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短編「揺籃の歌」

私は同じ夢を毎日のように見る。私が眠っていると、なんだか病弱そうな少年が私の布団に入り込んで来る夢。夢でも眠ってしまうところがなんとも私らしくて笑えない。 でも今日の夢はいつもと少し違った。いつものように少年が私の懐にもぐって来るまでは同じだった。けれどその少年はなぜか泣いていた。私は何度も何があったのか聞いたのだけれど、少年は顔をシーツに突っ伏したまま泣いていた。私は何だか母性を感じてしまい、黙って強く抱きしめた。暗くて顔はよくわからなかったが、私がまわした背中には傷

    • 短編「ある氏の手紙」

       私は旧友との邂逅に今か今かと待ちわびていた。自然と進む足取りは今日という一日を象徴していた。が彼は来なかった。後日彼から一通の手紙が届いた。以来彼は生きているのか死んでいるのか。わからない。手紙にはこう記されてあった。  親愛なる骨川君  此度は私の乱暴に付き合わせてしまって本当にすまないと思っている。あの日私は確かに君との待ち合わせ場所に行くつもりでいた。何なら手土産まで持参する周到だった。けれど私は行けなかった。いや行かなかったといった方が正しいのかもしれない。骨川

      • 短編「るつぼ」

         賑やかな一室。窓は空いていない。賑やかというのは殷賑を極めて騒がしいという事ではなく、物があたりに錯落しているが、点綴とまるでそこに配置するために置かれたような散乱ぶりということだ。案外ここの住人は几帳面なのかもしれない。  インクの匂いが強すぎる。いやこれは絵の具だろうか。ここの住人は絵描きだ。絵描きにちがいない。ほうら、何やら奥の方に命の鼓動が聞こえる。じーっと目を凝らすといた。服が汚れている。多彩な色で汚れている。  絵描きは僕の目を見ずにキャンパス一点を見つめ、言っ

        • 小説「ポプラで待ってる」

           ドア閉まります。黄色い線の内側までお下がりください。照りつけるプラットホーム。今日も明日も明後日もおそらくこれから先、半永劫的にものを乗せたその箱は肉塊を錘として次の目的地まで運ばれる。ガタンゴトン。ガタンゴトン。そこにはモラルと生活に摩耗された、無意識の死を選んだ玄人達が形骸をなして混在している。顔の節々には残酷にも一刻一刻と刻まれたであろう決して逆らえない、不可逆的な時間という刻印が彫り込まれている。肉体と精神とがどんどんと距離をとる。ガタンゴトン。ガタンゴトン。なぜな

        短編「揺籃の歌」

          短編「彼女はいつも薄っすら煙草の匂いがする」

           「これで何度目よ、約束は守ってもらいますからね」  月子さんは日々の煩雑な疲れが祟ってか、らしからぬ剣幕で怒って私を萎縮させました。 「前もたばこはお辞めになったとおっしゃったじゃありませんか。それが何ですかこの部屋に立ちこめる燻べりは」 「違うんだよ、お月さん。これはアイコスといって体に害がないどころか匂いも柔らかいしとてもいいんだ」 「問答無用です」  お月さんはそう吐き捨てると自慢の秀眉をへの字に曲げて、嫌悪を抜かり無く部屋に残し、去っていきました。  煙

          短編「彼女はいつも薄っすら煙草の匂いがする」

          短編「彼女は僕の眼鏡をかけて度が強いと言った」

           「もっと早く言ってくれたら良かったのに」 彼女のシャープな口元から投げられた言の力は、僕のからだの骨々へと染み込んだ。 「今はだめでも、何年でも待つから。僕は貴女のことが」 彼女の両耳にしっとりと垂れ下がった紫の小さなピアスがキラリと、部屋に差し込んだ斜陽に反射した。  それは僕が上野のお土産屋さんで買った安い、とても安い天然石を基調としたよくあるものだった。己の血と肉で触れ、自らの手で渡した、その両耳の光るものには、もう二度と触れることはおろか見ることもできない未

          短編「彼女は僕の眼鏡をかけて度が強いと言った」

          遅ればせながら文學界新人賞落ちました

           骨川です。おばんです。去年投稿していた『ポプラで待ってる』という小説、見事落選しました。何を今更書いているのかというと情報の疎い僕にも面白そうなコンテンツがあるではありませんか。ということです。書くこと何も思い浮かばないのではい。落ちました、はい。見たい方いましたら載せます。何文字以内とかあるんですかね。まあいいや。テーマといいますかあらすじはパニック障害を持つ一人の男と女が互いに打ち明けられずに社会に摩耗されながら半死半生の日々を送っていまして、ひょんなことから互いが自分

          遅ればせながら文學界新人賞落ちました