【テキスト】スキマゲンジ第19回「薄雲(うすぐも)」

前回のあらすじ。

京に来ることを躊躇していた明石の君ですが、母方の祖父の持っていた邸が京のはずれにあるのを修理して、そこに移ってきました。紫の上の機嫌を気にしつつも、三歳になる姫の将来を気にする源氏の君です。

スキマゲンジ第19回「薄雲(うすぐも)」の巻。
悩みの種は尽きない。

源氏の君は、明石の君に「姫をこんな物寂しい山里で育ててはよくないよ。紫の上も会いたがっているので、うちで袴着(3歳から7歳の間にするお祝いの儀式です)も立派にさせてあげたいと思っているよ」と真剣に話します。明石の君は「今さら高貴な方に育てられても、世間では私の産んだ子だと知っているのですから、とりつくろうことはできないでしょう」と手放したがりません。

でも、たしかにあんなに一人の女性に落ち着くことのなかった源氏の君が、すっかり落ち着いたのは、紫の上がいるからだと思うと、並みの女性ではない気がします。そんな素晴らしい女性に育ててもらう方が姫にとっては幸せかもしれない、と心は揺れ動きます。

仕方なく決心した明石の君の邸に、源氏の君の車が迎えに来ます。幼い姫は、母を呼んで泣くこともありましたが、紫の上によくなついたので「ほんとうに可愛い子どもを授かったわ」と紫の上も、他のことはそっちのけで姫を抱いたり可愛がったりします。

袴着の式はすばらしいものでした。(この式を源氏の君の邸で行うことで、源氏の君の娘として披露したことになります)

年が明け、源氏の君の多忙が少し落ち着いた頃、太政大臣が亡くなりました。その年は天変地異が多く、世の人々も不安がっています。でも、源氏の君だけは違う不安をひそかに抱いているのでした。

藤壺の院も年明けごろから病気がちになり、急激に悪化して3月には亡くなってしまいました。帝と源氏の君の悲しみは大変なものでした。

藤壺の院が信頼していた年老いた僧が、源氏の君の勧めで帝のそばについてあげています。

ある静かな夜、その僧がとてもためらいながら、帝に話し始めます。
「このことは、過去から未来へと続く一大事なのでございます。申し上げずにいたら、亡くなった院、藤壺の院、源氏の君のためにも、よくないことが起きるかもしれません。」と前置きをして続けます。

「帝をご懐妊されたころから、藤壺さまは深く思い悩んでおられ、わたくしが呼ばれてご祈祷をさせていただきました。また、源氏の君が須磨に行かれたときも、藤壺さまは深く心配され、ご祈祷を申しつけられました。源氏の君もそれをお聞きになって、重ねて祈祷され、それは、帝が今の位におつきになるまで続いたのです。そのご祈祷の内容というのは…」

と詳しく話す内容を聞きながら、帝は思いもかけないことに驚き、恐ろしく、悲しく、心が乱れるのでした。

僧は「天が異変を起こして警告してくるのは、このことだったのです。帝がまだ幼くていらした頃はよかったのですが、もういろんなことがおわかりになる歳になられたので、天がその罪を明らかにしているのです。帝が何もご存じないのが恐ろしく、改めて申し上げた次第でございます。」とだけ言うと、夜が明けるので退出してしまいます。

帝は、亡くなった院にも申し訳ないし、父である源氏の君がこうして臣下として仕えているのも恐れ多い。と考え込んでしまいます。

秋の人事異動の時、帝は「源氏の君に帝の位を譲りたい」という話をこっそりと漏らします。源氏の君は、譲位も、太政大臣になることも固辞します。ではせめて親王にとも言われ、それも辞退しますが、誰かが帝に秘密をばらしたのだと気づくのでした。

秋になって、斎宮の女御が里帰りとして二条院に戻ってきました。源氏の君はすっかり親代わりでお世話しています。

しみじみと昔語りなどしていると、女御の気配がうつくしく可愛らしく、なまめかしく感じられます。

源氏の君は昔の恋の話などしながら、「こういった気持ちというのはなかなか抑えられないのです。あなたには恋心を抑えてお世話しているのだということはわかっていただけますか?」と言ってくるので、女御はどう答えたらいいかわからなくて黙ってしまいます。

返事がないので源氏の君は残念そうに話題を変えます。「ところで、あなたは春と秋ならどちらがお好きですか」という問いに、「母の思い出がありますので、秋がいいかと…」と自信なさそうに答える女御が可愛くて、源氏の君はたえられず、「私も亡き御息所の思い出がたくさんあります。寂しさに耐えられなくなった時は思いを交わしてください」と口説き始めます。

女御が黙ってしまっていても、源氏の君は、この機会にとばかり、言葉を尽くします。源氏の君が、自分で年甲斐もないと言いながらも、口説くのをやめないのが、女御は本当に嫌だと思って、少しずつ遠ざかっていくのでした。

源氏の君は「ひどく嫌われたものですね。でも、本気で口説く人はこんな風には言いませんからね。嫌わないでください。つらくなります」と言って席を立って帰っていくのでした。女御は、その残り香すら嫌だと思っています。

源氏の君は、「このような無理な恋に胸をふさがれることが、まだあるんだなあ」と自分ながら思い知った様子です。「若い頃はもっとひどかったが、それは神も仏も見逃してくれるだろう。恋の道というのは、強気で深い方が勝つのだ」とも思うのでした。

次の日になると、源氏の君は何事もなかったかのような顔で、より親ぶってお世話をするのでした。


次回スキマゲンジ第20回は「朝顔」の巻。今まで名前ぐらいしか出てきていなかった「朝顔の斎院」のお話。

こぼれおちる愛。
お楽しみに。

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