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高齢者の見せる身体性の発酵について考える〜屋久島の茶としみじみと向き合いながら〜

高齢者の見せる美しさについてたまに考えることがある

今日は屋久島で出会ったお茶屋さんについて

指と追憶、つらつらと


          白川茶園 屋久島

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山の麓に降りる霜
険しい道のりを共に歩んだ
夫婦の手の平に見えるのは
高齢の美


屋久島の森に有機栽培で向かい合う

彼らの手には木のように

血まみれの優しさが刻まれている

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お茶としみじみと向かい合う

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彼らの瞳に映るのは
子供のように春の風に芽吹く
若芽のような無垢ではなく
川の水流によってぶつかりながら
角がとれていった丸い石のような無垢である

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私たちに不可欠なものは
屋久島に漂う朝靄のように当たり前には見えない

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„記憶“という人の歩いた足跡は
川のせせらぎに耳を潤わせながら2人の手の平に何もなかったように佇むのだ

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高齢者の皮膚と茶に見せる
発酵の美
知恵の老成と偶然が交わり呼吸を始め
産声をあげた屋久島の発酵茶・プーアル茶

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彼らの茶と身体はぷちぷちと
呼吸を続け、
皮膚のシワとなり影を潜める。

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京都の七夕に短冊に“死ぬまで生きる“と書いた高齢者との出会いについて





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