押ししてくれたので、優しい先生なんだな~と、例えがんでもこの人に任せようと思いました。

そもそも昔から私は腫瘍が出来やすい体質だし、親戚とか祖父とか大体がんで死んでるし、今からがんになっても不思議じゃないなと思ってたので、特に驚かなかった。エコー検査の画像も割と見慣れてたので、「そっちのぎざぎざしてる方が、がんですか?」(嚢胞の場合は輪郭が丸くはっきり出る)と率直に聞いてしまったんですが、「確かに、ぎ~?ざぎざしてるけど~?がんだともっとエコーが完全に跳ね返っちゃって下の画像が白くなったり線が出たりするから!これは九分九厘大丈夫です!おそらく良性の乳腺腫瘍ですが、念の為の!経過観察です!」と再度「九分九厘」で励まして貰いました。きっと先生、普段からよく使うワードなんでしょうね、「九分九厘」。確かに「多分大丈夫」よりずっと大丈夫そう。安心。

前にも日記に書いた気がするんだけど、「松村さんまだ若いから大丈夫よ~」と色んなとこで、まぁお医者さんにもたまに言われるんですけど、普通に人生生きてて若くして死ぬ人を何度も身近で見てるので、何故皆「若い」という事をそんなに信用しているのだろう?というのが単純に不思議。めっちゃ不思議。
そりゃぁ実母も最近肩痛めてるし、実父も最近腰痛めてるし、歳を経てくると段々色んな不具合が出てくるでしょうけど、私今の時点でほぼ布団と一体化してるような生活してるしな・・・・・・母方の祖母めっちゃ元気(90近い)でめっちゃ友達と旅行行ったりしてるんですけど、その祖母はむしろ若い時身体弱くて学校行けない時期が多くて学年一つ遅れたりしたというの聞いてるので、「個人差結構有るでしょ?」って、私は思ってる。

今でも度々思い出す人が3人いて、1人は私の幼稚園の先生で30くらいで亡くなった人、1人は中学1年の時の英語の先生(当時25歳)で自己紹介で「私の家系は50まで生きた人がいないんです」と言ってて何度か授業中に倒れて担架で運ばれたりしてた人、1人は塾の先生(当時30代)で「親の介護で急に辞めなくちゃいけなくなったんだ~」と笑顔で去っていったけど後から仲の良かった塾長から「本当は介護じゃなくて先生自身の病気で、今はもう待つしかない状態なんだ」と聞いた人。
1人目の先生の葬式には行って、焼香して、大泣きした。2人目の先生は今どうしてるのか分からない。3人目の先生は塾を辞めた後に一度だけ吹奏楽部の定期演奏会に来てくれた事があってそこで会った時に凄く痩せてて、友達は「どうしたんだろ?」と言ってたけど、そこで初めて塾長が漏らした「待つしかない」の意味がはっきり分かって必死で泣かないように全力で手を振って「観に来てくれてありがとうございます!嬉しいです!」と笑顔で叫んだ事をよく覚えている。

がん=死ぬってわけじゃなくて、今は割とがんと共に生きていく事が出来る時代だけど(副作用や職場での理解の無さが凄く辛いというブログも読んだので全然簡単な事じゃないとも分かっているが)、私が死を身近に感じる心境の時に、私を心理的に助けてくれるのは上記の3人だ。
若くして死ぬ事は全然惜しくないと思えるのはあの3人の先生が凄く良い先生で、尊敬できる人で、私の人生に与えた影響が絶大だからだ。

描きたい漫画が描き終れないまま、残したい作品が残せないまま、死ぬ事が一時期私の一番の恐怖だったが、今は全然どうでもよくなっている。長生きしても描き途中で終わる作品はあるだろうしな。私みたいな人は私だけじゃないから、きっと私の描きたかったものを描く人が100年後も200年後も沢山いると思う。
今心配なのはうにさんだけ。でもとりま今は母が定期的に生存確認に来るので、私が突然死んでも、うにさんは母が来るまで生き延びられるはず。

割といつも死を身近に感じているタイプだし、なんなら過去に何度も自死未遂している人間だが、今日は久々に「お?ついにきたか?」とちょっとおよおよわくわくしてしまった。わくわくすんな!
あんなに混んでたのにどんどん人がいなくなっていく待合場で、今か今かと診察を待ちながら、これからかかるかもしれないお金の事を心配し、「生きてるって何でこんなに大変なんだろ」とひたすらスマホゲーで意識を飛ばそうとしていた今日を多分これから何度も思い出すと思う。
乳の腫瘍が本当に全然何の心配のないやつであっても。

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無料の「生活日記」も今迄通り更新しますが、こちらはほぼ毎日更新する絵付き日記です。絵は大体日記の一番最後。一種の実験みたいなものです。実験を観察したい方はどうぞ。たまに日記じゃなくて小説な事もあります。月額100円です。

体調が大地獄に悪い時、実家にいる時、うっかりしてた時等以外は更新するほぼ毎日絵日記。小説の時もある。松村生活の体調不良生活を観察したい人向…

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