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僕らの旅路19

ブログを書く

帰ってきて僕はブログの編集にかかった。綾が撮った動物の写真なんかもアップする。そして、ブログが終わると、簡単なライティングの仕事なんかも幾つか片付けた。パチパチとタイプを打つ音だけが聞こえる。
ここに少し落ち着けるといいなと思う。一件ライティングを終えて、僕はジュースを取りにいった。部屋の中は静かだ。綾はグッスリと眠っているだろう。綾がもっと成長していったら、僕らはどうなっているんだろうな。ブログに記事をアップしてこの日は眠りについた。

長野での日々

シャッとカーテンが開く音がして、僕は眩しさで目を覚ました。
「彼方。起きて」
綾が起こしに来たらしい。眠いながらも起きると、綾は既に身支度を調えていて、早く出掛けようと僕のパジャマを引っ張る。どうも、昨日の動物との触れ合いが余程お気に召したらしかった。
僕らは朝食も摂らず最低限の身支度を調えると起きてすぐに外へと繰り出した。昨日とは違うルートで散歩する。僕らの今住んでいる所は、割と長野の郊外の辺りで、適度に都会で、適度に田舎だった。スーパーに百均に、銭湯も見られる。スマホでマップを見ると、昨日とは別の公園がこの先にあるらしくて、取りあえず、そこで朝食を摂ろうと話していた。
「来て良かったね、彼方」
メロンパンを頬張りながら、綾が何気なくそう言った。同感だ。愛衣先生のいたあの町もいい場所だったが、まだ2日目ながらこの町には僕らをワクワクさせるものがあった。
「今度山に登らないか?」
「山?」
「子供とかお年寄りなんかも登っている手頃な山が近くにあるみたいなんだよ」
「へえ」
モグモグと食しながら綾はその事について考えているようだった。
「登ってもいいよ。でも昨日思ったけど、やっぱりまずは動物園に行きたいかな」
「そうだね。綾は生き物が好きだからね」
綾って何か将来なりたいものとかあるのかなとふと思った。大人になったら動物園で働いたりするんだろうか?

それからもぐるっと周囲を散策して、僕らは一旦家に戻ってきた。僕はブログを書きながらも、長野の情報をネットで集める。動物園の行き方も完璧に頭にたたき込んだ。ブログにアップした昨日の綾とヤギの写真は結構な反響だった。何だか、ネットアイドルみたいになってるな。綾の可愛さのおかげで生計が立てられている感じだが、リアルに影響が出なければいいがとちょっと心配になった。

昼食を摂って僕らは早速近くの動物園に赴いた。
電車に乗って向かう。綾はスマホで動物園のホームページを見ていた。そういや、あれから綾は水族館で買ったイルカのぬいぐるみをいつも抱いて眠っている。動物園でも素敵なぬいぐるみが売ってたら買って帰ろうかなと思った。

動物園

動物園に入ると、綾は迷うことなく歩いて行った。まずキリンを見ていた。それからレッサーパンダをしばらく観察して、次のリスを長い間見つめていた。
「木の上に巣を作るんだね」
綾は可愛い動物が好きで、特にウサギとかリスが好みのようだった。きっと綾は何度もここに来たがるんだろうな。ここなら綾一人でも来れるし安心だ。
それからも一通り動物園を堪能して、僕らは早めの晩ご飯を食堂で食べた。僕も写真を撮れて満足だ。
「動物って何考えてるんだろうね?」
「人間ほど色々考えてはいないんじゃない?お腹空いたとか眠いとか敵が来たから逃げなきゃとかそんなことくらいじゃないかな?」
「彼らはそれで幸せなの?」
「それで幸せなんだよ、きっと」
人間と動物どっちに生まれるのが幸福なんだろうなとふと思った。来世では二人とも人間に生まれているだろうか?少なくとも僕は今の綾の幸福を守りたいと思ったのだった。

長野での日々

僕らは時間をかけて長野を探索した。毎日のように高地や公園や山に出掛けて、帰ってきたら本を読んだり、原稿を書いたりしていた。充実した毎日だったと思う。
後何年かここに留まってもいいかなと個人的にはそう思った。
僕は旅に関する情報をネットで毎日集めていた。いずれ世界中を旅するという野望のため。一方、綾は時々一人で出掛けるようになった。近くの高地まで行って野生動物をひとしきり眺めて帰ってくる。その事が綾にとって大事な事らしかった。僕は僕でこの地に来て、新たにたくさんの本を読むようになった。別に何かの学者になろうと思った訳ではないのだが、知識があれば綾を守れる強さが身につくんじゃないかという気がしたからだ。
そして何ヶ月も過ぎて季節が変わっていった。冬になると僕らは雪合戦をして遊んだり、近くの温泉に入りに行ったりした。そして冬眠するかのように部屋で黙々と本を読んでいた。この頃、綾は何か将来に対して考える事があるらしくて、以前にも増してよく勉強するようになった。僕は高校までしか出ていないけど、綾はもっと上まで行けるといいなと思う。
そして更に季節は巡り春になった。
「綾、おはよう」
「うん」
最近いつも綾は眠そうだった。最近特にいい陽気だしな。この頃では僕が朝ご飯を作り、いつまでも眠り続ける綾を起こすのが日課となっていた。
「今日、上高地まで行ってくる」
「わかった。お弁当作るよ」
最初に上高地を訪れたのはここに来てすぐの頃。その景色に僕は勿論綾も感動していた。そして、温泉に入ったり、野生動物を眺めたりしていた。あそこは猿も鹿もよく現れるから綾のお気に入りスポットだった。
「写真沢山撮ってきてよ」
「わかった。じゃあ、行ってくる」
そして綾は出掛けていった。学校に行っていたら中学生になっているはず。最近はどんどん美人になってきた。綾の成長は楽しみであり、同時に少し寂しくもある。何だか、僕を置いて大人になってゆくような気がした。

