見出し画像

【Jumpホラー小説大賞銅賞受賞作品】君の知らない連続殺人 前編


あらすじ


階段から転落し怪我をした女子高生・唯衣は目が覚めると過去の記憶を失っていた――。
戸惑いつつも、友人グループだと名乗る三人、八上・清水・村上の協力を得て、唯衣は周囲になじんでいく。
だがなぜだか彼らは、唯衣に記憶を取り戻してほしくないようで。

そんなある日清水が何者かに殺される。巷で噂の高校生連続殺人事件の二人目の被害者となったらしい。
そして唯衣は偶然、事件の一人目の被害者・西寺も、唯衣の友人グループの一人だったと知ってしまう。

なぜ、唯衣の仲の良かった「友人」ばかりが狙われるのか? 
「友人」たちは一体何を隠しているのか?

恐怖にかられた唯衣は、自分の記憶と、「友人」たちの過去を知るために動き出す。

サスペンス×ホラー×ミステリー。
主人公を含め、あなたは誰も信用できない。





序章

ころす。ころす。ころす、殺す。
――殺してやる。

 リフレインする言葉が頭の中を支配する。
それはまるで誰かが自分の脳に直接語りかけ、下している命令のようだった。そしてその思考に急かされるように心臓が早鐘を打ち始める。
――逸るな。
 脳内でひたすら繰り返される声の中でしかし、頭の中の妙に冷静な部分がぽつりとそう呟いた。殺意で茹る思考の中に、凍てついた冷静さの一滴。
 今はその一滴がありがたい。
 物騒な顔は隠しておくに限る。

「トイレ? うん、行ってきなよ」

 こちらの言葉に、目の前に座っていた■■■■が頷いて立ち上がる。
 夏だった。陽が沈んでなお蒸し暑さが残る時刻だが、冷房が効いた室内はなかなか快適だ。とはいえ暑くないと言えばそういうわけでもないので、どうしても水分が摂りたくなるから仕方がない。
 そうだ、行ってこい。
よく水を勧めた甲斐があったというものだ。
「荷物は見ておくね」
 笑顔を浮かべると、■■■■は会釈してその場から離れる。
 姿が見えなくなったところで、作っていた表情を消した。
 そうだ、物騒な顔は隠しておかなければ。
 ■■■の■■を、確実に仕留めるまでは。
 音もなく目を細め、目の前にあるスマホに手を伸ばした。



第一章


 ――殺してやる。


「ッッ」

 目を見開いて。

 瞬間、視界に飛び込んできたのは白い光だった。

思わずその眩しさに目を細めるが、少し遅れてから、その光は部屋の天井に備え付けられた照明のそれだったということに気が付いた。

次いで視界に入った白い天井には見覚えがなかったが、鼻につく臭いは消毒液のそれだ。どうやらここは病院であり、自分は病室のベッドに寝かされているらしい。ベッドの横のクリーム色のカーテンは閉められていて周りは見えないが、僅かに声が聞こえることを考えると個室ではないようだった。

「夢……?」

 目を覚ますその瞬間まで、何か――夢を見ていたような気がする。詳しい内容は思い出せないが、リアリティのある夢だった、ような。

 殺してやる。

 確かに夢の中で、誰かに言われた――はずだが。よく、思い出せない。

「うっ」

 上体を起こそうとしたところで、後頭部に鈍い痛みが走った。

顔を歪め、再び枕に頭を落とす。手を持ち上げて軽く頭に触れると、そこには包帯が巻かれていることが感触でわかった。怪我をしたのは頭らしい。

「頭……」

 そこまで考え、思わず息を呑んだ。

 後頭部に怪我を負い、病院に担ぎ込まれた。自分の置かれた状況を鑑みるに、それは間違いないようだ。

 しかし、覚えていなかった。どうして自分がここにいるのか。どうして頭に怪我を負ったのか。その経緯。理由。何も思い出せない。

意識はしっかりしている。見ているものも歪んではいない、思考は正常、のはずだ。ではどうして?

「あ、よかった。川谷さん、目が覚めたんですね」

 不意に、病室を仕切っていたカーテンが開いた。

 姿を現したのは若い女性の看護師だった。おはようございます、とにこやかに告げた看護師が、こちらの顔を覗き込む。

「大丈夫ですか? 私の声、聞こえていますか?」

 呆然としたまま、しかしそれでもなんとか頷いてみせると、看護師はそうですか、とまた朗らかに笑う。

「意識もしっかりしているみたいですね。では、すぐに先生を呼んできます。まだ目覚めたばかりなんですから、川谷さん、無理に身体を動かしたり、頭を動かしたりしないでくださいね」

 それにも首肯を返すと、看護師は満足そうな表情で病室を出ていく。その背中をぼんやりと見送ったのち、再び白い天井に視線を向ける。

 どうして何も覚えていないんだろう。

入院するような怪我を負いながら何も思い出せない、なんてことが果たしてあるのだろうか。事故か、はたまた誰かに頭を殴られたのか。それすらもわからない。

何も――覚えていない。

「川谷さん」

 今度は男性の声だった。

 天井から視線を横にずらすと、白衣を着た眼鏡の男性がいつの間にか、先程の看護師を伴ってベッドの側まで来ていた。担当医のひとだろうか。

 幾度か瞬きをすると、彼は人好きのする笑みでもう一度「川谷さん」と言った。

「初めまして。僕が君の担当の中川です。とりあえず目が覚めてよかったよ。そこまで酷い怪我というわけではなかったんだけど、なかなか目を覚まさなかったから。意識もはっきりしているようだしね」

「は、はあ……中川、先生」

「君は二日前の夜、ご自宅近くの公園の階段から足を滑らせて落ちたんだ。受け身はとったみたいだけど、その時に酷くではなくも頭を、後頭部をぶつけてしまったようでね。それで運ばれてきたんだ。覚えてるかな」

「え……?」

 階段から、足を滑らせた。

 ――だめだ。記憶を探っても、何があったのかまったく覚えていない。

 それどころか――。

(家の前の公園、の階段……って、なに?)

 異常だった。

 普通ならば思い出せるであろうことが思い出せないことに、冷や汗が噴き出る。

「川谷さん? もしかして、覚えてない?」

 頷いた。そう、覚えていない。何も思い出せない。

 先生がさらに眉をきつく寄せ、「じゃあ」と口を開く。

「自分の名前はわかる?」

 首を振った。

 わからない。もうここまで来れば理解する。わかるはずがない。先程から呼びかけられている『カワタニ』というのが苗字であろうことには見当がついたけれども、それが自分の苗字であるとはまるで実感が湧かないのだ。

