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第73話 車の一発免許は、君なら何回目で取得できるのか【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

ぼくの牧場生活はまた新しい段階に入っていた。

コニさんとぼくの二人の時にかず兄がまず来て、コニさんと入れ違いで、むーちゃんとみーこと大作が新たにスタッフとして加わった。

かず兄は竹富島のタバコ農家で働いてきたあとこの牧場にやってきた。

牧場から借りられる労働着ではなく、いつも自前のニッカポッカを履いていて、ドカチンのいで立ちで仕事をしていたので、

(牧場とドカチンて合わないような・・・でも、理にかなっているようでもあるような・・・。ただ見た目は合わないな。)

とぼくはいつも思っていた。

でもかず兄の年齢は30近かったので、ぼくの牧場生活で会うスタッフとしては最年長だったし、ものごしが柔らかいし、すごくしゃべりやすいし、一緒にいて落ち着くというか、ぼくは大好きになった。

ものすごく謙虚というか、知的好奇心に満ちているというか、ムーミンさんにもたくさん話しかけるような人だった。

ぼくら二人は草刈りをしながら、

「福岡で占い師に話しかけられてさあ。そしたら宇宙人の話を始められてさあ・・・」

と言った怪しい話で盛り上がっていることもあった。

むーちゃんは月光荘に長く滞在していて、ぼくが初めて月光荘を訪ねた時にそこに居合わせていたのを知っていたからお互い顔見知りだった。

そういう人が来てくれるのも心強かった。

葉山出身で、自分の思いをはっきり持っている感じのお嬢ちゃんなのだが、きっと自然を愛する気持ちが強いのだろう。

でなければこんなところに来ない。ヤギが死んでしまった時は埋めた地面の前で何時間もたたずんでいた。

マングースが屍をあさらないように、深く埋め直してくれている時もあった。

心をこめてお世話をした動物はもはや家族同然だし、その死を受け入れがたいことは無理もないことだった。

そんな背中を見て、

(あんな風にショックを受けないおれってもう感覚が鈍ってるのかなあ。でも、誰よりもこの牧場で一生懸命動物の世話をしてきたつもりだ。)

そんな風に自分を見つめなおす機会になった。

みーこはいつも面白い帽子をかぶっている気さくでものづくりが好きな女の子。

ぼくは彼女の空気感が好きで、一緒にいると楽しかった。

でもみーこはよくムーミンさんとぶつかっていた。

というのは牧場ではプラスチックごみを風呂炊き用のボイラーで普通に燃やしていたのだが、それが環境によくないというようなことをみーこはムーミンさんに訴えていた。

みーこの意見はごもっともなことが多いのだが、信念が強くストレートにぶつかる。

「このジャングルの中で、うちが燃やしたところで環境にほとんど影響はない。」

そういう言い分がムーミンさんにはあるし、やけに博識なだけにいろいろな御託を並べてくるのと、ここの主であるということが何よりも決定的だ。

自分のやり方を変えるわけがない。

お互いにひかずによくケンカしていた。

みーこは今の社会の在り方とか、そこに適応しなければいけないのか、いや、したくないなとか、そういうことをよく考えていたように思う。

大作はキビバイト(さとうきびの収穫のアルバイト)の後この牧場にやってきた。

めっちゃ返事のよい好青年で、せせっこましくなくたくましい。

仕事の教えがいがあるし、ぼくは安心してこの牧場を去っていけるなと感じることができた。

そしてぼくの影響を受けたのか、来てすぐに坊主にした。

かわいそうに、ムーミンさんはいつも「だいすけ」と「大作」をまちがえていて、ぼくはムーミンさんが大作のことを「だいすけ」と呼んでいるのしか聞いたことがない。

ムーミンさんは基本的に男の名前を1か月くらい一緒に働いてないと覚えない。

そもそも名前で呼ばない。きっとそれは覚えられないからだ。

しかし、大作がむーみんさんの記憶に刻まれた一つのエピソードがある。

「だいすけは(大作だけど)、牧場を出る時、廃材の釘を全部抜いていったぞー。とんでもないやつだ。」

あの頃の話になると、今でも決まってムーミンさんはその話をする。

もう一人、内藤くんという青年が来たが、うつ病を持っているらしく、何かいいことがあるかもしれないと、親からこの牧場に送り込まれてきたそうだ。

スタッフとして働いてくれていたが、自分からこんなところに来るくせの強いスタッフたちにはなかなかなじめないようであった。

とにかくこの牧場にはいろいろな事情の人が集まってくる。

さて、牧場のスタッフがたくさんいて、ぼくはまたにぎやかな日々を送ることができた。

やっぱり人が多い方が楽しい。

タクとかがいた時期も黄金期だったが、この時期もぼくの牧場生活の黄金期だ。

前と一つ違うのは、ぼくが先輩としてみんなに教えるという立場だったというところだ。

ぼくは春になれば去っていく身だったので、みんなに教えるということに専念することにした。

それと、とおるの時に自分で仕事を背負い込んでしまい痛い思いをしたので、ちゃんと伝えることは伝えようと意識したし、自分ががんばるのではなく、「やらせる、がんばらせる」ということを大事にした。

