見出し画像

外国人技能実習制度は温存されるのか

2023年4月24日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

<情報のご利用に際してのご注意>
 本稿の内容および執筆者の肩書は、原稿執筆当時のものです。
 当会(一般社団法人成果配分調査会)は、提供する情報の内容に関し万全を期しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。この情報を利用したことにより利用者が被ったいかなる損害についても、当会および執筆者は一切責任を負いかねます。
 なお、本稿の掲載内容を引用する際は、一般社団法人成果配分調査会によるものであることを明記してください。
連絡先:info@seikahaibun.org

「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が「中間報告書(案)」を発表

*2023年4月19日、法務省の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は、「中間報告書(案)」を発表しました。有識者会議は、「両制度の施行状況を検証し、課題を洗い出した上、外国人材を適正に受け入れる方策を検討」することを目的として設置されたものですが、とくに外国人技能実習制度については、法務大臣より、
・政策目的・制度趣旨と運用実態にかい離のない、整合性のある分かりやすい仕組みであること。
・人権が尊重される制度であること、実習実施者、実習生の双方が十分に情報を得て、自ら判断できる環境を整え、現行技能実習制度において、一部の実習先で生じているような人権侵害事案等が決して起こらないものとすること。
・日本で働き、暮らすことにより、外国人本人の人生にとっても、また、我が国にとってもプラスとなるような右肩上がりの仕組みとし、関係者のいずれもが満足するものとすること。
・今後の日本社会の在り方を展望し、その中で外国人の受入れと共生社会づくりがどうあるべきかを深く考え、その考えに沿った制度とすること。
という意向と、「長年の課題を、歴史的決着に導」くという決意が示されています。

*技能実習制度については、法令違反、人権侵害の事例が多発しているだけでなく、仕組みそのものが強制労働、人身取引ではないかという国際的な厳しい批判があります。しかしながら、「中間報告書(案)」では、
・現行の技能実習制度を廃止して人材確保及び人材育成を目的とする新たな制度の創設を検討すべきである。
・技能実習制度が人材育成に加え、事実上、人材確保の点においても機能していることを直視し、このような実態に即した制度に抜本的に見直す必要がある。
とされています。一応、「現行の技能実習制度を廃止」、「抜本的に見直す」と記載されているものの、「実態に即した制度」に見直すわけですから、現状を追認する制度に看板を書き換えるだけ、と判断せざるをえません。

有識者会議で論点とされたもの

*技能実習制度に関し、有識者会議で論点とされたのは、以下の項目です。
● 制度目的(人材育成を通じた国際貢献)と実態(国内での人材確保や人材育成)を踏まえた技能実習制度の在り方(制度の存続や再編の可否を含む。)
● 外国人が成長しつつ、中長期的に活躍できる制度(キャリアパス)の構築(対象職種の在り方を含む。)
●受入れ見込数の設定の在り方
●転籍の在り方
●管理監督や支援体制の在り方
 ・監理団体の監理の在り方(存続の可否を含む。)
 ・国の関与や外国人技能実習機構の在り方(存続の可否を含む。)
 ・送出機関や送出しの在り方(入国前の借金の負担軽減策、MOC=二国間取決めの更なる強化方策を含む。)
 ・ 外国人の日本語能力の向上に向けた取組(コスト負担の在り方を含む。)

*これらの中で、まさに核心的な問題と言えるのが、
・制度目的と実態
・転籍の在り方
・送出機関
であると思います。

「人材育成という建前」が人権侵害、低い賃金・労働諸条件、劣悪な職場環境・生活環境に結び付いている

*現行の技能実習制度における「人材育成という建前」は、
①「技能を身につけさせてやっているのだから、賃金は低くて当然」という意識を払拭できないこと。
②技能修得のため、そして、訓練コストを回収するため、というふたつの理由から、転籍制限を正当化していること。
により、人権侵害、低い賃金・労働諸条件、劣悪な職場環境・生活環境と密接に結び付いています。

*有識者会議の行ったヒアリングでは、
・技能実習生に対しても、しっかりと労働者としての環境を整えることが重要。少なくとも当社が人材紹介を行っている企業は、ほぼ全てで技能実習生を労働者として見ており、研修で来ているという認識の技能実習生もほとんどいない。また、母国へ戻っても日本で習得した技能を活かせていないのであれば、制度としても実態としても労働者として統一し、本音と建前を一致させることによって、様々なひずみを解消することにつながるのではないか。
との指摘があります。