 ――記憶喪失。

漫画みたいな話だと思った。――該当する漫画を覚えていないのに。

「そうか……特に、事故のショックで前後の記憶だけ飛んでるというわけでもないみたいだ。……君、何か、こう、手鏡のようなものは持ってない?」

「あ、はい。ええと」

 ややあって、尋ねられた看護師の女性が差し出したのは二つ折りになったコンパクトサイズのミラーだった。先生はそれをよし、と言って受け取り、それを今度はこちらに渡す。

枕元に置かれたミラーを手にする。ぼんやりと先生を見上げると、彼は表情を緩め、開いてみなさい、と告げてきた。

「君の名前は川谷唯衣。わかるかな、川谷が君の苗字で、唯衣が名前なんだ。川谷さん」

 カワタニユイ。

 それが、『わたし』の名前。

「しっくりこないかい?」

「いえ……その」

「君はいわゆる記憶喪失になっているみたいだからね、しっくりこないのは無理はない。わかるかな、記憶喪失。日常的なことは覚えてますか?」

 頷くと、医者はそうか、と言い、枕元のミラーを指差した。

「それじゃあ、改めて開いてみようか」

 言われるがままに閉じられたミラーを開き、そこに自分を映した。そして、息を呑む。

 肩よりも長い、艶のある黒い髪。瑞々しく張りのある白い肌。薄く色づいた唇。

 見たことのない少女が、自分が手にした鏡に映っていた。

「……」

 鏡を見ても、何も思い出せない。

 わたしは首を振り、鏡を閉じて、先生にそれを返す。

「だめです。何も思い出せません」

 そうかい、と、ほんのわずか眉を下げる先生の顔を見ながら、わたしは、

――殺してやる、と。

 そう夢の中で言った「誰か」の声を反芻した。


   *


 外傷による生活性健忘だろう。

そう先生は判断を下した。

 それは自分の名前も、家族も、あらゆる全ての過去の記憶を思い出せないという乖離症状の一つであるらしい。多くの場合は強いストレスによって突如生じるようだが、今回は頭を打ったことの衝撃が原因であろうという話だった。

外傷自体は大したことはないので、これ以上入院する必要はなく、明日には家に戻って生活して構わないという。ただし、時間を置いて診察を受けに来るようにとその医師は告げた。

そしてわたしは、その言葉に従い、次の日から病院から『自宅』に戻って生活するようになった。

川谷唯衣。高校三年生。近くの進学校に通う少女。成績優秀で品行方正、物静かで口数が多い方ではないが、彼女を慕う友人も一定数いる。今は大学進学に向けて受験勉強に励んでいる、それが「わたし」らしい。

(やっぱり、ぴんとこないな)

記憶を失う前の「川谷唯衣」について聞いても、やはりただ他人の話を聞かされている気分になるだけ。空しさが募った。

「唯衣、本当に何も思い出さないの?」

「うん、ごめん……。思い出せないや」

 川谷裕子と名乗る女性――わたしの母親だ――が、自分の返答を聞いて眉を寄せる。

ぱさついた髪の中にところどころに白髪が覗いているからか、顔立ちは整っているのに平凡な印象を受ける。

母はそう、と言うとかぶりを振った。

「全く、何もこんな大事な時期にこんなことにならなくたっていいのに」

 そのぼやきには応えず、わたしは無言で自分の手のひらを見下ろした。小さい。小さく弱く、細い手だった。少女らしく頼りない、豆一つない白い手。

……どうして、何も思い出せないんだろう。

階段で足を滑らせるだなんて。それも、家の近くの公園で? 家の近くにあるなら行き慣れているものじゃないだろうか。そんなところで……。

そこまで考えたところで、母が「まあ」と口を開いた。

「忘れちゃってるのが自分のことだけなら、生活はできるもんね。それだけは本当によかったわよ。怪我が治ったら学校にも塾にも行けるし」

「そう、だね」

「とりあえず、今日は何もしないで寝てなさいよ。なんにせよ、怪我は早く治さなきゃ。受験生なんだし、ずっとそのままだったら勉強時間も減っちゃうしね」

「わかった……」

 わたしが再び首を縦に振るのを確認すると、母親は立ち上がって部屋を後にする。立ち去る背中から視線を外して、目を閉じた。

(学校……かあ)

 高校に通っていた。成績優秀で、品行方正な優等生。友達も多い。

それが「わたし」なら、学校に行けば、何かを思い出せるだろうか。

(でも……)

 どうしてなのだろうか。――行きたくない、と、心の奥が叫んでいるような気がするのは。


  2


「はあ? 記憶喪失?」

「あ、うん。そうみたいで」

教室内に響いた素っ頓狂な声に、わたしは少し身を竦める。

まじかそんなんほんとにあんの。心配よりも興奮が勝っているらしい『川谷唯衣』のクラスメイトの女子は、そういった内容のことを口々に叫び、そして興味深そうにこちらの顔を覗き込んでくる。

「ってことは、俺のこともわかんないの?」

「えーっと、うん。ごめん」

 やや困惑したような感情を顔に滲ませたのは、わたし――川谷唯衣の幼なじみであると名乗った、目の前の八上響也という男子生徒だった。

地毛か地毛ではないのかわからない焦茶色の髪を、襟足だけ少し伸ばしている派手な見た目で、まさしくクラスの中心人物と言った様子だ。住所もすぐ近くであり、ほんの数年前までは気軽に家を行き来していたという。

(あんまり「わたし」と付き合いのあるタイプっぽくないけど、違和感もないし……)

 幼なじみであるという彼の話は真実なのかしれない。

「ふーん、ま、覚えてないもんはしゃーないか」

「しゃーないって、きょーやん他人事すぎなーい? あー、もしかしてゆいゆいに忘れられて拗ねてんの?」

「実はな……それもあったりする」

「それしかないだろ! 何が実はな……だよ謎だわ」

「てか何そのムダなキメ顔」

近くの席に座っていた女子生徒につつかれながら、八上は笑う。

 怪我そのものは結局大したことはないから、と母に送り出されて登校してみたけれど、やっぱり居心地が悪い。

「つーか川谷、自分の名前も忘れたとかマ? さすがに信じらんねーんだけど」

「受験とか平気なん? 川谷さん受験組でしょ?」

「ま、とにかく何かあったら言えよ、唯衣。何か思い出しそうになったりした時とか、言ってくれれば手伝うから」

「ありがとう、えーと……八上君」

 気安く叩かれた右肩をさりげなくはたきながら言うと、八上は「やめろって」と右手を顔の前で振ってみせた。

「幼なじみからかしこまられると違和感ありまくりだし。フツーに響也でいいから」

「あー……うん。わかった、響也ね」

 声に出してみて、口になじみがあった。

 そうか、「わたし」も、彼を「響也」と呼んでいたんだ。……途端、居場所がほんの僅か戻ってきたようで安堵する。

「それにしても唯衣、ぶつけたところは大丈夫なわけ? 記憶喪失っていきなり言われたから、びっくりしすぎて、そっちのこと聞くの忘れてた」

「ああうん、傷そのものは大したことなかったみたいで。記憶を失ったのはショックか何かだろうって」

「それにしても、唯衣って階段から落ちたんでしょ? 落ち方悪くなくてよかったよね。いや、頭打ってる時点で落ち方悪いのか?」

「足でも滑らせたのかもね。唯衣マジメでしっかり者なのに珍しい」

「そう、だったんだ」

「それも忘れてるのかー」

 しっかり者か。母はそう言ってくれていたけど、やはりそういう性格だったようだ。

 響也が「まあ仕方なくね?」と口を挟む。

「階段から落ちたのって夜なんだろ? 遅くまで塾にいたらしいから疲れてたんじゃないの? 十時ぐらいまで平気で自習スペースいるんだもんな、唯衣」

「あーそら疲れるのもしゃーないな。つか、詳しいな響也。お前らやっぱ付き合ってんの? 幼なじみで? それこそマンガじゃん」

「は? 響也、他校に彼女いなかったっけ。大々的に二股? 処すぞ」

「さすがにそこまでクズじゃねえわアホ」

「あれ? 響也、村上さんと付き合ってるんじゃなかったっけ」

「……村上さん?」

 なんだか聞き覚えがあって思わず声を上げれば、響也が少し目を丸くした。

「覚えてんの? まりあのこと」

「あ、いや、覚えてるわけじゃないんだけど、聞き馴染みがあるっていうか……村上まりあさんっていうの?」

「ああ。ちなみに付き合ってないからな俺とまりあは。俺他校に彼女いるから」

「そいや川谷さん、村上さんと八上と、あと清水とも仲良かったよな」

 清水。その名前にも、覚えがあるような気がした。

「たしかに光輝ともよく一緒にいるかもな。つか俺ら何気に四人でいること多いかも」

「……あー、まあ最近はそうじゃね? 四人でいるよなお前ら」

「村上さん大人しい系で川谷さんクールビューティで、清水が秀才眼鏡で八上が陽キャチャラ系って、なんか不思議な組み合わせだけどね」

「陽キャはともかく誰がチャラ系だって? ただ中学からの友達なの!」

「だってさ。ね、何か思い出したりする? 川谷さん」

「ううん……」

 首を振る。

 八上響也、村上まりあ、清水光輝。名前は聞き覚えがある。だが、中学からの友人だというのに、彼らとの思い出は何も思い出せない。

(それでも……わたし友達、いたんだ)

