見出し画像

星のダイヤも海に眠る真珠も

遠距離恋愛って、一体どこからが遠距離恋愛なのだろうか。

私のお友だちのカップルは、高校卒業ののち、県内の東の方と西の方にある学校にそれぞれ進学することになり、「私たち遠距離恋愛になるの」と言っていたな。私はそれを聞いて、この子は甘えん坊だな、なんて心の中でこっそり思っていたものだ。

私の想像する遠距離恋愛は、それこそ田舎から東京へ旅立つ少年と地元に残って少年を待つ少女のように、最低限都道府県をまたいだもの、あるいはそれ以上に遠い、国と国をまたいだもの、はたまた私の知らないところで展開されているかもしれない、地球とどこか他の惑星という、宇宙規模のものだ(最後のは恋人にいつも「大げさだね」と言われるけれど、私はそういう恋愛もきっとどこかで存在していると信じている)。

だから友だちのそれは、私からすると遠距離恋愛と言うには少し近すぎた。県内なら、まあちょっぴり大変かもしれないけど、週末に会おうと思えば余裕綽綽で会えるもの。でも私は……あれ。私も本当に会いたければ、何とかすれば週末会えるのかな。彼が行くのは東京だけど。ならば私が遠くて会えないと思っているのは、私の好きの気持ちが足りないから…?

などと、そのとき実はとても考え込んでしまいました。

せめて彼女が「中距離恋愛になるの」くらいに収めて言ってくれていたら、私は「うーん…」と唸りながら、頭をもやもやさせることもなかっただろうになあ。

けれど言葉なんて曖昧なものだから、そのひと自身が「遠距離だ」と感じればそれは遠距離なのだろうと、今はすとんと腑に落ちる。けれど私はそのとき、自分の心がさびしさと不安とであまりにいっぱいいっぱいだったので、彼女の話を聞いてすぐに自分を引き合いに出してしまった。そのことについてはごめんなさい。けれどそんな不安定だった私のことをどうか許してね、と思う。

そんな春からもうすぐ2年経ち、私たちは次の春で大学3回生になる。

2022年に入ってから、この約2年間、ずっと恐ろしくて聴くことができなかった曲をようやく聴けるようになった。木綿のハンカチーフという曲。

なにかの音楽番組でこの曲の1番を耳にして、なんて可愛らしいメロディと歌詞なんだろう、しかも私にぴったり!と思っていた。でもまた別の日のテレビ番組でやっていた昭和のラブソング特集でこの曲が取り上げられていたときに、4番まである歌詞を初めて全部知ってしまい、私はこの曲、とても聴けないや、と思ってしまったのだ。

木綿のハンカチーフは、地元を離れて都会へ旅立った男の子が恋人に呼びかけ、田舎に残った女の子がそれに応える、というとても簡単な歌詞のくりかえしで曲が進行していくのだけれど、4番で男の子は女の子に、「ぼくは帰れない」と言うのだ。それを聞いた女の子は、最後のわがままだから、どうか涙を拭くための木綿のハンカチーフをくださいと男の子にねだる。それがあまりにいじらしくて、ちょっと泣きそうになる。

けれどいくらこの曲を気に入ったといえ、今はとても聴けない。私の恋人も東に旅立った。この曲の最後と同じように帰ってこなかったらどうしたらいい?私の4年間をこの曲の通りにするわけにはいかない、それではあまりに切ないではないかと、何も起きていないのに私は勝手に胸を痛めてしまった。

そういうわけで最初の2年間、私はこの曲を聴くのを避けていた。

普段は遠距離恋愛の楽しくて優しくて甘い一面だけを見ておかなくては、結末によっては立ち上がれないほどに痛い心を抱える羽目になりかねない。そう思っていたから、私はまるでおまじないをかけるように、その曲をそっと自分から遠ざけた。

けれど最近またこの曲が流れているのを耳にして、どうしても最後まで聴きたくなってしまったのだ。すると、もういいか、と心の中で誰かがささやいた。

だから最初から最後まで聴いてみた。やっぱりその曲は少し切なくて、けれどあまりにも曲調が明るく、歌詞もメロディもそれほどややこしくないので、つい唇で口ずさんでしまう。それに私が女の子に(しかも置いて行かれた女の子)感情移入してしまうのは仕方ないよね、と思う。

2番では、恋人よ、会えないけど泣かないでくれ、都会で流行りの指輪を送るよ、君に似合うはずだと言う男の子に対して、女の子はこう返す。いいえ、星のダイヤも海に眠る真珠も、きっとあなたのキスほどきらめくはずないもの。

そうだね、星のダイヤも海に眠る真珠も、キスほどきらめくはずないねと、私はその美しい言葉と彼女の思いに頷く。

私たちにはあと2年間、大学生活が残っている。少しずつ何かが変わっていくことは避けられないかもしれないけれど、それでも夜に向けて月がその光を強めていくように、ささやかでも確かな力を私も身につけて、いつかこの曲を彼と聴きながらこの日々を笑い飛ばしたいと思う。

いつか、いつかとそればかりを口にしてしまう。けれどその希望や夢が私たちの未来を形作るのだから、言うのをやめなくたっていいよね。私のお友だちも、私も、いつか大好きな人と一緒に朗らかな日々を過ごせていますように。








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?