*外国人技能実習制度では、入国後原則2か月間実施されている講習(座学)が終了し、受け入れ企業で実習を受けるようになると、労働基準法、社会保険などをはじめ、制度上は完全な「労働者」として位置づけられています。しかしながら、「実習生」という名称であるがために、仕事の内容は普通の労働者でありながら、待遇面ではあたかも見習い中であるかのような賃金水準が放置されている実態があります。「人材育成という建前」が「労働者としての環境」の整備を阻害していることになります。

*厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、2022年6月時点の技能実習生の「所定内実労働時間あたり所定内給与額」は1,034円に止まっており、これは、法定の地域別最低賃金の全国加重平均(当時930円)を104円上回っているものの、留学生のアルバイトの「1時間当たり所定内給与額」1,164円に比べ、130円も低くなっています。

*製造業で比べてみても、技能実習生の993円に対し、留学生は1,072円で、その差は79円となっています。

*現行の団体監理型技能実習制度では、日本人従業員3人で、最大18人の技能実習生を受け入れることができることになっており、もともと、人材育成というのは建前だけの制度と言わざるを得ません。有識者会議におけるヒアリングでも、
・来日する際に「日本の技術を母国に伝えたい」と話す技能実習生もいるが、ほとんどは滞在中にいくら稼げるかということを考えているというのが実態である。
・4Kと言われる産業では、日本人が来ても1年も持たないのが実情であり、技能実習生等の存在が不可欠である。
・スキル向上のため来日する技能実習生はおらず、出稼ぎのための制度になっている。受入れ側も即戦力を欲しがっているところが多く、育てる余裕はない。
といった指摘があります。こうした状況下では、団体監理型技能実習制度を廃止するのは当然であり、その代わりとなる外国人労働者の人材育成システムも不要です。

*途上国・新興国の人材育成への協力は、現地で実施していけばよいわけですし、国内における専門的・技術的分野以外の外国人労働者の確保については、日系人など「身分・地位に基づく在留資格」などのほかは、2019年に導入された新しい在留資格「特定技能」で対応すればよいと思います。

転籍制限について

*「人材育成という建前」が残ることによる最大の弊害は、転籍制限が維持されることです。現行の技能実習制度では、2号から3号(3年目から4年目)に移行する際、一瞬だけ、受け入れ企業を変更する「転籍」が認められていますが、あとはやむを得ない場合を除いて、自由な転籍は認められていません。

*転籍が認められていないことは、技能実習制度における人権侵害と低い賃金・労働諸条件、劣悪な職場環境・生活環境の主要な要因になっているものと思われます。労働市場では、労使対等であって初めて適切な賃金・労働諸条件、職場環境を確保することができます。日本人ですら労使対等の実現は困難なのに、日本語の理解も不十分な外国人労働者が、しかも転籍の自由を奪われていれば、企業にとって、良質な賃金・労働諸条件、職場環境を提供としようとするインセンティブは乏しく、人権侵害を防ぐことも困難と言わなければなりません。

*有識者会議の行ったヒアリングでも、
・高額すぎる借金や転籍の制限などにより、著しく支配従属的な労使関係となり、本来、善良な経営者も変貌してしまう。
・技能実習生が適正な企業のもとで許可された職業に就く場合は、告知期間の条件を満たしているなど契約上の義務が満たされていることを条件に、雇用主の変更を許可すべき。雇用主の変更に対する厳しい制限は、労働搾取や強制労働につながる可能性のある、雇用主と実習生/従業員との関係の不均衡につながり得るという証拠がある。
との指摘がありました。

*これに対して「中間報告書(案)」では、
・新たな制度においては、人材育成そのものを制度趣旨とすることに由来する転籍制限は残しつつも、制度目的に人材確保を位置付けることから、労働者としての権利性をより高め、また、制度趣旨及び対象となる外国人の保護を図る観点から、従来よりも転籍制限を緩和する方向で検討すべきである。
とされており、まさに「人材育成という建前」が転籍制限維持の言い訳に使われています。

*仮に、現行制度の存続を前提にしたとしても、要は、転籍しても2号修了時(3年目修了時)の技能検定3級に合格できる技能を身につけることができるよう、監理団体が技能実習生をしっかりとサポートし、合格率の芳しくない監理団体に対しては、指導、ペナルティーをきちんと行って、監理団体の淘汰を図っていけばよいだけです。技能を身につけようとする技能実習生であれば、受け入れ企業で技能が修得できないと判断すれば転籍を望むでしょうから、むしろ転籍の自由化こそ、技能修得を促進することになります。