 これなら、大丈夫かもしれない。

 記憶を失って不安だったが、親しい友人がいるならまだ、なんとかなるかもしれない。


「おー、みんな来てるかー。来てないなー」

 ――八時半を少し過ぎたところで、まったくもって質問する気のなさそうな質問の声が響いた。無遠慮に扉が開き、ジャージ姿の男性が顔を覗かせる。担任の先生だろうか。

クラスメイトたちがこれまた無遠慮な様子でおはよー、おはよーと敬語も使わずに挨拶を投げかけるのを聞きながら、

「まーそろそろ授業始まるしとっとと出席取るぞ。席座れー。とはいっても全然来てないけどな」

 受験生だからって出欠甘く取ってたらすぐこれだよ、と先生が気怠そうに呟く。それに応えるように、皆家で遅くまで勉強してるから、来るのが遅いんですよと誰かが茶化すように声を投げた。愉快そうな、生徒達の甲高い笑いが弾ける。

「お、川谷は今日から復帰か。大丈夫か?」 

「あ、はい」

「大変だったなあ。一回俺もお見舞い行ったんだが、まだ気を失ったままだったんだ。だから話もできなくてなあ」

「あ、はい。母から聞いています。ご心配をおかけしたようで……」

「まあ怪我が治ってよかったよかった。いろいろ大変だとは思うが、このクラスにも隣のクラスにも仲がいいやつはいたよな? そいつらに助けてもらえ。もちろん俺に頼ってもいいけどこういうこと言うとセクハラって言う悪ガキが一定数いるから――」

「せんせー、セクハラでーす」

「ほらな」

 再び笑いが起こる。わたしも思わず笑う。

先生は出席を確認し終えると、とっとと教室を出ていった。その背中を意味もなく眺めていると、正面の席の響也がこちらを振り返った。

「唯衣、次移動教室だとさ。場所わかんないだろ? 一緒に行かね?」

「あ、そうなんだ。ありがと――」


『殺してやる』


「……!」

 響也とともに教室を後にしながら、不意に、あの声が脳内に響いた。

(……なんなの)

 誰のものかも判然としない声。目を覚ます前に聴いた声。

 ……この声は、物騒なセリフは、何かわたしの記憶と関係するのだろうか。


 *


「え? じゃあ本当に忘れてるの……? わたしたちのことも?」

「あ、うん……そうなんだ。ごめん」

「別に謝る必要はないが、記憶喪失か。信じ難いな……」

 放課後。

 隣のクラスに所属しているという村上まりあさんと清水光輝くんに会うため、響也に連れられて隣の教室に赴くと、既にトークアプリでわたしの状態を共有されていた二人は、驚いた様子でこちらを出迎えた。窓際にある村上さんの机を囲うように、四人で立つ。

 前評判の通り村上さんは髪をお団子にまとめた大人しそうな女子で、清水くんは眼鏡をかけた頭のよさそうな男子だった。クラスメイトが、全員タイプが違うと言ったことも頷ける。

「そっか……残念だけど、しょうがないね。中学の時のことも覚えてないんだよね?」

「頭の怪我は大丈夫なのか?」

「うん、もう平気。……まあ、記憶喪失は不便だけど、幸い生活に必要な知識とかは忘れてないから……」

「それでも受験生なのに大変なことには変わらないだろ。何かあったら響也に言えよ」

「え、俺? 今のは光輝が『君が困ってたら俺が助けてやるよ……☆』って流れじゃ」

「うるさいチャラ系陽キャ」

「突然の罵倒……」

 えー、とぼやく響也を尻目に清水くんが鼻を鳴らす。

「本当に仲、いいんだね」

「そう見えるか? 最悪だな」

「おい? 光輝さん??」

「あはは……。中学からの知り合いだったんだっけ、わたしたち。みんな同じ中学に通ってたの?」

 ――何気ない質問だった。

 何気ない質問だったが、わたしがそう問うたその時、一瞬、空気が凍った。

(……、え?)

 四人の間に流れていた、微温い空気。

パリン、と――それが割れたような。聞こえないはずの音を、確かに聴く。

「――あー、いやさ、俺ら習い事が一緒だったわけ。それでなんかウマが合ったんだよな。それでよく四人でつるむようになったっていうか」

「そ、うなんだ」

 習い事。……なんの習い事だったの? そう聞こうとしたが、なぜか口が動かない。

 ――三人は笑顔だ。どこか気まずそうに見えるけれども、笑顔だ。

 習い事、と、わざわざ曖昧に答えたのはなぜなのか。どうして誤魔化して笑うのだろう。

「……ごめんね」凍り付いてしまったような空気を変えたくて、なんとか言葉を絞り出した。「わたし、なんにも覚えてなくて。みんなに失礼だから、できるだけ早く思い出さなきゃって思うんだけど、こればっかりはどうしても」

「いいよ」

 村上さんがわたしの肩を叩く。

「無理に思い出そうとしなくったっていいんだよ。思い出さなくても唯衣はわたしたちの友達だし、困ったことがあればいつでも助けるから。ね?」

「あ……うん。ありがとう、村上さ……まりあ?」

「うん!」

「――まあ、確かに。記憶喪失は不便だが、生活に支障はないなら、俺たちが支えればいい話だな。さっき話題に出したが勉強についてはどうなんだ?」

「あ、そっちも、ついていけなくてまずいってほどじゃなかった、かな。本当に知識は残ってるんだなって……不思議な話だけど」

「そうか。なら、俺も別に無理はしなくてもいいと思う。八上がなんとかするからな」

「光輝さん???」

(元に戻った、のかな)

 笑いが起きて、ほ、と息をつく。――先程の一瞬は、一体何だったのだろう。

「そうだ、唯衣。よければ今日、気分転換に駅前のカフェでも行かない? 病院にずっといたんじゃ気が滅入ってるんじゃないかと思って」

「あ、いいな、それ。新作のフラペチーノ気になってたんだよな俺」

「女子か。俺はパスだ。用事がある」

「こういうのに男女とか関係ないだろ! つかノリ悪いな光輝!」

「先約があるんだからしょうがないだろ」

 仲良く口論をする二人を横目に、わたしとまりあも帰る支度をする。清水くんも駅までは同じ方向だということで、結局は途中まで四人で帰ることになった。

「お、お前ら、気をつけて帰れよー。さっさと帰って勉強しろな」

「わかってまーす」

 廊下で担任の――夏木先生にばったり出くわし、響也がおどけて答える。真面目に言ってんだぞ、という、言葉に反して軽やかな調子の苦言を聞き流し、四人で昇降口に向かう。

 ――そういえば、と、ふと思い出した。

 夏木先生はお見舞いに来てくれたと言っていた。わたしがまだ目を覚ましていなかったのでわたしは知らなかっただろうが、と。

(……響也たちは?)