漱石を読んだり、ユング心理学の本を読んだり、日蓮の思想に関する本を読んだりしていると、あっという間に時間が経った。綾は今頃、鹿やリスに夢中になっているだろうか。幼い頃は、僕も動物が好きでよく図鑑とか読んでたなあと思い出す。それにしても、とふと思う。綾の両親は娘がいなくなって捜索願とか出してないんだろうか。本当に不思議な人達だなと思う。娘がいなくなって何とも思わないんだろうか。

夕飯のふんわり卵のトマトスープとシーチキンのサラダを作り終えた頃に綾が帰ってきた。
「おかえり。写真撮れた?」
「ばっちりよ。ブログに載せれるようなの一杯。今日はリスも樹の上にいたんだよ」
「良かったね。後で見せて貰うよ。さあ、ご飯にしよう」
夕飯後、綾の撮ってきた写真を見る。動物の写真ばっかだ。鹿、リス、猿、狐や狸の写真まであった。たった一日で随分な収穫だ。綾には動物を引き寄せる天性でもあるんだろうか?ともかく、僕は特に上手く撮れている数点を見繕ってブログの記事に載せた。
「今日は、綾が上高地に行ってきたらしく、撮ってきてもらった写真をいくつかアップします。長野に来てからしばらく。まだまだこの地を堪能し尽くすつもりです。乞うご期待」と。
アップを終えると既に寝る時間だった。
「綾、お風呂入って寝る準備しな」
リビングでソファに座りながらじっと本を読んでいる綾にそう声をかけた。
「ねえ、彼方。私の親が探してたりしないかな?」
「どうして?」
「だって、私がどこかで死んでたりしたら問題じゃない?捜索願くらい出してたりしないのかなと思って」
「確かに気になるけど、警察に聞く訳にもいかないしな」
「まあいいや。しばらくはここにいるんだよね?」
「ここはいいところだからね。綾はどっか他に行きたいところとかあるの?」
「私は世界中を旅したいかな」
「世界中か」
「地球上の色んな国を旅して回るの。自由に何にも囚われずにね。素敵でしょう?」
「そうだね。悪くない」
「ふふ、夢は多い方がいいよね。さて、眠くなってきたな。今日はもう寝るね」
「うん。おやすみ」

春になると僕も混ざって、共に長野の豊かな自然の中で春を探しまくった。たんぽぽや菜の花を見つけて喜んだり、ウグイスやメジロの写真を撮ったりした。

成長

綾が15歳になった頃、僕らはまだ長野のマンションで過ごしていた。綾は最近とりわけ大人っぽくなってきている。
「今日、図書館に行ってくるね。帰りは夕方くらいになると思う」
「うん。いってらっしゃい」
ここに来たばかりの頃、綾は動物と触れ合う場に出かけてばかりいたが、最近は知識欲旺盛なようで図書館に籠もりっぱなしだった。
結構なことだと思う。綾は将来何になりたがっているんだろう?思えば、学校にも通わない綾は自分の未来についてどう考えているんだろうな?
「ただいまー」
「おかえり」
寒くなってきていたので、綾は部屋に帰ってコートを脱いで、温かいココアを飲んでいた。
「いつも図書館で何を読んでいるの?」
「動物行動学とか分子生物学の本とかね」
「へえ、面白い?」
「結構ね」
夕飯を食べ終えると、綾は部屋に籠もって、パソコンで英語の動画を見ているようだった。以前僕が英語が上手くなりたいと言う綾に紹介したものだ。
「ふう、少し疲れた。何か甘い物ない?」
「アップルティーなら煎れてあげられるけど」
「ありがとう」
リビングで二人でお茶を飲む。
「ねえ、綾は将来についてどう考えてる?学校とか行きたいの?」
「うん。私、動物の研究者になりたいかなって思って」
「へえ」
僕は素直に驚いた。
「出来たら大学に行けたらなって思ってるの」
「なるほど。それじゃあ、愛衣先生みたいな先生にまたついて教えて貰う?」
「そうだね」
綾なら素質もあるし、世界を股に掛ける研究者とかになれるかもしれないと思った。そしたら世界中の色んな動物と触れ合えるし、僕らの世界を旅するという趣旨からも外れていないし、いいんじゃないかなと思った。

それから僕は再び家庭教師を探し始めた。調べてみると、愛衣先生とまではいかなくても不登校専門の家庭教師サービスの会社にはそれなりに良心的な先生がいるらしかった。その内の優しそうな女の先生を探してついてもらうことになった。その人は北大の理学部を卒業していて、大学では生物学を専攻していたようだったので、綾が目指す大学にも丁度良いんじゃないかと思ったのだ。
あれからすぐに依頼することが出来て、相性も問題なかったので、今日も二人で部屋に籠もって勉強している。僕は夕ご飯と夜食をまとめて作っている。思えば最近以前にも増して綾の保護者のようになっている気がする。今更だが。里奈先生という30代くらいのその先生が言うには、綾はどの教科も満遍なく出来るタイプらしかった。一点に特化したタイプというよりは万能型らしい。全然学校には行ってないものの、高校の内容もその内学習を終えられそうで、近い内に模試を受けて力試ししてもいいかもしれないと言っていた。

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seigo
小説を読んで将来に投資したいと思っていただけたら、是非サポートをお願いしたいです。小説や詩を書くことで世界に還元して行けたらと思います。