*「中間報告書(案)」で「人材育成という建前」を残したのは、むしろ転籍制限を維持するためなのではないか、と考えざるを得ません。 

転籍制限によって、産業分野や地方における安定的な人材確保という考え方

*「中間報告書(案)」では、転籍制限のあり方について、
・受入れ企業等における人材育成に要する期間、受入れ企業等が負担する来日時のコストや人材育成に掛かるコスト、産業分野や地方における安定的な人材確保、我が国の労働法制との関係、労働者の権利行使に与える影響など新たな制度の目的である人材確保や人材育成との関係を踏まえた総合的な観点から、最終報告書の取りまとめに向けて具体的に議論していくこととする。
としています。
・受け入れ企業が、技能実習生の来日時のコストや訓練コストを回収するまでは、転籍を認めるべきではない。
・転籍を認めることによって、技能実習生が賃金水準の高い産業や大都市圏に流出しないようにしなければならない。
という立場に立っていることは明らかです。

*有識者会議が行ったヒアリングでは、
・転籍の制限をなくすと、地方や中小企業がコストを割いて育てた人材が大都市圏に一極集中してしまうのが加速する。特に、介護分野は、地方から大都市圏に一極集中していると思う。
などという指摘がある一方、
・前職要件や技能実習計画による無意味な転籍制限はやめ、転籍・転職可能な就労のための制度に変えていくべきである。
・制度で転籍を制限するのではなく、企業の労務環境や待遇改善等の努力によって、外国人材の定着を図るべき。
との指摘もありましたが、「中間報告(案)」は、前者の発想に立っているようです。

*「失踪」することを前提に来日する技能実習生は、存在するかもしれません。しかしながら、最初から「転籍」するつもりで来日する技能実習生はいないと思います。技能実習生が転籍を希望するからには、受け入れ企業に対して、人権上の、あるいは賃金・労働諸条件、実習内容、職場環境・生活環境などになんらかの不満があるわけですから、転籍制限を撤廃することによって、それらの改善を促すのが政府としてとるべき対策であって、転籍制限によって技能実習生をこうした受け入れ企業に縛り付けるのは、人権侵害や低い賃金・労働諸条件、技能を修得できない実習内容、劣悪な職場環境や生活環境を容認するもの、と受け止めざるを得ません。

*「来日時のコストや人材育成に掛かるコスト」についても、たとえば、業務命令で従業員が留学し、帰国後すぐに退職しようとした場合、退職自体を禁止することはできませんし、企業からの留学費用の返還請求も認められません。「来日時のコストや人材育成に掛かるコスト」を理由にした転籍制限が、こうした事例と整合性がないのは明らかです。

*さらに、「産業分野や地方における安定的な人材確保」のための転籍制限という発想は、まさに「タコ部屋」そのものであるということになぜ思い至らないのか、大変不思議です。

*日本人には認められない転籍制限を技能実習生に適用してしまうのは、アジアの人々に対する蔑視、差別意識が根底にあるのではないか、と疑わざるを得ません。

送出機関の問題

*技能実習生の来日に際し、母国の送出機関に高額の手数料や保証金を支払って多額の債務を背負い、また違約金の取り決めを行っていることが、転籍制限と並んで技能実習生の人権侵害の大きな要素となっています。

*技能実習制度では、海外から日本に技能実習生を送り出す送出機関に対し、
・技能実習生等から徴収する手数料その他の費用について、算出基準を明確に定めて公表するとともに、当該費用について技能実習生等に対して明示し、十分に理解をさせる。
・保証金の徴収その他名目のいかんを問わず、技能実習生の日本への送出しに関連して、技能実習生又はその家族等の金銭又はその他の財産を管理しない。
・技能実習に係る契約不履行について、違約金を定める契約や不当に金銭その他の財産の移転をする契約を締結しない。
ことを求めています。保証金の徴収や違約金の取り決めは認められておらず、手数料も適正なものでなければなりません。