 少なくとも、わたしの知る限りでは、ない。

 夏木先生に関しては母から報告があった。くれぐれもあなたからもお礼を忘れずにと。

 だが――彼らに関しては。

(……仲がいい、んだよね? わたしたち)

 忙しかったのだろうか。母が把握できていなかっただけか。それとも病院の場所を知らずに来られなかったのか。わたしの母と連絡を取るほどには仲が良くなかった?

 ――仲の良い友人が階段から落ちて意識不明であっても、顔も見せない?

(いや、お見舞いに来なかったからって、友達じゃないわけじゃないし……)

 きっと何か、理由があったのだろう。

 そのはずだ、と、わたしは胸の中で呟いた。




 ――どうしてその時もっとよく考えなかったのだろうと。

 わたしはその後、すぐに後悔することになる。



未解決事件について語る part.324


15:名無しさん 2023/6/14 0:09:43 ID:JYIhui bGi8

やっぱ胸糞なのはあれじゃね? S県であった通り魔事件 

あれ結局犯人責任能力?ナシとかで有罪にならなかったらしいじゃん


16:名無しさん 2023/6/14 1:34:48 ID:GOPUiy6eK

おい流れがスレチになってんぞ 未解決事件板だっつってんだろ


16:名無しさん 2023/6/14 2:10:10 ID:KJHkj gkS61

未解決事件で有名なのはあれだろ、数年前とかにあったなんとか連続殺人


18:名無しさん 2023/6/14 5:06:48 ID:FERK2okaD

連続殺人があったってことしかわからん


19:名無しさん 2023/6/14 6:29:39 ID:LHK6Ruyfyt

あそれ知ってるかも!あれでしょ、犯人まだ逃亡してるってやつ

確か3年前だった気がする~3人か4人中学生殺した塾講師な


20:名無しさん 2023/6/14 6:02:19 ID:c84JFV JLkj li

控え目に言ってクソじゃん?はよ逮捕されろ~K察は何やってんだよ


21:名無しさん 2023/6/14 9:15:42 ID:Z80ikg iy9kK

まったくもってそうだ、潜伏しててもまったく気づかれない


22:名無しさん 2023/6/14 11:21:29 ID:yNBO5GGaa

お?


23:名無しさん 2023/6/14 12:40:30 ID:M9865KKAka

おっと、、、、、、これは、、、、、、


24:名無しさん 2023/6/14 13:48:58 ID:Z80ikg iy9kK

日本の警察は有能だとかよく言われるが馬鹿ばっかりだということがよくわかる

あれだけ殺したのにまったく私がどこにいるのか知らないんだからな


25:名無しさん 2023/6/14 15:22:16 ID:HahuiJnK20

もしかしてだけど もしかしてだけど 御本人様の御光臨ですか!?!?!?!?


26:名無しさん 2023/6/14 16:48:43 ID:gYdakag669

騙りに決まってるだろダボ


27:名無しさん 2023/6/14 18:01:45 ID:eC5yakalHjW

盛 り 上 が っ て ま い り ま し た


28:名無しさん 2023/6/14 19:35:03 ID:RXo88ahHho

なんでもいいけど面白そうな流れじゃん

えーと自称連続殺人鬼さん? あれだよね中学生連続殺人事件の


29:名無しさん 2023/6/14 21:22:26 ID:fEUvPjCPhs

.≫28

そう、私が宇野春樹だ。質問ある? とでも言ってみればいいか?


30:名無しさん 2023/6/14 22:30:06 ID:Xoauh Ic5Jw

そういやそういう名前だったな中学生連続殺人事件の最有力容疑者

え、結局あの塾講師やってたんですか? 3年前に4人目殺したあと行方不明になってたよな 漏れは殺されてたと思ってた


31:名無しさん 2023/6/14 23:48:32 ID:aiuUweHO8

とりあえずあんたが宇野春樹って証拠見せてくれ、話はそれからだ

何かあるだろ犯人しか知らない事実みたいなやつがさ~なんだっけ、秘密の暴露?


第二章

 1


「じゃあ、そろそろ行くね」

「ええ。……勉強、本当にちゃんとついていけてるんでしょうね?」

「大丈夫。細かいところは覚え直しみたいだけど、なんとかなるよ」

 玄関まで見送りに来ていた母が、そう、と、まだ不満を残した顔で呟く。

「行ってきます」

 リュックを背負い、家を出る。

 友人たちは無理に思い出さなくてもいいと言っていたが、母は無理にでも思い出してほしいのだろう。わたしとしても早く記憶を取り戻したいと思うが――漠然とした不安を抱えている。


バスに揺られながら、暇つぶしにとスマホのアプリでニュース記事をスクロールする。

芸能人の不倫に、政治家の失言にと有名人の醜聞が多い中、目を引く記事もあった。

――ここ一か月ほどで、都内で立て続けに二人の高校生が刺し殺された事件の捜査状況についての記事だ。一人目は女子高生、二人目は男子高校生。

(二人目は……今朝発見されたばかりなんだ)

 まだ名前はアップされていないけれども、発見された場所はここと近い。

二人は同じような刃物を使った同じような手口で殺されているが、まだ同一犯とは断定できていないと記事にはあった。ただ、ネットの反応を見ると記事を見た人間の大部分がこの事件を高校生連続殺人事件だと考えていることがわかる。

(怖いな……)

 物騒だ。被害者がどちらも高校生だということが、余計に恐怖を煽る。

階段から落ちて負傷し、記憶喪失になったばかりで連続殺人事件の標的になっているかもしれないとは。

そこまで考えた時、バスが停まった。顔を上げてバス内の電光掲示板を見ると、自分が降りる予定のバス停の名が表示されていた。降車ボタンは押し忘れていたが、どうやら乗客の誰かが押したらしい。

「危なかった」

 料金を支払い、バスを降りると辺りを見回す。駅がすぐそこにあるからか、高校の敷地が近くなるこの辺りはそこそこ人通りが多い。

(……あれ?)

 いざ登校してみれば、校門の前には幾人かの見知らぬ大人が屯していた。しきりに中の様子を気にしている。

 そそくさと横を通って敷地内に入れば、幸い、その人らに声をかけられることはなかった。彼らは皆、カメラを手にしていたが、記者――だったのだろうか。それにしても何故?

「おはよう」

「あ、川谷さんっ……」

「……どうしたの?」

 妙にざわつく校内を気にしながらクラスに行くと、教室内が一気にどよめいた。

教室では響也を中心にクラスメイトが集まっており、俯く彼の背中をさすっている。

真っ先に近づいてきた女子生徒が、唇を震わせながら言った。

「清水くんが……殺されたって……」

「……え?」

 目を見開く。

 清水くんが――なんだって?

「先生たちは『生徒は知らなくていい』って言ってたんだけど、間違いないよ。第一発見者? が流したっていう画像見たけど清水くんだったし――」

「もう削除されてるけど、スクショ撮ってるやつもいるから確認したければ――」

 血の気が引いていく音を聞いた気がした。

わたしは響也を見る。そして手元のスマホを見る。

 今朝早く見つけられた遺体。刺殺された男子高校生。連続殺人事件。

 まさか――清水くんが?

