京都の山で拾ったウンコをDNA鑑定したら、シマウマだった
どうも、不器用界の帝王、しがないライターのあやこあにぃと申します。
私にかかればモノは壊れ、家具は100年経っても組み上がらず、溢れるこのパッションも1万年と2千年経っても伝わらないのであります。
最終的にはたぶんなんとかうまくこなすのものの、そこへ辿り着くのにとにかく時間がかかる。
不器用には不器用なりの、慎ましやかなやり方が絶対にあるはずだと思うのだけど、内容もよく調べずに突っ走るから、たまに盛大にコケる。
大昔、研究室に入った時もそうだった。
当時、うちの大学には動物の研究ができるラボが一つだけあった。「野生動物の研究がしたい!」と思い、死ぬ気で勉強して、なんとかそこへ滑り込んだら、なんだか様子がおかしい。
みんな、マウスやラット、ブタを日々世話しながら、シャーレに生えた菌類とにらめっこしているではないか。
「動物の」研究をする研究室ではなく、「動物を使って」研究をする研究室だった。大違いである。
なぜ私がそんな勘違いをかましたかというと、そこの教授が野生動物の研究をしていたからだった。
私の指導教官、馬本教授(仮名)は、たびたびアフリカを訪ね、ゴリラやチンパンジーを追いかけていた。ワイルドすぎて、私以外は全員、馬本教授の下の准教授から指導を受けていた。
初めて研究室に行った日、馬本教授は言った。
「きみも、アフリカでサイの調査をしてみないか」
丁重にお断りした。私がやりたいのは日本の動物の研究なんだ。で、シカかクマか迷って、京都の山でツキノワグマを研究することにした。
「することにした」と言っても、日本の山の調査に長けている先輩がいるわけでもなく、研究は手探り状態だった。
馬本先生は(ゴリラの)腸内細菌のプロフェッショナルだったので、先生がアフリカで培ってきた手法に倣うことになった。一言で言うと、クマそのものを探すのではなく、ウンコから生態を解き明かしていく方法だ。
猟師や研究者にかかれば、落ちているフンの形状から動物を見分けることなんて雑作もないことらしいけれども、私にはそんな能力がなかった。だから、ちょっと回りくどいやり方をすることになった。
・まず、山をしらみつぶしに歩いて動物のフンを探す。
・見つけたら、綿棒でフンの表面をゴシゴシして、腸管細胞を採取する。
・試薬に浸した綿棒を研究室に持ち帰り、DNAを抽出する。
・DNA鑑定をして、動物の種類を調べる。(つまり、フンをした動物を調べる。)
・鑑定の結果、クマだったら「オスかメスか」と、「どういう系統か」をさらに鑑定する。
まさかDNA鑑定という言葉を「科捜研の女」以外で聞くことになるとは思いもしなかった。人生、なにが起こるかわからないものである。
そして私はこのDNA鑑定に見事に泣かされた。
研究室の所属学生は全員、授業で理科学実験を履修していた。が、私は諸事情で、実験の授業をひとつも取っていなかった。
でもみんな、軽々とピペットを持って実験している。だから簡単やろ、と思っていた。自分が不器用界隈でブイブイいわせていることなんか、とんと忘れて。
馬本先生には、野村さん(仮名)という助手がいた。ポニーテールをなびかせて、いつもテキパキ動き回っている。先生と共に海外へ行き、ジャングルで颯爽と拾ってくるのだ、ウンコを。
学生で唯一の馬本派ということで、私は野村さんに実験のイロハを教えてもらうことになった。
実験に不可欠なのは、マイクロピペットだ。
マイクロ単位まで試薬を量り取れる、超高性能な器具。
動作的には、ピペットを握って上部のボタンを押し、ボタンを戻しながら試薬を吸い取る、たったこれだけなのだが、そーーーっとやらないと、ビシャッと液がはねる。
ピペットは基本的に共用だ、だからひとたび試薬をはねさせて汚そうものなら繊細な実験をしている他の人に迷惑がかかる。
お察しの通り、不器用帝王はこういう作業がしぬほど苦手である。
ビシャッ。
呆れ返った野村さんに、しばらくはひたすら試薬を混ぜ合わせる練習をしろと命じられた。
野村さんにしごかれつつ、私は京都北部の山々や集落を歩き回った。
たまにフンを見つけると、嬉々として綿棒で表面をゴシゴシ拭った。華の女子大生あるまじき行為だと言われそうだが、実際の女子大生なんてこんなもんだ、ナメないでいただきたい。
実験もなんとかうまくいくようになり、DNA鑑定もスムーズにできるようになった。初めに出た結果は、今でもよく覚えている。
私は、ミソサザイという小鳥を食べたキツネのフンを拾ったらしい。
おもしろい。
地元の人に聞き取り調査して、クマの目撃情報もたくさんもらった。
猟師のおじさんと仲良くなり、事故死した子グマの解剖もやらせてもらった。
やがて、ついにクマのフンも見つけた。
と出てきた時は、ボロ校舎の廊下をバク転で駆け回った。
