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„死とどう向き合うか“を西表島行きの船の中で読み進めてみる

今日は一日仕事お休みを頂いた

朝の6時50分発の西表島の船に乗り込む。

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港に立つ体温計を持つスタッフに何も言わずにおでこをむける人達に新鮮味も感じなくなってきた。人とは本当に慣れには弱い。

朝日を見ながら水に揺られ本を読むことにふける。

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上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケンさんの“死生学“を語る本。この本を読み進めていく。

別れは小さな死“人間は他者との出会いの中で生きており
自己の一部は愛する人の心の中でいきている別れによって自己の一部が失われるのです。出会いの喜びのあとに巡ってくる一つ一つの別れの体験によって、自己の小さな一部が死んでいく。しかしまた、こうした小さな死を通して、新たな自己を誕生させることも可能であり、私はそれが別れの積極的な意義だと思います“
アルフォンス・デーケン

誰かとの別れ際にいつも僕は何と言えばいいのか分からず困っている。
それは僕が介護系病院で働いていた時に病室で近くに迫る死が訪れる事を待っている患者さんとお話しする時と似ている。“またね“は皮肉っぽいし“スポーツや政治の話“は何の意味も持たない。最後は自分でいいのか、何を話せば少しでも死後の世界を幸福に過ごせるのか。
そんな事に頭を巡らせ無力感に沁みる。
とても積極的な意義だと僕には言えないが地獄にかかる一本の綱を渡りながら矛盾と共に生きていく。
前に進んでも地獄。戻っても地獄。止まっても地獄。そんな絶望を見つめながら僕は出会い(生)も別れ(死)も目を背けないように生きていきたいなと思う。

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さて西表島についたので、本を閉じよう。


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