(そんな、いつ……)

 わたしたち四人が別れたのは駅前だった。わたし、まりあ、響也はカフェに。清水くんは目的地に。そういえば響也やまりあが聞いても、彼は用事の内容についてはのらくらとかわして詳細に答えてはいなかった。

 となると用事の前か後に殺されたのだろうか。わたしたちがあそこで彼と別れたりしなければ――あるいは、もう少し時間をずらして行動していれば――。

「――八上、川谷。登校してるか」

「先生」

「悪いが二人とも少し来てくれ」

 廊下から苦々しい表情の夏木先生に手招きされ、思わず響也を見る。

 こちらの視線に気づいているのかいないのか、彼は何も言わず立ち上がり、そのまま夏木先生の方へ歩いていく。様子がおかしいと思ったが――、

(そっか、響也はわたしと違って、清水くんと長く友達だから、余計にショックなんだ)

 わたしも記憶を失っていなかったら、あれほどに消沈していたのだろうか。なら、忘れている今の方が、わたしにとって楽なんだろうか。

 

  *


 夏木先生に連れられたのは職員室のすぐそばにある空き教室であり、そこには二人の男性が待っていた。一方は初老にさしかかろうかという年齢の男性で、一方はまだ三十代に届いていない年齢だろう。二人とも刑事だそうで、清水くんの事件で関係者と思われる者に聞き込みに来たのだという。

 学校に刑事が来ていると知られたら騒ぎになるから、話を聞かれたことはくれぐれも他言するな――という夏木先生の言葉に頷くと若い方の刑事が眉を下げた。

「しかし、もう、手遅れな感もありますよね……。なんにせよ『二人目』ですから」

「おい、緑川」

 ――二人目?

「それはそうかもしれませんががね……やはり生徒は学校に学びに来ていますので。余計な混乱をもたらすのは……」

「あ、あの。待ってください」

「ん?」

 思わず口を挟めば、二人の刑事の視線がこちらに向けられた。睨んでいるつもりはないのだろうが、その鋭い目つきに一瞬まごついてしまう。

「清水くんが、連続殺人事件……って言われてる事件の二人目の被害者になってしまったことは、噂で聞きました。でも、被害者二人ともってことは、まさか一人目の被害者もこの学校の生徒なんですか?」

「え? ……ああ」

 わたしの質問を受け、怪訝そうに片眉を上げた緑川刑事だが、すぐに「そういえば」と肩を竦め、夏木先生をちらりと見遣った。「先生がさっき仰ってましたか。川谷さんは記憶喪失になってしまっていると……本当なんですね」

「ええ、ですからきちんと配慮を……西寺のことにはなるべく触れずに」

「わかりました。……ええと、川谷さん」

「は、はい」

「君の言う通り一人目の被害者もここの生徒です。その件でそこの八上くんにも君にも話を聞いてる。あくまで軽くだがな。覚えていませんか?」

 覚えていない。「……はい」

「そうですか。でしたら、とりあえずわかる範囲でいいので清水くんについて話を聞かせてください」

「八上くんは俺が話を聞くのでこっちに来てくれ」

 どうやら響也とわたしは別々に話を聞かれるらしい。響也は何も言わずに初老の刑事さんに連れられ、違う空き教室に入っていく。

 口裏を合わせられると思っているのだろうか。……まさか疑われている?

「――それで、記憶喪失ということでしたが。階段から落ちてしまったんですか?」

 人のいない教室に入るなり、緑川刑事が尋ねてくる。「はい」

「そうでしたか。それは災難でしたね……。誰かに襲われたわけではない?」

「そう、だと思います」

「そうですか。……まあ、刺されそうになったわけじゃないなら、関係はないかな……」

今回の事件には、ということか。そうかもしれないが、当てが外れたという顔をされると釈然としない。

「……あの、それで、わたしに何が聞きたいんでしょうか。わたしに話せることなんて、そうそうないと思いますけど」

「ああ、すみません。今のは少し失礼でしたね」不満が顔に出たのか、緑川刑事が少し眉を下げる。「別に難しいことを聞く気はないです。君は清水くんとはどういう関係でした?」

「どういう関係かと言われても……友人だろう、としか」

「『だろう』?」

「覚えてないので。響也……八上くんや、村上まりあさん、クラスメイトの証言からそうだろうなってことしかわかりません。実感としては、昨日知り合ったばかりの人です。ただ、態度からも、多分忘れる前は親しい友人だったんだろうと」

 何かあったら俺たちが支えればいい、と言ってくれた清水くんのことを思い出す。

 彼の名前には耳馴染みもあった。近しい友人だった、はずだ。

「そうですか……」緑川刑事は特に表情を変えずに相槌を打つ。「なら昨日の午後六時頃から八時頃まで、何をしていましたか?」

 すぐにピンときた。――これはアリバイ確認だ。昨日の六時から八時が、清水くんの死亡推定時刻なのだろう。

「あの。疑われているんですか、やっぱり、わたし」

「ああ、形式的な質問ですからお気になさらず。それで?」

「……そのくらいの時間には、家にいました」

 駅前のカフェにいたのは一時間かそこらだった。

学校を出る前にふと考えた『お見舞い』の件が妙に気になって上の空でいたら、疲れているのではないか、もう帰った方がいいのでは、と響也に言われ、さっさと帰宅したのだ。駅から家までは三十分はかからないので、六時頃には家についていたはずだ。

「それを証明できる人は?」

「……いません」

「ご家族も?」

「うちは母と二人暮らしです。母は仕事に行っていたので、帰宅は午後九時頃でした」

 はあ、なるほど、と緑川刑事がわたしの話を手帳に書き留める。川谷唯衣、アリバイなし。そう手帳に書かれているのだと思うと、ひどく居心地が悪かった。

「あの、わたし……何もやってません。そもそも何も覚えていないのに、清水くんに何かする理由なんてないじゃないですか……」

「うんうん、そうですよね。じゃあ初めの質問に戻るんですが、君と清水くんは本当にただの友人だったんですか?」

「……え?」

 質問の意図がわからず、目を瞬かせる。

「そう、だって言ってるじゃないですか……」

「うーん……本当ですか? 五日かそのくらい前のことですけど。おそらく二人の帰り道で、君たちが口論しているところを見かけたと言う生徒がいたんですが……」

「口論……?」

「二人きりで帰っていた途中で、何かしらのきっかけで口論になった……。となれば君たちが交際していて喧嘩になったという可能性も考えられるんじゃないかと」

「そんなこと言われても……」

 覚えがないのだから仕方がない。

それに彼のわたしへの態度は、激しく喧嘩をしていた相手へのそれじゃなかった。彼の人間ができているから、何もかも忘れてしまったわたしに気を遣ってくれていたという可能性はあるかもしれないが――。

「どうして喧嘩になったんだと思いますか?」

「わかりません。忘れてしまってるんだからわかるはずないじゃないですか……!」

「うーん。まあ、そうなんですけどね」

 緑川刑事が苦笑し、言葉を濁す。

 ……まさかこの人は、記憶喪失自体を疑っているんだろうか?

記憶喪失になっているから清水くんを殺す動機などあるはずがない。そう言えるように記憶喪失の振りをしているとでも?