そのうちクマ研究者とも繋がりができて、東京まで話を聞きに行ったりもした。
クマがなにを食べているか調べるには、フンをザルで洗うのが手っ取り早いと聞いて、実践した。東京の研究者にやり方を教えてもらった時、うっとりした顔で「マロングラッセみたいな匂いでしょ?」と言われた。同意はしなかったが、確かに全然臭くなくて、だいたい、柿やら栗やらを食べていた。
貴重な経験。フィールドワークは本当に楽しかった。このまま研究職に進もうかなぁ、と思ったりもした。
実験は依然として好きになれなかったけれど、そのうち、アフリカ帰りの野村さんの実験を手伝うようになった。
約1万2千km離れたジャングルから持ち帰られた無数のサンプルを、ひたすらDNA鑑定する。サイに追われたり、動物の巣穴に手を突っ込んで取ったものもあると聞いた。
数日して、鑑定結果が出た。結果はパソコンで見ることができる。
画面に、アフリカ固有の動物の名前が並んだ。
「やった!」と野村さんが出会ってからここ半年で一番大きな声を上げた。
野村さんのターゲットはネズミだった。目当てのフンを引き当てたということは、次の段階に進めるということになる。
「すごい!」「おめでとうございます!」などと月並みなことしか言えない自分がもどかしい。でも、その瞬間に立ち会えて、私も胸が高鳴った。微力ながら、研究を手伝えたことも誇らしく思った。
しかし数日後、事件は起こった。
うららかな昼下がり、自分自身が山で拾ったサンプルの鑑定結果が出た。
パソコンでデータを開いた私は、目をしぱしぱさせて、すぐにデータを閉じた。
なんか今、えらいもんを見た気がする。
再びデータを開く。二度見である。
シマウマ。
へ〜、京都の山には、シマウマがいるのか〜〜〜!!
って、ん な ワ ケ あ る かーーー!!!!!
野生のシマウマは、アフリカにしかいないのだ。日本の山で拾ったウンコがシマウマだったなんて、だれかが隠しシマウマでもしていない限りあり得ないのだ。
じゃあなんで? なんで私が拾ったウンコはシマウマなの??
ビシャッ。
頭の中で、試薬がはねる。
そうだ、野村さんのサンプル。原因はあれしか考えられない。私は、野村さんを手伝っている最中に、試薬を飛散させてしまったのだ。そして、彼女のサンプルを自分のサンプルに混入させてしまったのだ。不器用な手つきで、シマウマDNAをばら撒いてしまったのだ……!
事の顛末を聞いた野村さんは、怒り狂った。ふだん感情の起伏が少ない馬本教授も、「さすがやな」と呆れた。
結局、野村さんのサンプルの鑑定結果も怪しいという話になった。いつ、どこで混入したかわからない上、ヘタクソが実験をやった以上、すべてを疑わざるを得ない。
となると、ネズミも。
あの時の嬉しそうな野村さんの様子を思い出して、本当に本当に情けなくなった。
私はなんてことをしてしまったんだ。
貴重なサンプルなのだ。「ちょっとアフリカまで拾い直してくるわ〜」というわけにはいかないのだ。
あ、研究職はムリだ。
この時、瞬時に悟った。
フィールドワークが好きでも、論文を書くのが好きでも、プレゼンが好きでも、そもそも実験ができない以上、この道に進むことはムリだ。
すぐに就活サイトに登録した。
リクナビ、マイナビ、みん就。
授業で測量士補の資格を取っていたことが幸いして、測量会社に就職が決まった。
今、シマウマ事件を思い返して思う、たった一つの救い。
それは、あれがなかったらたぶん私は、ライターにはなっていないだろうということだ。
昔から書いて生きることに興味だけはあった、でも、私が器用な人間で、スムーズに実験もこなしていたなら、迷うことなく研究に明け暮れ大学に残り、書くことへの意欲はただの趣味、または論文執筆に費やして終わっていたに違いない。
測量会社で調査に奔走することもなかったし、職場で夫と出会うこともなかったし、夫の転職に伴って私も心機一転測量会社を辞め、それをきっかけにライターになることもなかった。
測量会社時代の知識を生かしてコラム記事の執筆に燃えることもなかったし、インタビュー記事を書くこともなかったし、エッセイや小説を書くこともなかったかもしれない。
そう思うとまあ、自分の不器用にも意味がある気がするし、多少なりとも愛せる気が、してくる。
人生は、驚きと予想外の連続だ。
そのたびに私たちは、選択や失敗を繰り返していく。そしてその一つ一つには、必ず意味がある。
ありがとうシマウマ、ごめんなさい野村さん。
今でも心の中で土下座をしつつ、不器用とうまく折り合いをつけながら、今日も私は世界の片隅で、ぽちぽちと文章をしたためている。
こんなところまで見てくださってありがとうございます! もしサポートをいただけましたら、わが家のうさぎにおいしい牧草を買います!