*2021年12月から2022年4月にかけて、外国人技能実習機構および地方出入国在留管理局が行った「技能実習生の支払い費用に関する実態調査」によれば、
・来日前に母国の送出機関に何らかの費用を支払った技能実習生は85.3%、支払っていない実習生は14.7%。ただし、フィリピンでは、支払った者が16.4%で、支払っていない者が83.6%。
・送出機関に支払った費用総額の平均値は521,065円。国ごとの平均では、ベトナムが最高となっており656,014円、一方、フィリピンは94,191円。ベトナムの実習生の13.3%は100万円超で、中国の実習生の22.7%が80万円超(100万円超は3.6%)。
・支払額の内訳は、派遣手数料269,303円、事前教育費用73,663円、保証金・違約金19,503円、その他23,238円、不明94,016円。
・送出機関以外の母国の仲介者に支払いを行った者は11.5%に止まるが、その平均金額は335,378円(ベトナムは17.2%で446,963円)
・来日するために、実習生の54.7%は母国で借金をしている。なかでもカンボジアでは83.5%、ベトナムでは80.0%。
などという状況となっています。

*フィリピンではなぜ費用を支払った実習生が少ないのか、支払っていたとしてもなぜ金額が少ないのかについては、この調査報告からはわかりません。フィリピンで可能であるならば、ほかの国も同じようにすればよいだけだと思うのですが、フィリピンと他の国ではどう違うのか、事情をご存じの方は、筆者にご教示いただければ幸いです。

*この実態調査は、「技能実習生の失踪等の背景として、技能実習生から不当な費用徴収がされていることが疑われることを踏まえ」実施されたものですから、本来、禁止されている保証金・違約金については、まず、保証金・違約金の取り決めの有無を確認し、その上で、取り決めの金額を調査する必要がありますが、奇妙なことにそうなっておらず、支払った金額を調査しているだけです。保証金については、支払っていない場合には、ゼロとして平均値に参入されますので、実態はわかりません。違約金については、日本入国前に支払うことはないと思われますので、何も調査していないのと同じです。

*ちなみに調査では、送出機関からの「支払い費用に関する説明の有無」という設問があり、66.4%が「説明を受けてわかっている」と回答しています。しかしながら、支払費用総額の回答者数1,336名のうち、内訳を回答したものは539名、約4割にすぎません。送出機関には、
・技能実習生等から徴収する手数料その他の費用について、算出基準を明確に定めて公表するとともに、当該費用について技能実習生等に対して明示し、十分に理解をさせる。
ことが求められているわけですから、「説明を受けてわかっている」だけでは不十分で、
・送出機関において、費用の算出基準が公表されているか調査する。
・技能実習を希望する者が送出機関の適否の判断ができるよう、費用の状況について広く情報提供する。
ことが必要です。

*「中間報告書(案)」では、
・悪質なブローカーや送出機関の排除など更なる対応を検討すべきである。
とされているものの、具体的には、
・新たな制度の仲介機能については、国際的な職業紹介のプロセスでの外国人の負担をできる限り軽減するよう、職業紹介における費用負担の国際的なルール、送出国の送出制度や関係法令との整合性、諸外国の受入れ制度の運用状況、費用対効果などの総合的な観点から、最終報告書の取りまとめに向けて具体的に議論していくこととする。
・過大な手数料の徴収の防止や悪質な送出機関の排除や送出機関の適正化に向けて、新たな制度においても、相手国との間で実効的な二国間取決め(MOC)を締結するなど、外国人材の適正な受入れに関する国際的な取組を強化する方向で検討すべきである。
と述べるに止まっています。

*「二国間取決め(MOC)」については、すでに締結している国において、高額の手数料や保証金、違約金の取り決めといった違法状態が発生しているわけですから、悪質な送出機関への対応を送出国にまかせるのではなく、わが国として、悪質な送出機関からの入国を認めないようにしない限り、効果がないことは明らかです。

*日本も批准しているILO条約181号では、
・民間職業仲介事業所は、労働者からいかなる手数料又は経費についてもその全部又は一部を直接又は間接に徴収してはならない。
とされています。ILOアジアパシフィック事務所も、技能実習制度に関し、
・送出しに掛かる高額な費用は、移民による発展効果を損なうものであり、排除する必要がある。
・リクルートに掛かる費用や関連費用は労働者に請求するべきではない。
と指摘しています。

*日本が批准したILO条約181号が、批准していない国の送出機関に適用されるのか、という問題はありますが、少なくとも、母国の送出機関に費用を支払った外国人労働者を国内の受け入れ企業に紹介することは、「手数料又は経費」を「間接に徴収」することになると解釈できるのではないでしょうか。

*「母国 → 受け入れ企業」までのすべての費用を日本側が負担すること、これなしに、悪質な送出機関に対し断固たる措置をとることは不可能だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?