「まあ、いいか。君はあくまでも事件とは無関係ということですね?」

「さっきからそう言っています」

「うーん。……だとしたら、逆に、どうして無関係と言い切れるんです?」

「え……」

「清水を殺したのは君ではない。ですが、一件目の殺人は? 一人目の被害者である西寺春花は君のクラスメイトだ。『何も関係がない』とは言い切れないんじゃないですか?」

 何もかも忘れているのであれば、なおさら。

 彼の視線が、そう語る。言葉にされなくても、わかった。

「……それは」

 足から力が抜け、わたしは先程まで腰掛けていた椅子に崩れるようにして座る。

 西寺春花。この名前にも聞き覚えがある。……『わたし』と知り合いだったのだろう。

 ふと悪寒を抱いて、両腕をさすった。

(どうして、犯人はうちの学校から二人も……)

 わからない。

 ――自分が一件目の殺人……連続殺人事件と、全く無関係であると、確かに、今の状態のわたしでは言い切れない。

 何故なら何もかも覚えていないから。

(それに、夢で……)

 目を覚ましてからこれまで、呪いのように思考にこびりついたあの言葉。殺してやる、という誰かの声。あの声が――もしも、

 記憶を失う前のわたしが、実際に言った言葉だったとしたら。

「えーと、すみませんね。どうも刑事をしていますと、疑い深くなってしまいまして。けっして、君だけを疑っているというわけではないんですよ。あらゆる可能性を探るのが、警察の役割ですから」

いささか今さら感はあったが、緑川刑事が黙り込んだわたしを取り成すように笑顔を作ってみせる。

「川谷さん。ですからもし、何か『思い出したら』ここに連絡を」

(これは……)

 俯いたわたしの前に、緑川刑事が何かを差し出す。『自分のことが全くわからない』という恐怖を改めて実感しながら差し出されたものを受け取れば、それは緑川刑事の名刺だった。所属、階級、電話番号、名前が書かれた、シンプルな警察の名刺。

 わたしはなんとか「わかりました」と絞り出すと、促されるまま教室を出た。


  *


 教室を出ると、ちょうど響也も聞き取りが終わったところだったらしく、廊下でばったりと出くわした。

 刑事二人は先生とまだ話すことがあるらしく、応接室へと案内されている。

「じゃあ、教室に先に戻っていてくれ。……一応聞くが、大丈夫か?」

「はい……」

「大丈夫です」

 わたしと響也が頷くと、夏木先生は気遣わしげにしながらも応接室へと消える。

 二人残されたわたしたちは、何とも言えない空気のまま教室へ戻ることになった。

「響也も聞かれた? アリバイ……とか」

「……聞かれた」

「そっか。わたしも聞かれた……疑われてるのかな、わたしたち」

「どうなんだろうな……」

 応える響也の声に力はない。無理もない。

「でも、俺はあのあとまりあと一緒にいたから。小腹がすいてコンビニでチキン買って、近くの公園で食べながら駄弁ってた」

「二人で? 響也って彼女いるんじゃなかったっけ。確かそんなことをクラスの子が」

「まりあとはそんなんじゃないって彼女もわかってるから。もし誰かに見られたとしても、やましいとこなんもねーし」

「そっか……」

 なんにせよ、響也にはアリバイがあるのか。

あの刑事二人がまりあにも話を聞きに行っているかはわからないが、実質、お互いにアリバイを証明していることになる。さらにコンビニでチキンを買ったというなら、監視カメラでそれが本当かも確かめられるはずだ。アリバイの裏付けとまではいかなくとも、証言の信憑性を高めるだろう。……疑われないということは羨ましい。

「わたしは家に一人だったからアリバイなんてないし、疑われたかも……」

「俺への疑いだって完璧に晴れたわけじゃないと思う。それに、警察だって、俺たちだけを疑ってるわけじゃないだろ」

「そうだよね……」

 だが、わたしは響也とは違う。響也は自分を信じられるかもしれないが、わたしは自分を信じられない。『何かをしてしまっているかもしれない』という可能性は、何もかも思い出さなければ捨てられないのだ。

「そうだ。一人目の被害者の西寺さんって、知ってる?」

「……そりゃ知ってるよ。俺らクラスメイトだったし。なんだよ、なんか刑事に言われたのか? 記憶がないことをいいことに疑われたとか?」

「あ、いや……」

 その通りだったが、そのまま肯定することも躊躇われて、視線を彷徨わせる。

 響也は眉を顰めたが、「まあ、気にしすぎるなよ」とだけ言った。

「さっきも言ったけど俺らのことだけ疑ってるわけじゃないし、それに、これは『連続殺人』なんだし。お前は光輝を殺してないんだろ?」

「当たり前だよ」

「だったら大丈夫だって。連続殺人は同一犯だろ、普通。光輝を殺してないなら春花のことだってお前はなんもしてないよ」

「……そうだね」

 今は、そう思うしかないか。

 わたしは無理に自分を納得させ、なんとか笑ってみせた。



 放課後である。

 今朝の聴取から、わたしは言い知れぬ不安を拭えないままでいる。刑事が学校に来ているという噂は学校中に流れていたが、不安と恐怖で元気のないわたしを消沈していると解釈したのか、クラスメイトたちから詳しいことを聞かれることはなかった。わたしや響也以外にも、幾人かの生徒が刑事たちから話を聞かれたという噂を耳にした。

 マスコミは相変わらず学校の前で屯っていたが、生徒たちには余計なことを話すなという緘口令が敷かれている。どれだけの生徒が律義に守っているかは定かではないが――。

「あれっ」

 とぼとぼと帰り道を歩いていると、背後から声がして、思わず振り返る。

 そこに立っていたのは、中肉中背の、ラフな服装をした男性だった。

年の頃は二十代前半にかけて半ばくらい、といったところだろうか。幼げな顔立ちなので、実際はもう少し歳を喰っているかもしれない。

「もしかして君、川谷さん?」

 男性は気安そうな態度で、こちらに向かって片手を挙げてみせた。そして間の抜けた表情で久しぶり、すごい偶然だね、と続けた。

 誰だろう、と考え、ふと気づく。……昔の知り合いだろうか?

「あの、すみません。どこかで、お会いしたことありましたっけ?」

「あれ、覚えてない? 三年前、たまに会ったことある、よな? 僕、割と胡桃の塾の送り迎えに行ってたんだけど」

 胡桃。聞き覚えのあるような、ないような。

口振りから察するに、胡桃さんとやらは『わたし』の以前の友人なんだろう。名前から判断して、恐らくは女子。

「ええと、すみません。あなたは胡桃、さんの……」

「従兄だよ」

 男性が答える。要は、「わたし」の昔の友人の身内の人ということらしい。


「まあ、胡桃が殺されてから一回も会ってないからなあ。覚えてないのも無理ないか」


「――え」

 ぶわり、と全身の毛が逆立つのがわかった。――殺された? 三年前に。

 清水くんや西寺春花さんだけでなく、他にも「わたし」の周りでは人が死んでいるのか。

(偶然……?)

 友人が三人も死んでいて、偶然?

「あ、あの……っ」

「ん?」

「あ――あなたの従妹さんは、亡くなっているんですか」

 それを聞いて、男性が、大きく目を見開いた。

真っ黒な瞳がこちらに向けられる。どこか幼げな顔立ちがみるみるうちに歪められ、不可解層を通り越して不快そうな表情に変わっていく。

その変化を見つめながら、彼が口を開くのを黙って待つ。

「どういう、ことだ? 川谷さん」

「……ごめんなさい。不愉快な思いをされたなら、謝ります。ただ、わたし、何も覚えていなくて、それで」

「覚えていない?」

「記憶喪失なんです、わたし。最近、事故で頭を怪我してしまって……だから、昔のことを何も覚えていないんです」 


   *


「まさか、僕のことどころか全部の記憶をねえ。そりゃ不安だろうね」

 塾の近くのファミリーレストランで。

 柏木佑斗と名乗った男性が、ウエイトレスが運んできたばかりのホットコーヒーに、かなりの量の角砂糖を放り込む。さすがにそれでは甘すぎやしないかと考えながら、静かに男性――柏木さんの顔を観察した。

