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第206回 【筋トレ日誌 その他日々是】197(2021/10/25)▲▲東山魁夷・鑑真から人生の物語を感じる▲▲

日曜日に
東山魁夷・唐招提寺御影堂障壁画展 
へ行って参りました。


あまり美術作品への造詣は深くは無い私ですが、
作品のスケールの大きさ、微細な筆致で描かれた襖絵の凄さ、
に心揺さぶられた事は勿論のことですが、
それ以上に『人の物語(ヒストリー)』に大きく興味を惹かれました。


東山魁夷といえば
今や日本画家界では右に出る者はいない、
そんな存在でいらっしゃるかと思いますが、
若き頃は苦難の連続であったといいます。


身内の相次ぐ死、
画壇で認められる事もなく鳴かず飛ばずの日々。
自身が『どん底』と呼ぶに相応しい生活だったといいます。


私が強く興味を持ったのは、
このどん底から如何にしてかの東山魁夷が
生まれたのであろうか、ということでした。


どん底後の魁夷は
人生に対して諦観を持ったとでも言うか、
人生を柔軟なものとして受け止めるようになってからが
華開く時期だったようです。


魁夷はこんな言葉を残しています。
『全てが無くなってしまった私は、又、
今生まれ出たのに等しい。
これからは清澄な目で自然を見る事が出来るだろう。
腰を落ち着けて制作に全力を注ぐ事が出来るだろう』
(わが遍歴の山河)


抗いようの無い事実を受け止めて
枝がしなるが如く受け止めていく、感覚でしょうか。


先日も
他者の人生の物語から学ぶ事は多い、
という事を書きましたが、
特にV字谷のどん底を経験した方の
下り坂、上り坂(時には加えて、まさか、もある)
の生き様はストック事項として大変有意義です。
もし仮に自分が同様のどん底に落ち込んだ時に、
どん底を経験した人の物語を知っているだけでも
大きな勇気や期待が持てそうです。


どん底からの這い上がり、という点では、
今回のテーマである唐招提寺と縁深い鑑真についても
外す事は出来ないのではないでしょうか。


日本への渡航に5回も失敗し、
盲目にまでなってしまう。


まさに命を懸ける行為を6回にも渡って続ける事ができた
その情熱は如何程のものだったのでしょうか。
目が見えなくなっても前に進もうと突き進む
その原動力は何だったのでしょうか。


鑑真は遠い昔の人だから、と思いがちですが、
先人も同じく人間。
失敗続きから何を感じ日本に渡ろうとしたのか。
こちらはまだ詳細を突き詰められてはいませんが、
新たな人生物語ストックのテーマとして研究してみたく。

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