【テキスト】スキマゲンジ第34回「若菜上」その4

前回のあらすじ。
女三の宮を正室に迎えた源氏の君は自分のほだされやすい性格を悔やんでいます。紫の上は何事もない風を装い続けています。

スキマゲンジ第34回「若菜上」その4。猫は魔物。

明石の姫君あらため、明石の女御はまだ12歳でしたが、懐妊したということで、六条の邸に戻ることになりました。部屋は女三の宮のいる御殿の東側です。もちろん明石の君が付き添っています。

紫の上は、明石の女御に会いに行くついでに宮にも挨拶をしたいと言います。源氏の君は、あまりに無邪気で何も考えていない宮の様子を紫の上に見られるのは恥ずかしい気もしますが、いろいろ教えてやってほしいと思っています。

紫の上は、そうは言ったものの、宮に会うことで自分の立場がしっかりしていないことを再確認するだけではないかと考え込んでしまいます。手習いなどしていても、気づけば歎くような和歌ばかりを書いていて「私は、今つらいと思っているんだわ」とあらためて思うのでした。

源氏の君はきちんと着飾った紫の上を見て、去年より今年、昨日より今日がうつくしく、いつもそれに驚かされる、と思っています。

明石の女御は、実の母親よりも育ての親の紫の上の方を親しい者として頼りにしています。久しぶりの里帰りなのでたくさんお話をして、その後、女三の宮のところにも挨拶に行きます。

女三の宮はとても子どもっぽいので、紫の上は安心して、母親のように接することができました。乳母とも打ち解けて話すことができました。

それからは、しょっちゅう文のやりとりなどして、遊びのことなども親しく言い合っています。この仲睦まじい様子に、どちらが寵愛を勝ち取るのかなどという、世間のお節介な噂や悪い噂は自然と消えていくのでした。

年末になると、秋好中宮も源氏の君の40歳を祝うために、六条の邸に戻ってきました。帝もどうにかして本当の父親である源氏の君にお祝いをしたいと思うのですが、源氏の君はそのたびに「大げさになるので」と辞退します。帝は、夕霧を右大将に任命して、その祝いという形で、太政大臣を六条の邸に行かせ、そこで宴を催すのでした。

三月、明石の女御が男の子を出産します。若君のおかげで、紫の上は、明石の君と会う機会も増え、とても仲が良くなりました。

さて、夕霧は女三の宮のことが少しばかり気になっていたので、時々宮の気配や様子をうかがっていましたが、ただおっとりしているだけの人で、あれだけ華々しく輿入れをしたけれど、実際はそれほど際立った人でもないのだと思っています。

宮に仕えている女房たちは若い美人がたくさんいますが、華やかな雰囲気に同調する者ばかりで、子どもじみた遊びに夢中になっています。源氏の君もこれといって注意することはないのでした。ただ、女三の宮にだけは、しっかりと教えたり注意したりするので、少しは身についているようです。

太政大臣の息子柏木は、もともと女三の宮との結婚を望んでいたこともあって、今でも様子を伝え聞いています。紫の上の雰囲気に圧倒されておられるという噂を聞いて、「自分ならそんな状態にはしない。あんなに高貴な身分のお方なのに」と思っています。

春のうららかなある日、六条の邸に蛍兵部卿の宮や柏木が来ていました。夕霧が蹴鞠をして遊んでいると聞いて、呼び寄せます。他にもたくさんの上達部たちが集まり、蹴鞠に興じ始めます。夕霧か桜の枝を少し折って、邸に続く階段の途中に腰をかけると、柏木もそばに来て「風は桜をよけてふけばいいのに」と桜越しに女三の宮の御殿の方に目をやっています。宮の女房たちはみんな外の見えるあたりに集まっているらしく、色とりどりの衣装の端が御簾越しに見えています。

そこに、小さい猫が少し大きな猫に追われて突然御簾の端から走り出てきました。その猫に長い紐がつけられていて、それが何かにひっかかって、御簾の端が引き開けられてしまっています。女房たちはそれを直すこともせず慌てています。

少し奥に上着一枚で立っている女性が見えます。小柄で細くて、言葉にできないほど愛らしい女性です。猫の鳴き声で振り向いたその顔や動作もおおらかで可愛らしい人でした。夕霧は、なぜ気づかないのかと咳ばらいをして気づかせます。柏木は、ずっと思いを寄せていた女性を目の当たりにして、胸がいっぱいになるのでした。

帰る時に、夕霧と柏木は牛車に同乗して、語りながら帰ります。柏木が「宮さまはお気の毒です。源氏の君が紫の上の所にばかりおられて。院があれほど愛情を注いでそだてられたのに」と言います。夕霧が「そんなことはないですよ。源氏の君は宮をとても大切にしておられますよ」と言いますが、柏木は聞き入れません。面倒なことにならなければいいが、と夕霧は思っています。

柏木は、女三の宮の乳母子で顔なじみの小侍従に文をことづけます。小侍従が宮にそれを見せると、宮は姿を見られたことに気づき、「源氏の君がいつも夕霧には姿を見せるなと言っておられたのに。もし夕霧がこのような文を書いていたら、どれだけ源氏の君に叱られるでしょう」と、柏木に姿を見られたことよりも、源氏の君を恐れるのでした。なんと幼い考えの宮なのでしょう。

次回スキマゲンジ第35回は「若菜下」その1。柏木の思いは募ります。
流れのままに。お楽しみに。


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