彼はカップを持ち上げると、すっかり甘くなったであろう少しずつ中身を啜る。

「すみません、強引に……お仕事の途中とかでしたか?」

「あ、いや、それは大丈夫。今日の仕事は終わったところだったし、そうじゃなくても僕の仕事は結構融通が利くから」

「そうでしたか、よかったです」

 たしかに、一般的な会社員というには、平日であるのにも関わらず服装がカジュアルだ。さほど縛りが多い職業に就いているわけではないのだろう。

 それにしても、と柏木はコーヒーカップをソーサーに戻すと、怪訝そうにこちらを見た。

「どうしてわざわざ会ったこともない、知らない男性に話を聞こうとするんだ?」

「え?」 

「いや、怖いとか怪しいとか、危険とか、そういうふうには思ってないのかな、と。ほら、今の川谷さんにとっては僕なんて、いきなり声を掛けてきた得体の知れないおっさんだろ? ……あ、いや、やっぱお兄さんで」

「あはは……。そう、ですね……なんでだろう」

 他に相応しい人は確かにいるかもしれない。

 中学時代のことを聞きたいのなら別に響也でもいいだろう。だが、どうしても突っ込んだことまで聞こうとなると躊躇われたのだ。

(清水くんを亡くしたばかりで、気が引けた、のかな)

 きっと、そうなのだろう。

「友人にはあまり……聞きにくくて。それに、中学時代に通っていた塾でも友人を亡くしてるだなんて話、友人はしにくいだろうし」

「なら、親御さんは?」

「母は……どうなん、でしょう」

 苦笑いをして、手の中のお冷やのグラスを見下ろす。

 母は目が覚めたばかりの頃から、わたしの体調よりも、受験と勉強のことばかり気にしていた。

「母には、昔のことよりも今の受験のことを考えた方がいい、と言われてしまう気がして」

「そうか……」

「だから、柏木さんに話を聞きたかったんです。少しでも過去を知った方がいろいろ思い出せる気がして。わたし……できるだけ早く、記憶を取り戻したいんです」

カウンターの向こうから、ティーポットとカップを載せた盆を持ったウエイトレスが歩いてくる。頼んだ紅茶が来たのだろう。季節は初夏だが、今日は風が妙に冷たいので、ホットの紅茶だ。

あらかじめ温められていたティーカップに、ウエイトレスの手によって橙赤色の紅茶がなみなみと注がれていく。その様子を見つめながら、柏木さんに問うた。

「胡桃さんは、わたしの友人だったんですよね?」

「ああ、うん……僕から見たら、かなり仲が良かったように見えてたよ」

「そうですか」

「……胡桃が殺された事件だけど。今の川谷さんは覚えてなくても、調べればすぐに出てくると思う。三年前の連続殺人事件。今も犯人は逃亡中だから尚更有名だしな。当時はかなり話題になったし、川谷さんを含めて周辺は随分マスコミに集られたよ」

 柏木さんはなんでもないような顔をして言ってはいるものの、その表情は昏い。

被害者遺族としては、自分の身内が殺された事件なんて、思い出すのも忌々しいだろう。

「あの、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」

「大丈夫だよ。……まあでも、あんな事件のことなんて調べない方がいいと思うけどな。近くで起きた事件だけに、当時は川谷さんもかなり憔悴してたみたいだから。今の川谷さんにとっては他人事かもしれないけど、あの連続殺人事件を調べて事件の頃の嫌な記憶だけ思い出しました、じゃさすがに笑えない」

 嫌な記憶も忘れてしまえるなら、その意味では記憶喪失も別に悪いもんじゃなさそうだ、と柏木さんは苦く笑った。わざわざ掘り返すことはない、と。

「そんなに焦らなくても、記憶はそのうち戻ると思う。昔のことは気にせず、ゆっくり記憶を取り戻していけばいいよ。高校の時のことはともかく、三年前のことなんて気にしてもいいことないだろ」

 わたしもそう思っていた。けれども。

「おっしゃることはわかりますが……そういうわけにもいかないんです」

「え?」

「わたしはやっぱり、一刻も早く記憶を取り戻したい。ご迷惑であることはわかっているんですが……」

「……川谷さん」

「それに……胡桃さんのことも思い出したい。声をかけてくださったということは、三年前のわたしたちはそれなりに親しかったんですよね? それなのに亡くなったことまで全部忘れてるなんて、嫌、です」

途切れ途切れだったが、そう言い切れば、柏木さんは「そうか」と呟いて俯いた。

黙ったまま柏木さんを見つめる。そのまま待っていると、やがて彼は口を開いた。

「――三年前の連続殺人は、塾っていう狭いコミュニティの中で起こった。高校受験のための、中学生が通う学習塾に通う生徒たちだけが殺されたんだ」

「塾で? ということは」

「そう。胡桃も、川谷さんも、その塾に通ってた塾生だった。そして胡桃は……最後の被害者だった」

 そして彼の従妹は連続殺人事件で、最後に殺された被害者ということか。

 送り迎えをしていたということは、彼は胡桃さんの近くに住んでいたのだろう。従兄妹同士で仲が良かっただろうに――。

(それに本当に、三年前にも連続殺人事件があったなんて)

 今回の連続殺人事件は高校生連続殺人事件。そして三年前は中学生連続殺人事件。

 嫌でも関連性を疑ってしまう。

「……あの、確か、犯人はまだ逃亡中って言ってましたよね? それは既に犯人はわかってたけど逃がしてしまったのか、それとも犯人がわかってないのか、どっちなんですか?」

「これといった証拠はなかったが、状況証拠や当時の人間関係から、犯人としてとりわけ警察に疑われていた奴はいたよ。けどそいつは、警察にマークされてたにも関わらず上手く行方を晦ました。それでそれから事件は未解決のまま動きを見せていない」

「その犯人というのは?」

「宇野春樹という男だ。三年前は二十代半ばだったから、まだ今も三十路にはなってないんじゃないかな。確か逃亡する直前に逮捕状が出て、自宅に逮捕しに行ったら既にいなくなっていたそうだ。今も多分指名手配はされていると思う」

「なるほど……」 

少し温くなった様子の紅茶に目を落とした。

 連続殺人犯。宇野春樹――。

「もしかして、事件の証拠だとか犯人の動向だとか、そういった詳細な情報についても集めていたんですか?」

「まあ、胡桃のこともあったし、やっぱりやり切れなくてな。年の離れた従妹だったから、距離は多少あったけど……犯人のことはどうしてもな。従妹の死に関わったやつを許す気にはなれないよ」

 だからこそ何も知らないで、何もしないでいるのに耐えられなかったのだと言う。

無理もない。すみません、と軽く頭を下げると、柏木さんは首を横に振った。

「いいんだ。実際、川谷さんの言う通り、君は胡桃にとって、塾の中でもそれなりに仲がいい友人だったから」

「そうですか……あの、でその情報集めって、まだ続けているんですか?」

「ああ、まあ、少しは。でももう時間も経ったし、最近は他の取材もあるから今はあんまりできてはないかな」

「他の取材?」

 首を傾げると、柏木がおもむろにジャケットの懐からカードケースを取り出した。そして、その中にあった一枚の名刺を唯衣の前に差し出す。唯衣はそれを手にすると、そこに記された情報にざっと目を走らせた。