もはや牧場の生活には慣れっこで苦労も少なかったし、ライブ活動も増えて行ったので、牧場の仕事の濃さというものは前回の黄金期とは違ってきていた。

そこで、ぼくは自分の時間ができたことで、車の免許を取りに行くことにした。

いや、無免許だったわけではなく、オートマ限定だったのを限定解除してマニュアルの免許にするということだ。

牧場の車はマニュアルだったので、オートマ限定のぼくは公道は走れない。

ただ牧場内の私有地なら動かせる。

そこでまず牧場内で練習することにした。

教官はムーミンさんである。一番いやなパターンだ。絶対どなられる。

ムーミン教習所の一番最初の実技の日(実技しかないが)、車に乗り込むと、

「こらあ!!サンダルで運転する奴があるかー!!」

といきなり怒られた。

(いや、いつも自分はしてるでしょ。)

と心の中でつっこんだが、黙って従ってあげた。

いや、ムーミンさんの指摘は正しいのだが、ぼくはすでに車を運転できる人だし、この牧場内でそこを怒らなくてもいいと思う。

まあでもそうやってマニュアルの運転をぼくは覚えていった。

それでいよいよ免許をとりにいこうということになったのだが、実は免許は那覇までとりにいかなくてはならない。

那覇は今帰仁から70kmだ。しかも毎日のように通うというわけにもいかない。でも人生にはいろいろな裏技がある。

車の免許には「一発免許」というのがあるのだ。

通うのではなく、1回の実技の運転で合格すればそれで免許取得となる制度があるのだ。

その上受験料はうる覚えだが確か1回1500円だったか。めちゃくちゃ安い。

ぼくはこれを受けることにした。

ただし噂に聞くと合格基準はかなり高い。1回1500円でそう簡単に免許はとらせないよというわけだ。

まあ当たり前だが。

ぼくは意を決して、ミラーがぐらぐらする、方向指示器のリズムが悪い牧場の原付を借りて那覇に試験を受けに行った。

片道70km。58号線をひたすら南下する。

けっこうしんどい。

(福岡で初めて原付乗ったけど、あれがなかったらこれ無理だったな。乗っておいてよかったー。でも那覇に行けるってうれしいな。月光荘にも顔出せるし、OPAにも行けるし。)

2時間近くかけて試験場に着く。

試験場のトイレに行く。トイレの壁やドアなどにたくさんの落書きがある。

「今日で54回目だ。」

「15回目、合格できますように!」

そんな落書きがたくさん書いてあった。

(やばい。この一発免許、相当レベル高いかもしれん。)

しかし、人間てなんでこういうことをわざわざ壁に書くんだろう。それになんでマジック持ってるんだろう。

とにかく試験の結果。不合格。

ぼくは結構運転には自信があったのだが、甘かった。

(まあでも1500円だから、通いの数万円に比べたら大したことない。原付のガソリンも安いし。ていうか原付の燃料ってすごい安いな。)

ぼくは再チャレンジを決めて牧場に帰って行った。

さて、ぼくは一体この一発免許に何回通ったであろうか。

答えは5回だ。

5回目で合格できた?なかなか優秀じゃん?

いやいや、実は合格できなかったのだ。

5回目のとき、それまでの4回の反省を踏まえて合格のポイントはかなり分かっていた。

かなり自信があった。

しかし、右折の仕方で少しミスがあった。ウィンカーのタイミングとか、目視のタイミングとかそういうもう今では思い出せないくらい微妙なミスだ。

それが不合格の原因だった。

とにかく1つでもミスがあったら合格できない。

(あー、おしかった!悔しい!6回目やりたいな。)

しかし、6回目はできなかったのである。それは、ぼくが沖縄を出なくてはならなかったからだ。

月光荘での1周年記念パーティが近々あり、そこに出演し、そのまま沖縄を発つことになっていたのだ。

もう春が来ていたのだった。

でもオートマ限定解除は必ず果たしたい。

沖縄を出てもまたこの牧場にもどって来ることにしていたから、それまでには絶対解除しておきたいのだ。

そしてぼくはその後、東京にもどった時、しっかりと限定解除を果たした。

ただし、もう一発免許はやめてちゃんとお金を払って通い、確実に取らせてもらった。

そして2度目の牧場の土地を踏んだ時、まずムーミンさんに言ったこと。

「おれ、マニュアル運転できるようになったよ。」

そしてムーミンさん。

「残念。車、オートマになっちゃったよ。」

(ガーン。)

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