 中央にある柏木のフルネームの右下に、電話番号とメールアドレスが印刷されている。そして、そのすぐ上にはフリージャーナリスト、と記されていた。

「ジャーナリスト……記者さんだったんですね」

「フリーだから割と自由な立場でな。大変なことも多いけど、束縛は少なくて動きやすいんだ」

 なるほど、と頷きつつ手にしていた名刺を財布の中にしまう。

「それで、何か役に立ったかな」

「はい。さすがにすぐには思い出せそうにないですけど……何かのヒントになるかもしれないので」

「そうか……。それにしても川谷さん、普通に話せてるし、振る舞いにも一般常識にも問題はないみたいだけど、その、受験は大丈夫なのか? それこそ親御さんじゃないけど、やっぱりこの時期にこうなっちゃったんじゃ大変だろ? 余計なお世話かもしれないが」

「ええ、まあ、そっちはなんとかなっています」

「それはつまり、学習内容は忘れてないってこと? 生活性健忘?」

「少なくとも、授業の内容が意味不明で困る、ということはなかったです」

 そうか、と柏木さんが痛ましそうな表情になる。

「じゃあ本当に、過去の記憶だけがすっぽり抜け落ちちゃってるわけか」

「はい」

「それで川谷さんが焦って記憶を取り戻そうとしているのは……やっぱり今起きている事件のことと関係しているのかな」

 反射的に目を丸くして柏木さんを見たが、記者なら知っていてもおかしくはないのかと思い直す。実際、二人の被害者がどちらもうちの高校の生徒であると嗅ぎ付けたマスコミが校門に集まっていたのだ。

「わかりますか……やっぱり」

「まあ。僕もある程度は調べているからな。何せ胡桃が死んだ事件と手口がよく似てる」

「というと三年前の被害者たちも……その、刺されて殺されてしまったんですか?」

「そうだ。とはいえ二つの連続殺人事件の共通点は『被害者は刺されて死亡』くらいだったから、模倣犯の可能性も全然あるんだけどな」

(模倣犯の可能性もある、ということは――)

 逆に考えれば、中学生連続殺人事件の最有力容疑者であった、宇野春樹の犯行の可能性もあるということだ。

「……柏木さんは、今起きてる事件も、宇野春樹の仕業だと思いますか?」

「わからない。僕みたいな吹けば飛ぶような木っ端記者じゃ、なかなかうまい情報が掴めなくてね」

 柏木さんは自嘲するように笑う。おどけてはいるが、情報収集には苦心しているのだろう。

「……わたしは不安なんです。三年前のことを知ったのは今ですが、わたしの知人ばっかりが殺されている。しかも、わたしは過去のことを何も覚えていない……。だから自分が何かをしてしまったんじゃないかって、そういう不安を完全に否定できないのが怖いんです」

「それは……まさか自分が」

「わたしが――人を殺すなんて、有り得ないと思います。でも、記憶を失う前の自分がどういう人間だったかなんて、わからないでしょう。他人から見た「川谷唯衣」が、本当の「川谷唯衣」なのか、誰も証明できないじゃないですか」

 だから思い出したい。わたしは何も悪いことはしていないんだと確信したい。

 少なくとも、自分の周囲で異変が起きているのは事実だ。三年前から今まで、一体「わたし」の周りで何が起きていたのかを知りたい。

「確かに……」柏木さんがコーヒーを見下ろして呟く。「西寺さんも清水くんも君と親しい関係にあったと耳にしたことがある。それなら不安になるのも無理はない」

「え……わたしは、西寺さんとも親しかったんですか?」

「調べた限りではそういう話が聞こえてきたけどね。そのあたりは君の学校の友人の方が詳しいだろう?」

「そう、ですけど……」

 少なくとも響也たちからはそんな話は聞かなかった。

「西寺さんが亡くなった時に聞き込みをしたけど、高校に入ってから親しくし出していたようだよ。三年前は君ともたまに話したが、君自身から西寺さんと仲がいいという話は聞いていなかったから意外だったな。タイプが全然違う」

 西寺春花は派手好きで、響也とはまた違ったクラスの中心人物だったそうだ。いわゆるスクールカーストのトップの女子といった立ち位置。

「というより……その言い方だと、西寺さんも例の学習塾に通っていたんですか」

「みたいだ。クラスは違ったはずだから、詳しくは知らないけどな」

「そうですか……」

 三年前に殺された四人は全員同じ学習塾に通っていた。これはおかしなことではない。四人目を殺害するまで、警察に疑いを持たれつつも完璧に追及をかわしていた宇野は、その塾の講師をしていたのだから、宇野が生徒から標的を選んだだけの話だ。

 そして、今起きている連続殺人事件の被害者である西寺さんも例の学習塾出身。ということは、清水くんもその学習塾出身ということなんだろうか。

 仮にそうだとして、今起きている事件が再び現れた宇野の仕業だというのであればおかしなことではない。三年前の続きが演じられていると思うのが自然だし、響也ではないが、警察もその線が有力だと考えているような気がする。

 だが、もし――そうでないのなら。

「……大丈夫か? 川谷さん」

「あ……はい。すみません、ちょっと考え込んでしまって」

 宇野春樹が復活し、再び殺人鬼として三年前の続きを演じている。

 ひどく恐ろしいはずなのに、何故かわたしは――『そうでない』ことの方を、恐れているような気がする。自分でも自分がわからない。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「あ、わたしが払いますよ。強引に連れてきてしまったのはわたしなので」

「いやいやいや、僕いい大人だから。高校生に奢られるわけにはいかないよ」

 伝票をさっと奪われ、恐縮してテーブルを立つ。

 そういえば、紅茶はまだ飲みかけだった。ティーカップの底に少し残った紅茶は、もうほとんど冷めてしまっているだろう。

(そんなことはどうでもいい)

 どうして、響也たちは、西寺春花さんのことをわたしに教えてくれなかったんだろう。

 わたしが高校時代から特に親しくしていたということは、仲良くしていたグループの中に彼女もいたということではないのか。

(なんで……)

 一体何が真実であるのかも、記憶を失ったままでは確かめることさえできない。



都内中学生連続殺人 四人目の被害者の遺体発見か 警視庁が関連を捜査2020/07/09


(写真)

柏木胡桃さんが通っていた学習塾=7日午前、警視庁


 K市内の学習塾の教室内で、塾生である柏木胡桃さん(15)の遺体が見つかった事件で、胡桃さんがこれまで報道されている連続殺人の四人目の被害者の疑いが濃厚であることが捜査関係者への取材で分かった。

 警視庁捜査一課とK警察署は、学習塾講師の宇野春樹の犯行とみて捜査。胡桃さんの遺体には、後頭部を強く打ったあとがあり、またこれまでの事件と同様、心臓を刃物で一突きされていた。警視庁は犯行後から行方が掴めなくなった宇野の行方を追いつつ、胡桃さんほか被害者三名の殺害に至った経緯の解明を進める。

 警視庁の発表では、胡桃さんは、学習塾で遅くまで残って勉強しており、一人になったところを殺害された可能性が高いとされる。胡桃さんが所属していた学習塾は小規模な個人指導の学習塾であり、常に塾内に複数の講師がいるわけではなく、自習をする生徒が少なければ、講師と二人きり機会になることは多いという。捜査関係者によると、今までの事件と違い、今回の事件では犯行に使われた刃物は現場に残されており、宇野はこれまでもこの刃物を使って犯行に及んでいたと考えられる。

 司法解剖の結果などによると、胡桃さんの頭部の外傷は、死因との直接の関連性はないが、犯人に負わされたものだと見て捜査が続けられる見込み。



中編リンク→まだ

毎日更新(noteは一気に更新)→

https://ncode.syosetu.com/n7250iv/

創作の応援をしてくださる方はこちら😌→

https://www.amazon.co.jp/hz/wishlist/ls/2A4ERXX2JQVTK?ref_=list_d_wl_ys_list_2&filter=all&sort=default&viewType=list

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?